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Review: 『クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち』 Frederick Wiseman (dir.): Crazy Horse (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2012/07/08
2011 / France/USA / 134min / 35mm / color.
un film de Frederick Wiseman.

サーカスやカバレットの要素をよく取入れることで知られるコンテンポラリー・ダンスの振付家 Philippe Decouflé は、 2009年にフランス・パリのキャバレー Crazy Horse に委嘱されて、 Désirs というヌード・ショー (risque show) の演出を手掛けた。 そのショーの制作の様子を70日間密着取材したドキュメンタリー映画だ。 監督は、ドキュメンタリーを得意とする監督 Frederick Wiseman。

いわゆるメイキング的な要素の強いドキュメンタリーかと予想していたが、 完成したショーの映像も多かった。 ショー全体を通して映像化しているわけではないが、 ショーを構成する各プログラムを通して映像化したものが多く (5〜10場面程) 使われていた。 シルエットでみせるパフォーマンス、 足場の上だけれどもエアリアル的にリングを使ったパフォーマンス、 ラスト近くの細めのループのロープ数本を使ったエアリアルなど、 いかにも Decouflé らしい舞台が楽しめた。 エアリアル的にリングを使ったパフォーマンスで使われていたような カラフルで強いライティングが多用されており、 ダンサーのボディラインと合わさって幻惑的 (サイケデリックですらある) な 色彩と造形が作り出されていた。

しかし、ここまでやると、映像を通してしまうとなおさら、完成した舞台の映像を見ていると生身の身体とは思えない。 確かに色、形や動きは面白いのだけれども、エロチックに感じられなかった。 むしろ、合間の練習・リハーサル中のダンサーを捉えた映像のほうが生身の人間を感じさせるのだが、 そちらはショーで見せる側ではないという意味でもエロチックとは言い難い。 ショーの制作の様子が間に挟まれることが異化作用として働き、 ショーの各プログラムの映像へ距離感が生じていたということもあるかもしれない。 結果として、いわゆるヌードショーを扱ったドキュメンタリー映画だったにも関わらず、 エロチックに感じられなかった。 そういう意味では、映画と違い制作の様子など抜きで生で観たら、 ショーから受ける印象も違いそうだ。

この映画を観に行った一番の目当ては制作の様子。 こちらの内容も充実しており、振付・演出の指示の様子だけでなく、 制作会議でのやりとりや、オーディションの様子まで捉えている。 Decouflé は比較的民主的に制作を進める人のようで、 サブの芸術監督も「自分より民主的で人の意見を聴く」とコメントしているし、 編集会議でコミュニケーション不足の不満を述べる衣装担当者に対して率直に詫びる場面すらある。 一目で Decouflé だと判るような作家性の強い演出・振付をするので、 強いこだわりを持って独裁的に監督していそうと思っていた。 それだけに、そこはかなり意外だった。 また、Decouflé は衣装に若干無頓着な所があったようで、 衣装担当と3週間打合せせずにコミュニケーション不足になったり、 芸術監督にも「体のラインを重視して演出するけど衣装にはあまり興味が無い」と指摘されていた。 そんな Decouflé の癖が伺われたところも面白かった。

制作会議でのやりとりを見ていると、Crazy Horse では制約も多く Decouflé も苦労したよう。 新作の作り込みのために2ヶ月休業しようと提案するも、株主に受け入れられないと劇場支配人に却下されたり。 確かに、日々営業しながら新作も作り込まなくてはいけないというのは、通常の劇場公演ではあまり無い制約だ。 あと、2ヶ月の休業を提案した際に、 休業してしまうと契約上ダンサーにギャラが払えなくなってしまうことを Decouflé が気にしていた。 休業中にギャラの払える代わりの仕事として「照明磨きでもやってもらおうか」とも。 プロジェクトマネージメントからすれば当然とはいえ、 作品作りというのはそういうことまで含むのだなあ、と印象に残った場面だった。

ドキュメンタリー映画の撮影が入っているということもあったとは思うけれども、 冒頭の方で出て来た「インテリをあっと言わせてやる」という Decouflé の意気込みはもちろん、 世界トップレベルのヌードショーを見せるキャバレーとしてプライドを持ってスタッフも仕事をる様子は、 確かに、観ていて引き込まれるところはあった。 しかし、オフのリラックスした部分ももう少し見せても良かったのではとも。 そういう意味では、そういうリラックスした様子を捉えた数少ない場面として、 ダンサーたちが楽屋でロシア・バレエのNG集ビデオを観て笑っている所が印象に残った。 あのようなバレエNG集のビデオが存在するというのも、驚きであったけれど。

映画の監督は Frederick Wiseman。1960年代から活動するドキュメンタリー映画の監督として 名は知っていたが、作品を観るのはおそらく初めて。 制作の様子を時系列に追って作品が仕上がっていく様子を示すのでも、 仕上がったショーのプログラムの順に関連エピソードを紹介していくわけでもなかったが、 映画を観終わると、ショーのプログラム一通り、そして制作の全体像を観たような気分になれた。 さすが、ドキュメンタリーの名監督といったところか。 Wiseman は2009年にも Le Ballet de l'Opera de Paris (パリ・オペラ座バレエ) の ドキュメンタリー映画 La Danse を撮影している。 それ以前にも、舞台芸術のドキュメンタリーとしては、 American Ballet Theatre を撮った Ballet (1995) や La Comédie-Française を撮った La Comédie-Française (1996) もある。 Crazy Horse が楽しめたので、 他の舞台芸術関連のドキュメンタリーも是非観てみたい。