ロンドンを拠点に活動するバングラディシュ系イギリス人の振付家 Akram Khan [関連する鑑賞メモ] が English National Ballet のために制作したダンス作品を映画化したものです。 いわゆる劇場中継ではなく、劇場同等のセットを English National Ballet の持つ Holloway Production Studio に作り、そこで劇場に近い形で上演されたものを撮影しています。 劇場中継に近い作りですが、カメラの動きやノイズなどのエフェクト、回想シーンの挿入など劇場中継ではできない映像演出も使われています。
物語バレエというか、バレエのイデオムはほとんど使われない、コンテンポラリーなダンス作品です。 「Mary Shelley の Frankenstein の影と共に、Georg Büchner による表現主義の古典 Woyzeck に着想」とのことで、 Frankenstein の怪物 (Creature) が北極へ向かった後日譚として、 北極圏にある軍事組織下の収容所らしきディストピアで生体実験の実験台にされる Creature の物語として Woyzeck を翻案したような物語でした。 Creature が表現主義的というか苦しみ悶える様をのたうち回るようなダンスとして表現する一方で、 モノトーンのシンプルな衣装をまった軍事組織の人々の体操を思わせる力強い動きでの群舞がコントラストとなり、 わかりやすくもディストピア的な不条理の描写を楽しみました。
しかし、着想したという Woyzeck にあった階級と貧困の問題 [関連する読書メモ] が無くなってしまった点は物足りなく感じました。 Woyzeck では主人公は嫉妬で錯乱して Marie を殺して自分も溺死してしまう破滅的な結末を迎えますが、 Creature では Marie は死んでしまうものの Creature (Woyzeckに対応) が手をかけるわけではなく、死んだ Marie を抱えて昇天するかのようで、そこに救済を感じました。
Akram Khan が English National Ballet のために制作した作品は、これで3作目。 最初の Dust (2014) は未見ですが、 Giselle (2016) は配信で観ています [鑑賞メモ]。 Woyzeck のプロットが好みということもあるのか、 バレエ的な要素が後退したこともあるのか、Giselle と比べて楽しめました。 こういう公演を生で観たいものです。