Franz Kafka: Die Verwandlung 『変身』を グロテスクかつシュルレアリスティックなダンス作品 The Metamorphosis に仕上げた Arthur Pita が2019年に手掛けた、 Hans Christian Andersen の童話 Historien om en Moder [The Story of a Mother 『ある母の物語』 (1847) に基づくダンス作品です。 Medusa の演技も強烈な印象を残した The Royal Ballet のプリンシパル Natalia Osipova が母の役を、 死神役の Jonathan Goddard のサポートを得て 演じているという興味もあって、DVD化を機にさっそく観ました。
『ある母の物語』はある母親が幼い我が子の死を受容する過程を寓話的に描いた19世紀半ばの作品です。 このダンス作品では、20世紀前半、おそらく、第二次世界大戦 (大祖国戦争) 時代のロシアに舞台を置き換え、エンディングも変えられていました。
舞台には、回り舞台を3分して作られた3つの部屋。 原作では死神を追いかけ野や湖を行くわけですが、この作品では、 煤けたのかカビたのか黒ずみハゲかけた壁紙もわびしい近代的ながらボロボロのベッドルーム、キッチン、バスルームの3部屋を巡って物語が進みます。 音楽は、緊張感が高まる場面では打楽器のアンサンブルで強烈に、そして、ロシア民謡に基づく音楽が感傷的に。 Osipova は、家族や親類の助けもなく孤立した母親が幼な子を亡くして狂乱するかのように踊りつつ、 原作の舞台をアパート内に見立てつつ、血塗れになり、目を失い、白髪となって行きます。
目と黒髪を取り戻すまでは原作と対応していたのですが、 その後、ベッドルームへ大祖国戦争期のソ連軍服姿の Goddard が登場します。 Osipova との微妙な距離感から死神の別の姿かとも思ったのですが、やがてベットを共にします。 その後、バスルームに場面が移り、Osipova は鼓動を頼りに我が子を探しあてるものの、バスタブに映った将来を見て、子を死神に差し出します。 再びベッドルームに場面が戻ると、部屋はすっかり小綺麗になって、 臨月姿となった Osipova が買ってきたばかりのベビー服を嬉しそうなベッドに広げるなど、 幸せそうな姿を見せてエンディングとなりました。 このエンディングの意味ははっきり捉えかねてはいるのですが、 戦争が終わり、出征していた夫が戻り、生活も上向き、新たに子を授ったことで、戦時下の子の死を受容できたという結末のように感じられました。
ダンスはバレエ的な型はほとんど感じられず、演出も The Metamorphosis [鑑賞メモ] 同様、ダンス作品というより、無言劇のよう。 Osipova の身体もよく動くのですが、そのダンスとしての動きのよさというより、 我が子を失った母親の心情をダンスを通して表現するその演技力に目が留まりました。 Anastasia [鑑賞メモ] にしても、 Medusa [鑑賞メモ] にしても、 Osipova はこういう役がはまり役です。 Arthur Pita の演出もさすがですが、Osipova の演技あっての説得力が感じられた作品でした。