Nederlands Dans Theatre: The Statement [鑑賞メモ] や The Royal Ballet: Flight Pattern[鑑賞メモ] で 強い印象を残した振付家 Crystal Pite が主宰するカナダ・バンクーバーのコンテンポラリーダンスカンパニー Kidd Pivot の、2019年作を持っての初来日公演です。 レジデントの俳優/劇作家 Jonathan Young との共作で、 19世紀ロシアの小説・戯作家 Николай Гоголь [Nikolai Gogol] の戯曲 «Ревизор» [The Revisor] 『検察官』 (1836) に着想した作品ですが、 舞台は当時のロシアの地方都市から現代的な官僚的な巨大組織の支部的な組織 (the Complex) に、人名も英語的なものに置き換えられていました。 その組織に査察が入るという報をきっかけに身分を隠した査察官 (The Revisor) と推測された人物をめぐって賄賂や他人の不正の告発などを繰り広げる様を、風刺的に描くという大枠は生かされていましたが、 その様子をさらにメタに観察した視点があるという所が大きな違いでしょうか。
途中で休憩や暗転が入るわけではないですが、大きく3つのパートに分かれており、 最初は、腐敗した組織の様子、査察官の登場と、それを巡る騒動を、 セリフの朗読に合わせてデフォルメされた演技のように踊って描いていきます。 19世紀ロシア的とは言い難いものの、場面を表す家具や、役を示す衣装は具体的。 セリフとの組み合わせや動きは、やはり Jonathan Young が戯曲を書いた The Statement [鑑賞メモ] を連想させられましたが、 より物語的になったことで、宮城 聰 の語り手/動き手を使った演出から祝祭性を抑えてリアリズムに寄せたような演劇を観るようにも感じました。
The Statement でも後半に抽象的に変容しましたが、 この The Revisor でも描写が変容します。 場面が冒頭まで引き戻され、査察官を含めたやり取りの様子を第三者視線で描いた調書の朗読がそれまでとは違いエフェクトも交えながら流され、それに合わせたダンスとなります。 役を示すような具体的な衣装が脱がれ、シンプルな肌着のような衣装となり、動きも役を演技するという以上のダイナミックなものになります。 単なる抽象的なダンス化というより、メタな視点を導入して、物事の外形的な見え方に対する抽象的な解釈を重ね、ベースとなる風刺的な喜劇を異化するよう。
The Statement と違い、ここからさらにもうひと展開あります。 ダンサーも再び役を示すような具体的な衣装を着け、冒頭の演劇的な世界に戻ります。 査察官 (実際はそう勘違いされた人物) を腐敗の様子を首都の新聞と思われるメディアに知らせようとする場面を描くなど、 原作の Иван Хлестаков [Ivan Khlestakov] と違い、現代的に普通の遵法意識を持つ人物としているように感じられました。
演出では多分に The Statement を連想させられた作品でしたが、 戯曲の枠組みも活用した単独の公演が打てる十分な長さのあるナラティブなダンス作品という意味で大きく異なり、 観終わった印象も実験的な演出の演劇作品に近いものでした。 他の作品を連想した点というと、 Ballet de l'Opéra national de Paris: Body and Soul [鑑賞メモ] の第3幕で見られたような 手に長い爪を思わせる棒状のものを付けてのダンスの場面がありました。 これも Pite らしいと思いつつも、全体の中での位置付けを掴みかねて、少々唐突な印象を残しました。