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Review: Alice Guy-Blanché: Matrimony's Speed Limit 『結婚の制限速度』 (映画); Edward Sedgwick, Buster Keaton: The Cameraman 『キートンのカメラマン』 (映画); Fritz Lang: Die müde Tod [Destiny] 『死滅の谷』 (映画); Victor Seastrom [Victor Sjöström]: He Who Gets Slapped 『殴られる彼奴』 (映画); Ladislas et Irène Starevitch: extrait de Fétiche mascotte [The Devil's Ball] 『不思議な舞踏会』 (映画); René Clair: Le Voyage imaginaire 『空想の旅』 (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2024/05/05

横浜シネマ・ジャック&ベティで恒例の ピアノ即興生伴奏付きのサイレント映画上映会『柳下美恵のピアノ&シネマ 2024』で、 去年 [鑑賞メモ] に続いて、今年もサイレント期の映画を楽しんできました。

Matrimony's Speed Limit
『結婚の制限速度』
Director: Alice Guy-Blanché
1913 / Solax (US) / B+W / silent / 16 min.

19世紀末フランス Léon Gaumont の下で監督・製作を始めた草創期の女性映画作家 Alice Guy-Blanché が、 渡米し設立した自身の映画会社 Solax で監督した短編映画です。 破産して結婚を諦めた男性に対し裕福な許嫁の女性が「7時までに結婚すれば叔母の遺産が手に入る」と騙すと、 出会う女性に見境なくプロポースして結婚しようとするも失敗し、結局許嫁との結婚に至るそのドタバタを描いた、 Buster Keaton: Seven Chances (1925) の先駆とも言えるプロットです。 1910年代の映画ということで、動きの少ないカメラと構図がメインで映像表現の古さは否めませんが、 ヒロインの許嫁が車で駆け回るシーンもありますし、大写の時計のモンタージュで刻々と迫る時限を表すなど、さすがと思う場面もありました。

The Cameraman
『キートンのカメラマン』
Director: Edgar Sedgwick, Buster Keaton (uncredited)
1928 / Metro-Goldwyn-Mayer (FR) / B+W / silent / 70 min.
with Buster Keaton (Buster), Marceline Day (Sally).

Buster Keaton が Metro-Goldwyn-Mayer (MGM) と契約してハリウッド・システムの下で製作した第1作です。 不器用な街頭写真師の Buster がニュース映画社の秘書 Sally に一目惚れし、彼女に好かれようとニュース映画カメラマンを目指す、そのドタバタを描いたコメディ映画です。 監督・脚本やアドリブなどを禁じられたものの、Keaton ファンでもあった監督 Sedgwick の計らいで、かなりの裁量を得ていたとのこと。 ダメダメな展開となる Sally とのプールでのデートの場面などユーモラスなだけでなく当時の流行風俗も伺える興味深さですし、 特ダネとなる中華街の抗争での多数のエキストラを使ったアクションの場面も見応えありました。 DVD box The Art of Buster Keaton (Kino on Video, 2001) にはMGM時代の2作は収録されておらず、 今まで観たこと無く、今回の上映を楽しみにしていました。 期待違わず、MGMに入ってからも相変わらずの良さでした。

Die müde Tod [Destiny]
『死滅の谷』
Regie: Fritz Lang
1921 / Decla-Bioscop (DE) / B+W / silent (tinted) / 99 min.
mit Lil Dagover, Walter Janssen, Bernhard Goetzke.

モダンなSF映画 Metropolis 『メトロポリス』 (UFA, 1926) や アメリカ亡命後の1930-40年代の Film Noir で知られる映画監督 Fritz Lang のワイマール・ドイツ時代の作品です。 “Ein deutsches Volkslied in sechs Versen” (6節からなるドイツの民謡) という副題が付けられ、 中世ドイツを舞台に恋人の死を死神から取り戻そうとする女性を主人公とする、また、イスラム帝国、中世ベネチア、中国・清に着想したと思われる空想の国を舞台とする物語中物語を含む、 エキゾチックな要素もある寓話の色合いの濃い映画でした。 この時代のドイツ映画は表現主義 Expressionismus の時代で、 Lang も翌年 Dr. Mabuse, der Spieler 『ドクトル・マブゼ』 (UFA, 1922) を撮っています。 確かに死神の造形などに表現主義を思わせるものがありますが、 構図は自然で、セットも自然もしくは象徴的なものは簡潔に表現され、 カメラの動きの少ない正面性の強い構図を多用した絵画的な端正さも感じました。

He Who Gets Slapped
『殴られる彼奴』
Director: Victor Seastrom [Victor Sjöström]
1924 / Metro-Goldwyn-Mayer (US) / B+W / silent / 72 min.
with Lon Chaney, Norma Shearer, John Gilbert, Tully Marshall.

