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Review: 清水 宏 (dir.) 『金色夜叉』 (映画); 清水 宏 (dir.) 『簪』 (映画); 清水 宏 (dir.) 『子供の四季 春夏の巻・秋冬の巻』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2016/04/26

シネマヴェーラ渋谷 で4月23日から特集上映『孤高の天才 清水宏』が始まっています (5月20日まで)。 ということで、さっそくこの土日に戦前の松竹映画を3本観てきました。

『金色夜叉』
1937 / 松竹大船 / 77 min / 白黒.
監督: 清水 宏
夏川 大二郎 (間 寛一), 川崎 弘子 (鳴沢 宮), 武田 秀郎 (お宮の父), 吉川 満子 (お宮の母), 上山 草人 (鰐渕 直行), 佐野 周二 (息子 直道), 三宅 邦子 (赤樫 満枝), 佐分利 信 (荒尾 讓介), 笠 智衆 (風早 庫之助), 近衛 敏明 (富山 唯継), 高峰 三枝子 (箕輪 俊子), etc

あらすじ: 高等中学校の学生 間 寛一 と彼を養っている 鳴沢 の家の娘 お宮は、結婚を約束したも同然の仲。 しかし、富山銀行の若旦那から お宮 へ縁談の話が来ると、お宮は家のことを考えて富山と結婚してしまう。 寛一 は学校を辞め、復習のため 高利貸し 鰐渕 の手代として働くようになる。 寛一 は学生時代の友人の家にも情けをかけず取り立てに行くほど冷酷になり、 寛一 に好意を持つ鰐渕の妾 満枝 からの誘惑も相手にしない。 一方、富山銀行の経営状態は悪化し、富山は馴染みだった満江を介して鰐渕から金を借りようとする。 その手代と現れたのが 寛一 だった。 富山は金を借りるが、結局、借りた金で利益は出せなかった。 富山は寛一とお宮が密会していると誤解する一方、財産を失ってお宮を愛する資格を失ったと悟り、返済期限の直前に家出してしまう。 そして、富山の家で、寛一とお宮は、返済取立ての手代と債務者の妻として再会する。 寛一は金のために結婚したお宮を詰るが、 お宮は結婚しようとするときどうしてぶってくれなかったのかと言い、富山の子を宿していることを明かす。 寛一 は手形を破り捨てて、自嘲しながら富山の家を後にするのだった。

尾崎紅葉の小説『金色夜叉』 (1897-1902) は、数多く映画化されていますし、新派劇の古典にもなっていますが、これは1937年の映画化。 お宮 を演るのが 川崎 弘子 ということもありますが、メロドラマも得意とした 清水 宏 だけあって、松竹メロドラマらしく感じました。 特に、原作のようにはお宮を不幸な結婚生活としては描かず、 寛一が高利貸しの手代として富山へ金を貸すことで直接的に復讐するように描いていること、 そして何より、偶然を綾に寛一、お宮、富山、満江の四人の関係が手繰り寄せられていく展開など。 というか、『金色夜叉』は松竹メロドラマのルーツの一つなんだろうな、と再認識しました。

熱海の海岸で寛一がお宮を蹴飛ばす有名な場面をどう撮ったのかという興味もあったのですが、 月夜でもなく浜辺というより海を望む崖の上の道のような所で、さらりと流していました。 この映画では見せ場としなかったのか、と。

佐分利 信 と 佐野 周二 が出演していましたがちょっとした脇役。 三羽烏の中で 寛一 が最も似合いそうなのは 佐分利 信 でししょうが、 夏川 大二郎 の根から冷酷というより頑張って振舞おうとしている雰囲気も、良かった。 高峰 三枝子 がお宮の親友の役で出てくるのですが、モダンな洋装を見慣れているせいか、和装で丸髷姿に違和感覚えました。うーん。

『簪』
1941 / 松竹大船 / 70 min / 白黒.
監督: 清水 宏
田中 絹代 (惠美), 川崎 弘子 (お菊), 齋藤 達雄 (片田江先生), 笠 智衆 (納村), 日守 新一 (廣安), 三村 秀子 (奥さん), 河原 侃二 (老人), 横山 準 (太郎), 大塚 正義 (次郎), 坂本 武 (宿の亭主), etc.

