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Review: 五所 平之助 (dir.) 『花籠の歌』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2020/12/04

今年は松竹映画100年ということで、国立映画アーカイブの上映企画 『松竹第一主義 松竹映画の100年』 [鑑賞メモ] だけでなく、 神保町シアターでも特集企画 『松竹映画100周年 “監督至上主義”の映画史』をやっています。 その中から、未見だった戦前のこの映画を観てきました。

『花籠の歌』
1937 / 松竹大船 / 白黒 / 69min.
監督: 五所 平之助 脚色: 野田 高梧, 五所亭. 原作: 岩崎 文隆 『豚と看板娘』
田中 絹代 (洋子), 佐野 周二 (小野), 徳大寺 伸 (李さん), 河村 黎吉 (敬造), 高峰 秀子 (浜子), 岡村 文子 (伯母お菊), 谷 麗光 (その亭主富太郎), 出雲 八重子 (女中おてる), 笠 智衆 (堀田), 近衛 敏明 (岡本医学士), 立花 泰子 (女給鈴江), etc

あらすじ: 元国際航路客船コックの啓造が開いた銀座のトンカツ屋「湊屋」の看板娘 洋子 は、 妻を亡くした独り身の父の面倒を見て、24歳を目の前にしても独身。 家のことに気を使わない啓造や独身の洋子のことを、伯母お菊は気にしている。 妻の年回忌に何も用意してなかったのに、前日の伯母からの確認の電話に、 啓造は慌てて実家が寺の常連客 学生 堀田に頼んで法要をしてもらう。 伯母は岡本医学生を洋子の結婚相手として紹介しようとするが、啓造も洋子も関心を示さない。 洋子には好意を寄せ合う常連客の学生 小野がいた。 小野の学友 堀田を通してそれを知った啓造は、小野にトンカツ屋になる気がある事を確かめ、洋子との結婚を認める。 トンカツの腕が良いと評判の雇われコックの李さんは、密かに好意を寄せていた洋子の結婚にショックを受けて、店を辞めてしまう。 李さんに好意を寄せていた女中おてるも、店を辞めてしまった。 啓造と小野の2人で店を回すようになったが、客足は遠のいてしまった。 やがて、店に刑事がやってきて、小野が連行されてしまう。 小野が湊屋の常連となる前に行っていたカフェーの女給鈴江が殺されたという新聞記事を見た洋子は、 小野が犯人で、裏切られたと思い込んでしまう。 事情聴取から帰った小野は、過去の女給との仲を詫びて、洋子と仲直りする。

日本初の国産トーキー映画『マダムと女房』 (松竹蒲田, 1931) [鑑賞メモ] を監督したことで知られる 五所 平之助 による映画です。 看板娘 洋子と常連客 小野の恋物語が軸になっていますが、 階級差のような障害やすれ違いなどの2人の恋路を振り回す状況が小粒で、メロドラマにしては平坦な展開です。 特に、戦前松竹メロドラマでは娘の恋路に立ち塞がる無理解で抑圧的な親父を演じる事が多い 河村 黎吉 [鑑賞メモ] が、 むしろ娘やその恋の相手に理解のあるいい父親を演じている事が物足りなく感じました。

トンカツ屋の日常の中で起きるさざなみのような出来事を、 全体として大きなオチを付けるような物語構成でなく細やかなエピソードを連ねる形で、 ユーモアと人情を感じさせつつ、戦間期の風俗を交えて、描いています。 メロドラマ展開的には少々物足りなく感じましたが、 モダンだが庶民的でもあるトンカツを出す店の客層を含めた雰囲気はもちろん、 銀座の路地裏の店の二階からの眺めや地方から上京してきた苦学生がその眺めに込める心情など、 その丁寧な描写が楽しめました。 田中 絹代の演じる主人公も庶民的で勝気。度々口にする「バカねっ」も良いです。

映画の中で、特に印象に残ったのは、 名前やイントネーションから朝鮮人と思われる役の、徳大寺 伸 演じるコックの李さん。 フラレ役という点では可愛そうな役ではありますが、 トンカツの腕が良いと客の評判も良く、女中にも好意を寄せられています。 偏見が感じられないわけではないものの数年前の関東大震災時の虐殺などに見られるような差別をあまり感じさせない、フラットな描き方でした。 こういう人物を登場させることで、東京のモダン都市としての国際化を描こうとしていたのかしらん、と。