TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: Metropilitan Opera, Robert Carsen (prod.), Richard Strauss (comp.): Der Rosenkavalier 『ばらの騎士』 @ Metropolitan Opera House (オペラ / event cinema)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2017/8/28
『ばらの騎士』
from Metropolitan Opera House, 2017-05-13, 13:00–15:35.
Composer: Richard Strauss. Libretto: Hugo von Hofmannsthal.
Production: Robert Carsen.
Set Designer: Paul Steinberg. Costume Designer: Brigitte Reiffenstuel. Lighting Designer: Robert Carsen, Peter Van Praet. Choreographer: Philippe Giraudeau.
Cast: Renée Fleming (Marschallin), Elīna Garanča (Octavian), Erin Morley (Sophie), Günther Groissböck (Baron Ochs), Markus Brück (Fininal), Matthew Polenzani (a singer).
Conductor: Sebastian Weigle.
Premiere: Court Opera, Dresden, 1911.
New Production: Apr. 13 - May 13, 2017. Co-production of the Metropolitan Opera; Royal Opera House, Covent Garden, London; Teatro Colón, Buenos Aires; and Teatro Regio di Torino.
上映: 東劇, 2017-08-26 13:30-17:54 JST.

第一次大戦直前に作られた Richard Strauss による大作オペラ。 『オペラの運命』 (中公新書, 2001) [読書メモ] や 『メロドラマ・オペラのヒロインたち』 (小学館, 2015) など、 岡田 暁生 のオペラに関する本を読んで気になっていた作品ということもあり、良い機会かと Met Live in HD で観てきました。 ということで、あらすじや Mozart の喜劇オペラを意識した作品だという予備知識はありました。 それでも、Richard Strauss というと、Elektra の無調音楽寸前の音楽の印象も強く [レビュー]、 これで3時間半は辛そうだなあ、とも、思ってました。 結果としては、音楽としても軽妙さもある風刺のきいた風俗喜劇が楽しめました。

演出は、Patrice Chéreau の Elektra や、 Willy Decker の La Traviata [レビュー] のような 現代的なミニマリズムではなく、そういう点ではさほど好みのものではありませんでした。 原作の Maria Teresia 時代のロココな1740年代 (Mozart が活躍する少し前の時代) ではなく、 作品が作られた20世紀初頭、第一次大戦直前のウィーンとしていたのは、 この作品がハプルブルグ帝国の終焉、というか、宮廷文化、貴族文化の名残がある19世紀的な欧州近代社会の終焉という時代の雰囲気を反映した作品だった、 という点を明確化するという点でも効果的だったでしょうか。 Baron Ochs は単純な道化役ではなく、没落しつつつあるハブスブルグ帝国の貴族将校であり、 軍事産業で財をなした新興ブルジョア Faninal 家の娘 Sophie と、財産目当てに愛の無い結婚をしようとする、という魅力的な悪役。 最後には愛人 Octavian から身を引く元帥夫人 (Marschallin) の仕掛ける恋のかけひきに 全てには終りがある諦観もにじませた喜劇というより、 20世紀初頭、没落する貴族と新興するブルジョアを風刺する風俗喜劇のようなっていました。

第一幕はロココではなく19世紀の歴史主義的な貴族の邸宅、 第二幕はいかにも20世紀初頭らしい Vienna Secession というか Jugendstil なモダン邸宅 (Vienna Secession のパトロンであった実業家 Karl Wittgenstein を連想させる)、 第三幕は居酒屋ではなく20世紀初頭の退廃的な雰囲気のある娼館。 第一次大戦直前の雰囲気ってこうだったのかな、と、楽しめました。 しかし、エンディング、若い二人の幸福を子供の召使を出して単に異化するのではなく、 軍靴 (第一次世界大戦) でぶち壊して終えるのは、その時代を描くという意味ではわかるけれども、残酷。 古典的な作品をその舞台とする時代を変えて翻案するということはよくあるわけですが、 先日観た National Theatre の The Threepenny Opera も そうでしたが [レビュー]、 制作された時代に移すこの翻案は正攻法なのかもしれません。

アリアは第1幕中の元帥宅を訪れた「歌手」が歌うだけというメタな使われ方で、歌というよりもセリフに近いようなものも多いもの。 第3幕の終幕の三重唱もそうですが、対話的というよりお互いの違う立場の歌詞を重ねるように歌うことが多いのが印象的。 演劇的な意味でも多声的に感じられて、面白いなあ、と。 といっても、音楽はキャッチーで、Vienna waltz も時に群舞も伴って印象的 (Neuejahr Konzert かよ、と思ったりもしましたが)。 それも楽しみましたが、20世紀初頭という時代設定であれば、特に娼館を舞台とした第3幕など 表現主義すらに接近した Elekra のような音楽の方がぴったりきそう、とも。

あまりオペラ歌手には詳しくないのですが、今回のキャストは役にぴったりハマっているように見えました。 Renée Fleming のとても艶っぽいマダム感もいかにも Marschallin のイメージそのものでしたが、 なんといっても Elīna Garanča の Octavian がいわゆるスボン役というレベルを超えていて、 単なる立ち姿だけでなくその所作も美青年 (女性ですが)。 第1幕のこの2人の絡みだけでも舞台にぐっと引き込まれました。 (Garanča の Octavian を見ていて、こういうのが宝塚歌劇の魅力なのかな、と思ったり。) ちょっとコミカルで可愛らしい Sophie 役の Erin Morley といい、 憎まれ役だけど魅力的な Baron Ochs 役の Günther Groissböck も、物語を盛り上げていました。 それにしても、かなりドタバタ風味の喜劇演出だったので、激しい動きを伴う演技。 もちろん皆、歌も巧いわけですが、演技の巧さに感心しながら観ていました。