あらすじ: 舞台は夏の伊豆の山中の温泉宿。 大学教授の片江田先生、脚の負傷からの療養中の (おそらく負傷で戦地から復員した) 納村、廣安夫妻、 子供を二人連れた老人、などが夏休み中の長期滞在で同宿している。 法華講の団体客の一人として恵美はその温泉宿に宿泊する。 団体客が去った後、納村は湯船の中で簪を踏み、足を怪我する。 その後、簪を失くしたという 恵美 の手紙が温泉宿に届く。 失くした簪で客が怪我をしたと知った恵美は、お詫びに再び温泉宿を訪れる。 そのまま恵美も、納村たちと温泉宿に滞在することにする。 恵美を呼び戻しにお菊がやってくるが、恵美は妾であることは止めて東京へは戻らないという決意を伝える。 夏休みも終わりに近づき、長期滞在の温泉客も帰ってしまい、松葉杖なしに歩けるようになった納村も帰ってしまう。 東京へ戻った馴染みの客たちで「常会」を開くという納村からの手紙が、温泉宿に残った恵美に届き、 彼女は雨の温泉宿を物思いに耽りつつ歩くのだった。

伊豆山中の温泉宿を舞台としたグランドホテル形式の映画。 それだけでなく、旦那から逃れてきた妾という訳ありの女がヒロインという点でも、 『按摩と女』 (松竹大船, 1938) [鑑賞メモ] と似ています。 『按摩と女』は、訳ありゆえに互い踏み切れない 美千穂 と 真太郎 の仲や、 徳市の片思いなど、上手く噛み合わない恋心を感傷的に描いていました。 しかし、『簪』は恵美と納村の関係もさほどロマンチックには描いていません。 むしろ、気難しい片江田先生や先生にやり込められてばかりの廣安など個性的な客を多く配して、 温泉宿での生活をのんびりユーモラスに描き、 そんな生活を通して、恵美が更生する様を描くような映画でした。 片田江先生演ずる 齋藤 達雄 や廣安を演ずる 日守 新一 も面白く、とても楽しめました。 しかし、ちょっと感傷的で時にメロドラマチックですらある『按摩と女』の方が、好みでしょうか。

『子供の四季 春夏の巻・秋冬の巻』
1939 / 松竹大船 / 春夏の巻 (不完全版) 70min, 秋冬の巻 (不完全版) 72min / 白黒.
監督: 清水 宏
河村 黎吉 (父 [青山]), 吉川 満子 (母), 葉山 正雄 (善太), 横山 準 (三平), 坂本 武 (祖父 [小野]), 岡村 文子 (祖母), 日守 新一 (俊一), 西村 靑兒 (老曾), 若水 絹子 (光子), 古谷 輝夫 (金太郎), etc

あらすじ: 山あいの青山牧場の夫婦には善太と三平という二人の子がいる。 二人は祖父母はいないと聞かされて育ってきたが、 近頃、何かと二人に優しくする馬に乗った老人が現れるようになった。 実は祖父は駆け落ちした母を勘当したのだったが、孫見たさに来ていたのだった。 やがて、それをきっかけに祖父母と母は和解する。 町で工場を経営する祖父 (小野) は、善太と三平を将来の跡取りと言うようになる。 しかし、それを面白く思わない平重役の 老曾 は、 小野に伏せて青山に貸した会社の金の話を持ち出し、小野と青山を仲違いさせる。 やがて、青山は病気で倒れ死んでしまう。 善太・三平は母と一緒に小野家に引き取られることになる。 老曾 は小野の会社の乗っ取りを計るようになり、 青山へ貸した会社の金の処理をするということで、小野に大きな借金を追わせる。 小野家の屋敷は差し押さえられ、小野家と老曾の家の仲は険悪となる。 しかし、善太・三平は老曾の子 金太郎 と遊び友達。 親の関係の影響を受けて子供の間の関係もギクシャクするが、 むしろ子供の関係が、険悪となった親の関係を改善させていった。 やがて、老曾が同業他社の重役と兼務したことが明るみになり、老曾は小野会社から追放されることとなった。

清水 宏 は子供を主人公とした映画も得意としていたとは知ってたけど、観るのは初めて。 あらすじに書いた物語はむしろ背景で、善太と三平の日常をのんびりユーモラスに、 そして親たちから受ける子供たちの生活への影響をちょっと感傷的に、 強く物語ることなく、美しい絵で細かいエピソードを積み重ねていくところが良い映画でした。 メロドラマ映画とは演出や画面作りが異なり、どちらかといえば『簪』などに近い雰囲気。 見たことのある 清水 宏 の映画の中では、『信子』 (松竹大船, 1940) が最も近く感じました。 静かな中で人を探す声が響く場面など、清水 宏 得意の演出だな、と。

駆け落ちした青山の夫婦と勘当した小野家の和解をとりもつのも、 会社経営を巡って険悪となった小野家と老曾の家の間をとりもつのも、善太・三平ら子供たち。 現実にはそんな上手くいくことは少なく、子供の関係はもっと残酷なものになりうるとも思います。 しかし、それでも子供の仲が大人の世界を変える可能性を信じたくなるような、 微笑ましいユーモアと抒情溢れる映像からなる、詩的な映画でした。 良かっただけに、春夏の巻、秋冬の巻の両方とも、最終リール欠落の不完全版なのは残念でした。

2013年に東京国立近代美術館で特集上映 『生誕110年 映画監督 清水宏』 があったのですが、 それは戦前松竹映画にのめり込む半年前。 通って観なかったことを悔やんだものでした。 この特集上映は通いたいものです。