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Review: Compagnie Philippe Genty: Voyageurs Immobiles @ PARCO劇場 (ダンス)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2013/05/26
Voyageurs Immobiles
PARCO劇場
2012/05/25 19:00-20:50
Mise en scène: Philippe Genty et Mary Underwood.
Musique originale: Serge Houppin et Henry Torgue.
Avec: Amador Artiga, Marjorie Currenti, Marzia Gambardella, Pierrik Malebranche, Angélique Naccache, Julia Sigliano, Simon Rann.
Re-création 2011.

人形を使いダンスやマイムでモダンというよりシュールレアリスティックな舞台を作り上げる フランスのカンパニー Compagnie Philippe Genty の設立40周年の日本公演は、 1995年に初演した Voyageurs Immobiles を大きく改めて再制作したもの。 Passagers Clandestins (彩の国さいたま芸術劇場, 2000) [レビュー] 以来、このカンパニーを観るのも久しぶり。 人形はもちろん、紙や箱、鞄などに発想した動き、舞台いっぱい波打つ布が広げてあちこちから出入りする所など、 そして作り上げるイメージの可愛らしさも相変わらす。 そんな中、マジック的なトリック使いの多用が印象に残った舞台だった。

あまり明確なストーリーは感じられず、 イメージのシュールレアリスティックな連想と形態の変形で展開していくよう。 そのイメージはグロテスクではなく、むしろ、可愛らしいさもある。 人形は赤ん坊をイメージしたものがメインで、冒頭と結末で「パパ」と言わせていたので、 赤ん坊と父親 (の不在) がテーマの一つだったのかもしれない。 中盤の砂漠と高層ビルのイメージは、急成長するアラビア湾岸諸国 (特にドバイ) を意識したものだろうか。 その場面では金融市場を皮肉るようなこともしていたが、赤ん坊との関係は掴めなかった。 終わり近く、スーツ姿の大人の男性の人形が走るシーンがあったのだが、 成長した赤ん坊だったのか、父親だったのか、もしくはその両方を意味していたのかも掴めなかった。 そんな感じで、気になるイメージの断片がいろいろ舞台上に現れるものの、自分の中でうまく繋がらないまま、終ってしまった。

観られたマジック的な要素は、例えば、布が広がった大海に浮かぶ小さな箱のような所で繰り広げられる最初の場面。 大きな革の旅行鞄や段ボール箱の物から人が出入りするようなパフォーマンスを見せるというのも序の口、 手や口、相手の耳からビニールの切れ端のようなものを限りなく出したり。 最もマジックらしかったのは、 クローシュ (西洋料理で用いられる皿に被せる釣り鐘形の覆い) が被さった皿を使ったパフォーマンスだ。 特に穴が空いているように見えない段ボール箱の側面にクローシュを被せた皿を張り付け、 クローシュを取ると、人の顔が料理のようにそこから覗いているというもの。 もちろんそれは本物の顔で、その口に物を食わせたりもした。 そして、再びクローシュを被せて皿を取り上げても、もちろん箱には穴は見えなかった。 他に印象に残ったのは、最後の大判のクラフト紙を使ったパフォーマンス。 倒れた人にクラフト紙を被せて2〜3人かがりで人を象っていると、 いつのまにな中の人がそこから抜け出して、空のクラフト紙の盛り上がりになっているというのものあった。

前回観たときは大きな箱で舞台が遠く、マジック的な要素を意識しづらかったのかもしれない。 また、去年から magie nouvelle [関連レビュー1, レビュー2] を意識しているので、ことさらマジック的な要素に注意が行ったということもあるだろう。 しかし、マジック的な要素やその意外さことさら強調することなくダンスの中に自然に織り込んでいる所など、 まさに magie nouvelle 的な頃をやっていたのだということに気付かされた、そんな舞台だった。