Talking Heads: Speaking In Tongues (Sire, 9 23883-1, 1983) のリリースに合わせて行われたツアーの 1983年12月13〜16日ロサンジェルス Pantages Theater でのライブ (リハーサル1回、本番3回) を収録編集した1984年公開のコンサート映画を、2023年に4Kレストアしたものです。 DVDやHD配信で何度となく見返している映画ですが、4Kレストア版を大画面で観ることで、改めてその演出の面白さ、特に照明デザインの巧みさに気付くことができました。
確かに、剥き出しの舞台で録音されたリズムをラジカセで再生しながら David Byrne 一人弾き歌う “Psycho Killer” から 少しずつ人や楽器が増えて舞台そして音楽が組み上がっていく様を見せるかのような前半は、 Trisha Brown のポストモダン・ダンス映画 Accumulation with Talking plus Watermotor (1979) [鑑賞メモ] や New Order: “The Perfect Kiss” (1985) のミュージックビデオ [鑑賞メモ] という Jonathan Demme が手掛けた他の作品との共通点もあり、とても興味深いものがあります。
しかし、舞台が組み上がった後半 “Making Flippy Floppy” 以降は、異化を通して舞台の成り立ちを見せるような演出から、グッと没入感のある演出へ切り替わります。 それまでの剥き出しの舞台にフラット気味な照明からうって変わり、 舞台をブラックボックスもしくは背景のみスクリーンにし、照明を横もしくは下から当てることでパフォーマーを黒い背景、もしくは、映像を背景に不自然に浮かび上がらせ、 正面から当てる際は背景に映る影まで計算に入れます。 字幕や写真、ビデオなどが投影された背景スクリーンにパフォーマーを黒くシルエットとして見せます。 今でこそコンテンポラリー・ダンス/バレエや現代的な演劇でよく見られる照明デザインですが、その照明デザインを手がけたのは Beverly Emmons。 Merce Cunningham Dance Company などのポストモダン・ダンス作品や、 Robert Wilson が演出したオペラ Einstein On The Beach (1976) や The Civil Wars の照明デザインを手がけた人によるものです。
4Kレストア版公開に合わせて Stop Making Sense について Beverly Emmons へインタビューした記事 “Uncovering Hidden Insights with Stop Making Sense Lighting Designer Beverly Emmons” (2023-12-27) によると、 David Byrne の当時のガールフレンド Adelle Lutz が Robert Wilson: The Civil Wars 関連の日本でのワークショップへ通訳として帯同したことをきっかけに、 そこから Wilson が Byrne に Emmons を紹介したとのこと。 (ただし、Robert Wilson の舞台作品 The Civil Wars の Minneapolis section: The Knee Plays 舞台音楽CD+DVD再発 (Nonesuch, 303228-2, 2007) [レビュー] のライナーノーツでの Byrne の説明とは食い違いがあります。) Stop Making Sense 収録直後の1984年に初演された The Knee Plays の音楽を Byrne が手掛けていること、 The Knee Plays だけでなく Stop Making Sense のパフォーマンスにも この1983年日本での Wilson のワークショップで取り上げられた文楽、能、歌舞伎が影響していることを考えると、いろんな事が同時進行していたのだろうと窺われます。 Emmons のインタビューに The Knee Plays への言及が、 The Knee Plays のライナーノーツに Stop Making Sense への言及が無いことが惜しまれます。 (誰か Stop Making Sense と The Knee Plays の関係という観点からインタビュー取材して欲しい。)
後に David Byrne's American Utopia (2020) [鑑賞メモ] として映画化された 2019年ブロードウェーのショー American Utopia に対する ニューヨーク Observer 誌のレビュー “‘American Utopia’ Takes a Funky-Robot Tour of David Byrne’s Brain” (2019-10-20) の中で、 “the high-art visual trappings that suggest mid-career Robert Wilson meets Afrofuturism” 「キャリア中期の Robert Wilson を思わせるハイアート的な視覚的装いと Afrofuturism の出会い」という形容が出てきます。 その形容は的を射ていると思いますが、 Robert Wilson やポストモダン・ダンスからのハイアート趣味と、P-Funk や Old school hip hop に見られる Afrofuturism の出会い、 というのはむしろ Stop Making Sense の方にはっきり現れています。 David Byrne's American Utopia と比べて未消化と感じるほど直接的ですが、 Robert Wilson の照明デザイナを起用する一方で、Bernie Warrell や Lynn Mabry というP-Funkのミュージシャンをゲストに起用しているのですから。 Kurtis Blow や James Brown の名を歌い上げる Tom Tom Club: “Genius Of Love” を演っていることも、そのような面にうまくはまっています。
Stop Making Sense から David Byrne's American Utopia まで、 David Byrne はブレていないないと思うものの、やはり違いも感じます。 Stop Making Sense での 観客すら目に入っていないのではないかと思うほどに没入しての汗だくになる程に激しいパフォーマンスは、 現代社会への暗喩的な風刺を感じさせる歌詞もあって、怒れる若者 (Talking Heads: “Nothing But Flower” で Years ago I was an angry young man と歌っていたように)。 優しく諭すようとすら感じた David Byrne's American Utopia を思い出しつつ、その成熟を改めて実感しました。