写真や映像を主に使用した現代美術作家として1990年代に活動を始めた やなぎみわ が 最近精力的に取り組んでいる演劇プロジェクトの最新作。 太平洋戦争中、ラジオ・トウキョウ放送は連合軍向けにプロバガンダ放送を行っていたのだが、 その中の音楽と語りによる番組「ゼロ・アワー」はアメリカ軍兵士に評判となり、 その女性アナウンサーたちは「東京ローズ」と呼ばれた。 その東京ローズと番組「ゼロ・アワー」に着想しつつも、フィクションを織り交ぜた舞台作品だ。
フィクション部分の中心は、 「東京ローズ」の声の主の一人はラジオ・トウキョウの録音技師 (潮見 俊哉) が自分の声を加工したものだった、としたもの。 「東京ローズ」というよりも、耳の良い日系の米軍通信兵 (ダニエル・山田) と潮見の間の駆け引きが話全体の軸となっていた。 日系人アナウンサーの日米間のアイデンティテイの問題のようなステロタイプな主題を避け、 むしろ録音技師と通信兵の話としたのは、面白いと思った。 しかし、チェスのゲームをメタファーにして描くにせよ、録音技師のこだわりの描きが足りず、 少々薄っぺらいゲームのように感じられた。
やなぎみわ演劇プロジェクトを観はじめたのは『1924』三部作 (2011-12) からだが、 抽象的な舞台空間、装置使いなど、今まで観た中では最も良いと感じた舞台だった。 奥行を深く使い、奥にスタジオのコントロール室をスタジオ側か見たような 広い窓付きの無地の壁があり、窓の向こうにはオープンリールデッキが1台のみ。 その壁の前に広い空間を取り、5分割可動式のラウンドテーブルを動かしながら いろいろ見立てる空間使いが良かった。
「ゼロ・アワー」の女性アナウンサーは5人登場するのだが、 彼女らはラジオアナウンサーというよりや案内嬢という髪型服装。 その立ち振る舞いは踊るようなものではないが、型にはまった動作も利用。 可動のデーブルに合わせた立ち位置も良く、 シンプルな舞台も合わせてフィジカル・シアター的なセンスを感じた。 そこがこの舞台で最も気に入った点だ。 立ち姿の美しい人を揃えていたが、特に、ジェーン須川 を演じた 高橋 紀恵 が、 背が高く立ち振る舞いの美しさが映える人で、このような演出にはまっていた。 その一方で、結局はセリフで展開する演劇だと感じる時も少なからず。 登場人物の鍵となる心理を空間や身振りのみで象徴的に示すような所はほとんど無かった。 特に、この作品の主軸とも言える男性登場人物2名の駆け引きが、 最後のチェスの場面をはじめ、身体表現的要素が乏しかった。
このように、フィジカル・シアター的なセンスを感じさせる空間使いなど、 今まで観た やなぎみわ演劇プロジェクト の中で最も良かったのだが、 ぎりぎりのところでドラマ演劇側に行ってしまった舞台だった。