神奈川県小田原市にある 江之浦測候所 を会場にミュージシャンの 大友 良英 が開催している野外即興パフォーマンス『MUSICS あるいは複数の音楽たち』の2022年、2024年に続く第三回です。
今回は「アジアン・ミーティング20周年記念スペシャル」と題し、韓国、中国、シンガポール、マレーシアからのミュージシャン5名が参加してのパフォーマンスでした。
今まで観に行ったことがありませんでしたが、今回、開催前の告知に、それもチケット完売前に気付くことが出来たので、足を伸ばしてきました。
会場の江之浦測候所は小田原市の南端、真鶴町との境近くの海に臨む崖の上にある、
現代美術作家 杉本 博司 が2009年に設立した財団が2017年にオープンさせた芸術文化施設です。
妙月門エリアと呼ばれる入口「妙月門」や野外の舞台やギャラリー棟などのある崖上の展望の良いエリアと、
そこからしばらく下った崖の中腹にある竹林エリアという、2つのエリアに分かれた広大な敷地を持っています。
敷地内に展示されている「杉本コレクション」は、杉本の展覧会に使われるような小物の骨董ではなく [鑑賞メモ]、
室町期禅宗様式の鎌倉明月院正門が幾つかの変遷を経て移築された明月門に始まり、
飛鳥時代の法隆寺若草伽藍礎石から明治期に敷設され昭和末まで使われていた京都市電軌道敷石まで。
古代から近代まで様々な時代の建築 (もしくは遺跡) の類を、博物館のように体系的にというよりも
杉本の美意識に沿って骨董趣味的に、現代的な建築 (夏至光遥拝100mギャラリー、光学硝子舞台) やオブジェ (数理模型) などと並置するように野外に展示しています。
杉本の骨董を使った展覧会の延長の、巨大な野外インスタレーションのようです。
そんな場所を会場に、屋内外の様々な場所を回遊しながら13時45分頃から16時半にかけての約3時間にわたり即興演奏を繰り広げました。
正確な観客数は把握しかねましたが数百人はいたでしょうか。
スタートは妙月門エリアの石舞台。特に始めますというアナウンスも無く、ミュージシャン達も半ば観客に混じる形てばらけた状態で、静かに音を出し始めます。
ミュージシャンは固まっても3、4名程度、移動しながら居場所を定めてしばらく音出ししたかと思えばまた移動。
演奏は分かりやすい旋律やリズムはほとんど用いず、派手に音を出して存在をアピールするものでもなく、観客の中に混じるかのように、そしてサウンドスケープに寄り添うように、電子音や打楽器やオブジェを鳴らします。
自分も会場を移動しながら、時にミュージシャンの後を追いつつ、時に止まって音出しするミュージシャンの傍で、もしくは一人で時に遠くの会場のあちこちに控えめに鳴る物音に耳をすましながら、その風景と音景を楽しみました。
その場所が遥かに洗練されて広大な自然の多い場所となり、音の機微も楽しめるようになったという違いはあるものの、
『休符だらけの音楽装置』 (旧千代田区立練成中学校屋上, 2009) のオープニング・ライブ [鑑賞メモ] のことを思い出しもしました。
しばらく妙月門エリアの光学硝子舞台や夏至光遥拝100mギャラリーや冬至光遥拝隧道、茶室のある小道などを散策した後、
下の方で鳴る音に導かれながら、榊の森を抜ける葛折の小道を下って竹林エリアへ。
このエリアでは生えている竹などもパーカッションに。
そして、今度は蜜柑畑を抜ける道を登りつつ、ミュージシャン達が遠くに声を掛け合うような音のやりとりを楽しみつつ、再び妙月門エリアへ。
薄曇りで陽射しは暑くなく、風もほとんど無く寒くもなく、雨も降らず、野外の3時間もあっという間でした。
そして、日が傾いた中、ミュージシャンが次第に光学硝子舞台やその周辺に集まり、観客も舞台を観るかのように古代ローマ円形劇場を再現した客席に座り、
吉増 剛造 が舞台に上がりパフォーマンスし、それを客席最前列で座った 杉本 博司 を始め満場のオベーションという、
いみじくも 大友 良英 がMCで「吉増剛造オンステージのよう」と言っていましたが、まさにそんな終わり方でした。
普通のクラシック・コンサートやロック・コンサートであれば違和感無かったとは思いますが、
演奏者の特権性を排してサウンドスケープに溶け込むような演奏をひとしきり楽しんだ直後だっただけに、そのコントラストも強烈。
なんだかんだ言いつつも特権的な芸術家をオベーションしたいという観客の欲望を観せつけられるようでした。
そして、まさかそんな終わり方をするとはと半ば苦笑しつつ、やはり『休符だらけの音楽装置』から遠くに来たものだと感慨に浸りました。