イラン系でフランスを拠点に活動する打楽器奏者 Keyvan Chemirani [関連レビュー] の新作は、地中海の3つの地域のアンサンブルのコラボレーション。 1つはチュニジアの女性歌手 Dorsaf Hamdani とそのグループの violin 奏者に モロッコの kanun 奏者を加えたマグレブのトリオ。 もう一つはテッサロニキの音楽学校付きのアンサンブル Εν Χορδαίς [En Chordais] に Περικλής Παπαπετρόπουλος [Periklis Papapetropoulos] が加わったもの。 最後は、スペイン系ながらフランス生まれの flamenco guitar 奏者 Juan Carmona のトリオ (Ketama の Juan Carmona とは別人)。
音楽は東地中海 (ギリシャやトルコ、アルメニア)、マグレブ (チュニジアやモロッコ)、 flamenco の伝統的なモチーフに基づくもの。 オープニングを除いて全て歌入りだが、歌を突出させず個々の演奏を際出せるような整理されたアレンジだ。 このような汎地中海的な音楽プロジェクトは、 弟 Bijan Chemirani [関連レビュー] の一連の試みと共通する。 実際、エンディングの “Ta Poulia” は Stelios Petrakis: Orion (Buda Musique, 2008) [レビュー] に収録された Bijan の曲だ。
そんな中で、今までの一連のプロジェクトには無かった flamenco の要素が新鮮に感じられた。 しかし、東地中海やマグレブのモチーフに比べて、 flamenco のギターや歌はかなり独特で、全体の中で少々浮いて聴こえたのも確か。 アンダルシア出身の中世イスラームの神秘主義の思想家 Ibn al'Arabi に捧げられた “Hommage To Ibn Arabi” にしても、アラブ風の前半から後半の flamenco への切り替えもくっきり。 こういう所はまだこなれていないかなとは感じた。 といっても、ギリシャの歌にチュニジアの民謡を合わせた “Une Histoire De l'Exil” や 同じ十拍子のアルメニアとモロッコの曲を掛け合わせた “Louanges” のように よくできた掛け合わせもある。 汎地中海的な音楽プロジェクトとして充分に楽しめた。
Μέλος [Melos] に参加していた チュニジアの女性歌手 Dousaf Hamdani のアルバムも、 同じレーベル Accords Croisés から出ている。 Hamdani はチュニジアの malouf (伝統的な Arab-Andalous の音楽) を バックグラウンドに持つ女性歌手だが、semi-classical な音楽にも取り組むようになったとのこと。 Μέλος [Melos] の他にも、 イランの男性歌手 Alireza Ghorbani と “Rubayiat” を歌ったアルバム Ivresses: Le Sacre De Khayyam (Accords Croisés, AC142, 2011, CD) というリリースもある。
このソロのアルバムは、アラブ歌謡の3人の女性歌手、 Oum Kalsoum (-1975)、Fairuz (1935-)、Asmahan (1912-1944) の持ち歌を取り上げたもの。 アラブ歌謡というと分厚いストリングスなどの大げさなアレンジに苦手感があったのだが、 このアルバムは Accords Croisés のプロダクションらしく、 少人数のアンサンブルによる個々の楽器演奏や Hamdani の歌声が際立つシンプルでアレンジで洗練を感じる音作り。 Keyvan & Bijan Chemirani の一連のプロジェクトや Savina Yannatou & Primavera En Salonico [関連レビュー] のアプローチにも近く感じられるアルバムだ。
ちなみに、2011年以来の「アラブの春」のジャスミン革命もあって、Dorsaf Hamdani は Emel Mathlouthi (デモの中で歌っている動画で有名になった女性歌手) と並んで 新しいチュニジアを体現する女性歌手として注目されているようだ: Dorsaf Hamdani et Emel Mathlouthi : deux musiciennes, deux regards sur la Tunisie, Télérama, 2012-01-13.