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Review: 『アートスコープ 2007/2008 —— 存在を見つめて』 (Art Scope 2007/2007 — Faces of Existence) @ 原美術館 (美術展)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2008/7/20
原美術館
2008/06/28-08/31 (月休,7/21開,7/22休), 11:00-17:00 (水-20:00)
照屋 勇賢 (Yuken Teruya), 加藤 泉 (Izumi Kato), Eva Teppe, Ascan Pinckernelle.

日本 (Japan) とドイツ (Deutschland/Germany) の間で互いに現代美術作家を 派遣しあい作品制作を行う Daimler Foundation in Japan のメセナ活動 Art Scope の成果をふまえた展覧会だ。といっても、メセナの趣旨にあるような 「異文化での生活体験」が反映されていると感じされる作品はほとんど無かった。

「異文化での生活体験」が僅かながら感じられた作品は、 照屋 勇賢 の "Touch A Port" (2007)。 それでもドイツ語のテキストが使われているという程度だ。 この作品は、部屋の一方の壁に "Trenn meinen Leib vom Rumpf und bau der ein Boot dann kannst du fortfahren" (私の幹を根元から切り倒しなさい。そして船を作るといい。そうすれば、あなたは遠く立ち去れる。) というテキストを松の小枝で描いている。このテキストは、英語の絵本 Shel Silverstein, The Giving Tree (1964) から採られたもののドイツ語訳だ。 部屋のもう一方には、この絵本に 照屋 の "Rain Forest" (2006-2007) 等の作品でおなじみの 樹型の切り抜きを施したものが置かれていた ("The Giving Tree Project", 2007)。 正直、ギャラリーでは絵本を手に取って読むこともできず、 テキストと絵本の樹の切り抜きが結びつけられず、その面白さがわからなかった。 しかし、家に帰ってこの絵本のストーリーを知って、納得。 The Giving Tree は、 少年と彼を愛した樹の物語なのだが、 少年が成長し大人になるにつれて樹の利用の仕方が激しくなり、ついには樹を切倒してしまう。 その時に樹が彼に告げるセリフが、照屋が枝で壁に書いたテキストだったのだ。 トイレットペーパーの芯から樹の型を切り出した作品 "Rain Forest" は 紙と原料生産地である熱帯雨林 (Rain Forest) そしてリサイクルを 暗に想起させるものだった。 この "Touch A Port" は "Rain Forest" を承けつつ テキストを用いることによりもう一歩踏み込んではいる。 しかし、多義的で曖昧な絵本のセリフを引用することにより、 「熱帯雨林を守ろう」のような凡庸なメッセージを発する作品にするのとは 違う方向に進んでいる。 そういう所が面白いし、彼の作品らしいと思う。

造形の面白さという点では、 トイレットペーパーの芯から樹の型を切り出した作品、 "Rain Forest" や "Corner Forest" (2007) の方が良いように思う。 小さな芯に細かい細工を施すという繊細さの中に、 そこから世界への広がりを想像させようという強さを感じさせるような。 特にこの展覧会では、"Rain Foresst" が Jean-Pierre Raynaud の部屋に登る階段の吹抜けに設置されていたのだが、 そのさりげなさと目に入ったときのハマり具合は、 そこに設置することを目的に制作されたかのようでもあった。

しかし、照屋の繊細さと強さの共存が最も際だっていたのは、 会場入口の壁にある縦長のガラス貼りのショーケースに作られた作品 "Dawn (Seven Forest)" (2008) だ。 白いショーケースの上から1/3ほど高さの所、 様々な大きさの7本の包丁が、その先を右壁に刺すようにして、 水平に設置されている。 その柄にはオオゴマダラの蛹が付けられているのだが、すでに羽化した後で、蛹は空。 そして一匹の蝶がそのショーケースの中の下の方に留まっていた。 シンプルな白い空間に包丁が飛ぶかのような図は遠目にシャープなのだが、 近付いてみるとそこにはかない蝶が仕込まれているという、 このコントラストがとても印象に残る作品だ。 この作品やハイヒールに蛹を付けた作品 "Dawn" (2008) で使われたオオゴダマラの蛹は、 2年前に観た『空の上でダイヤモンドとともに』(2006) でも使われていたもの。 樹型の切り抜きと共に、照屋のトレードマーク的なものになっているなあ、とも思った。

それにしても、救命浮輪とロープを使った "Help Yourself" (2008) となると 手懸りが無さ過ぎて少々お手上げ感も。 アーティストトークなどを聴くと、 とても面白くなりそうな仕掛けが仕込まれていそうな気もするのだが、 それも深読みに過ぎるだろうか。

元々好きな作家という贔屓目もあると思うが、 照屋の作品ばかり印象が強く残ってしまった展覧会だった。 他に少々気になったのは Eva Teppe。 5人の横顔のビデオを並べて投影した作品 "Omertà" (2005) は、 被写体がふとカメラ目線になった瞬間をスローモーションで投影することにより、 不穏な雰囲気を作り出していた。 Pan Sonic の Mika Vainio が付けた電子音も不隠な雰囲気を増していた。 もともと何を撮ったものかギリギリ判らなくなる程度に画面を粗くぼやかして、 スローモーションで人々が溶け落ちていくように見えるビデオ "The World Is Everything That Is The Case" (2003) も、似たような不隠な雰囲気だ。 しかし、ビデオにおけるスローモーションの使い方など、 Bill Viola (レビュー) の影響を感じる所もあった。

ちなみに、展覧会に合わせて作られる ミュージアム・カフェ Café d'Art の名物「イメージ・ケーキ」は、 照屋 勇賢 の "Corner Forest" をイメージしたものだった。 トイレットペーパーの芯の部分をカラメル味のムースで作り、 そこに樹型の軽い焼き菓子を添えていた。