サイレント期のスウェーデンを代表する映画監督 Victor Sjöström がハリウッドで製作した第1作で、 帝政時代のロシアの戯曲 Леонид Андреев: Тот, кто получает пощёчины (1915) の映画化です。 パトロンの男爵に研究成果と愛する妻を奪われた貧乏学者が、学会で嘲笑された屈辱的な経験を契機に世を捨て、 叩かれて (邦題は「殴られる」ですが、原題は slapped で、映画中でも平手打ちされています) 嘲笑される芸を売りとするサーカスの道化に身をやつします。 しかし、サーカスの花形の曲馬師カップルの女性に憧れることで心を取り戻し、 彼女の親が彼女を仇の男爵に売ろうとしていることを知って、 自分を犠牲に、彼女を救い、男爵への復讐を果たすという物語です。 Norma Shearer と John Gilbert の演じる曲馬師カップルの美男美女っぷりにハリウッド映画を感じつつも、 道化の複雑な心情を表現する Lon Chaney の演技も素晴らしく、 自己犠牲と復讐、現世の苦悩と屈辱からの解放が重なるエンディングの切なさに心打たれる映画でした。

終盤、道化はその想いと合わせて彼女に破滅 (親に男爵へ売られる) が迫っていると伝えるものの、 真意を受け取ってもらえず、彼女は道化を叩いて笑います。 この場面から彼女の破滅と道化の復讐の不成就を予想しました。 原作はこのような救いの無い終わり方で、映画化の際に改められたとのこと。 確かに、映画での終わり方の方が後味は良く感動できそうとは思います。 その一方で、不条理な仕打ちや妻の寝取られという類似もある Woyzeck のように、 バッドエンドへの展開も見てみたかったようにも思いました。

The Devil's Ball (extrait de Fétiche mascotte)
『不思議な舞踏会』
un film de Ladislas et Irène Starevitch.
1933 / Gelma-Film (FR) / B+W / silent / 11 min.
avec Ladislas Starevitch.

帝政時代のロシアで活動を始めたポーランド系のパペット・アニメーション作家の、 ロシア革命に際して亡命したフランスでのシリーズ “Fétiche” の作品の1つです。 上映されたのは Fétiche mascotte (1933) から 抜粋され The Devil's Ball と題された短編です。 不気味可愛いパペットなどか沢山出てくるストップモーション・アニメーションで、 Tim Burton などの原点を見るようでした。

Le Voyage Imaginaire
『空想の旅』
un film de Réne Clair
1926 / Les Films Georges Loureau (FR) / B+W / silent / 63 min.
avec Dolly Davis, Jean Borlin.

銀行勤めの気弱な男性が、夢の中で偶然助けた妖精の館に連れられ、 そこから繰り広がるドタバタを描いた邪気の無い大人のファンタジックなコメディでした。 この頃の Clair なのでモダンな作風を期待していたので [関連する鑑賞メモ]、 前半の書き割りに近いカメラワークもベタな妖精の館の場面には少々肩透かしを感じました。 しかし、そこからノートルダム大聖堂屋上でロケをしたという場面でのモダニズム感じるカメラワーク への飛躍には、そう変わるかと、ちょっと驚きました。 後半の蝋人形館の場面でのドタバタでの革命裁判や Charle Chaplin: The Kid (1921) の引用も絶妙でした。

今回は、Buster Keaton や René Clair で未見だったものを観られると楽しみにしていたのですが、 結局、観た中で最も印象に残ったのは He Who Gets Slapped。 この企画ででは無いですが去年に観た William Wellman: Beggars of Life 『人生の乞食』 (1928) [鑑賞メモ] もそうでしたが、 ハリウッド映画も実際に観ると良い映画が少なくなく、油断なりません。