TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: Pedro Almodóvar (dir.): The Human Voice 『ヒューマン・ボイス』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2022/11/07
2020 / El Deseo (ES) / 30 min / Language: English
Written and directed by Pedro Almodóbar, freely based on Jean Cocteau's play.
with Tilda Swinton.
Producers: Agustín Almodóvar, Esther García; Music: Alberto Iglesias; Director of photography: José Luis Alcaine (AEC); Editor: Teresa Font.

監督の作風に関する予備知識はほぼ無かったものの、 ポスターやトレイラー、そして Jean Cocteau 作の一人芝居 La voix humaine (1930) の翻案だということに引かれて、この30分の短編映画を観てみました。 ちなみに、La voix humaine は Ivo van Hove 演出の舞台を映像上映で観たことがあります [鑑賞メモ]。

原作は、3日前に去った同棲していた恋人からの電話越しのやり取りによる一人芝居の戯曲ですが、 映画的なリアリズムを排し、美術や衣装の象徴性を使って描く、一人芝居の演劇作品を映像化したかのような映画でした。 カットは普通に使われていてライブ感を強調することはありませでしたが、 組まれたセットの裏側や外側の剥き出しのスタジオを写し込み、時には、そこでの演技も交えることで、 セットの内側の世界に対する異化作用を効かせます。 そもそも、セットの内側の部屋の美術や衣装も彩度高く生活臭、生々しさが排除されます。 演ずる Tilda Swinton の少々アンドロジニアスな風貌に非日常着的な衣装もあって、 等身大のリアルな女性像を通してその心情の起伏を描くのではなく、 その内面の少々極端な心象風景だけを形式的かつ象徴的な映像で視覚化したかのよう。 有線の黒電話ではなくスマートフォン (iPhone) とワイヤレス・イヤホン (iPod) だったり、 電話がかかってくる前に斧を買ったり最後に部屋に火を付けたりする原作にはない強烈さ (実際それをしたというより、そういうことをしたくなる心情だった、という表現でしょう) も、 現代的な解釈でしょうか。 リアリズム的な演技で見せられると自分には縁遠い話にも感じかねない戯曲ですが、 形式的な表現とそれに合った現代的な解釈がとても面白く感じられました。

映画的なリアリズムを排しその舞台作品的な仕掛けも含めて映像化しているという点で、 National Theatre の映画 Romeo and Juliet [鑑賞メモ] とも共通するものを感じました。 短編ではありましたが、映画というよりも National Theatre Live, Royal Opera House cinema や Met Opera Live を観た時に近い感触でした。 こうした形式的な演出でこれだけ面白くなるのであれば、やはり、この戯曲に基づく Francis Poulenc のオペラ La voix humaine (1958) を 現代演出で観てみたいものです。

映画を観たことをきっかけに検索して気付いたのですが、 Poulenc のオペラ Dialogues des Carmélites も素晴らしかった [鑑賞メモ] Olivier Py の演出で、やはり Le Théâtre des Champs-Elyseés の制作、Patricia Petibon の主演で 2021年3月に新制作 La voix humaine を初演する予定だったようです。 Py 脚本 (libretto)、Thierry Escaich 作曲の新作オペラ Point d’orgue との組み合わせでの上演という形のようです。 この公演はキャンセルになったのですが、その後、共同制作の Opéra National de Bordeaux などで 上演されているよう [YouTube]。 ぜひこのプロダクションの Le Théâtre des Champs-Elyseés での Patricia Petibon の主演での上演を、DVD/BD化して欲しいものです。