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Review: 澁谷 實 (監督) 『櫻の國』 (不完全) (映画); 青柳 信雄 (監督) 『兵六夢物語』 (映画); 島津 保次郎 (監督) 『闘魚』 (前後篇) (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2024/08/12

アメリカ議会図書館に残存し1967年から1984年にかけて返還され国立映画アーカイブ (当時 東京国立近代美術館フィルムセンター) に所蔵されている戦前・戦中期の映画の上映企画第2弾 『返還映画コレクション(2)――第一次/二次・劇映画篇』が、 国立映画アーカイブで開催中です [第1回の際の鑑賞メモ]。 ということで、8月9日と11日に観てきました。

『櫻の國』 (不完全)
1941 / 松竹大船 / 80 min. (オリジナル105 min.) / 35 mm / 白黒
監督: 澁谷 實; 原作: 太田 洋子.
上原 謙 (笹間 三郎), 高峰 三枝子 (駒 ヒカル), 水戸 光子 (矢島 新子), 笠智 衆 (高島 総一), 斎藤 達雄 (笹野 賢吉), 吉川 満子 (しづ枝), 葛城 文子 (新子の母), etc.

日中戦争中に華北電影の提携で大陸 (北京天津などの「北支」) でのロケ撮影を含む、太田 洋子 の小説の映画化です。 父や継母と折り合いが悪く北支の戦線で宣撫官としての任務に生き甲斐を見出す 三郎 と、 許嫁同然の仲として彼を待つ 新子、女学校へ通うために親戚である三郎の家に寄宿し2人と仲の良い ヒカル の3人をめぐる、戦争や親の思惑に翻弄される恋愛を描いたメロドラマです。 男性の主役が宣撫官なだけに特に「大陸ロケ」で撮られた前半は戦中のプロパガンダ的な要素を感じる場面もありますが、 話が進むほど松竹大船らしく一人の男性を巡る二人の女性の恋と結婚の綾を丁寧に描いていました。

女性主役2名の 水戸 光子 と 高峰 三枝子 の性格付けは 『暖流』 (松竹大船, 1939) [鑑賞メモ] や 『花は僞らず』 (松竹大船, 1941) [鑑賞メモ] は共通するものがありますし、 新子とヒカルが三郎について話し合う洋館のカフェの場面や、日本へ戻った三郎が新子へ縁談のあった男と結婚するように言う砂浜の場面など、 『暖流』を意識したのではないかと思う場面絵作りも見受けられました。 スーツ姿の 上原 謙 もですが、はまり役とも言えるモダンな洋装をバッチリと決めた性格の良いお嬢様を演じる 高峰 三枝子 が、見目麗しいです。 戦地の三郎との行き違いもあって新子は母からの縁談のあった男と結婚し、 それでは三郎に密かに想いを寄せている ヒカル の方はどうなるのか、というところで、ラスト25分欠落のため「完」というのが残念な映画でした。

『兵六夢物語』
1943 / 東宝 / 67 min. / 35 mm / 白黒
監督: 青柳 信雄; 原作: 獅子 十六; 特殊技術: 圓谷 英一 (円谷 英二).
榎本 健一 (大石 兵六), 高峰 秀子 (怪童女), 霧立 のぼる (お光), 黒川 彌太郎 (吉野 市助), 柳田 貞一 (吉野 市太郎), 中村 是好 (心岳寺和尚), 如月 寛多 (曲淵 杢郎治), etc

江戸時代の薩摩で作られたと伝わる『大石兵六夢物語』に基づく映画です。 エノケンこと 榎本 健一 演じるダメな郷士 大石 兵六 は、郷中で不始末をしでかしてしまいます。 母に諭され心岳寺に行く途中の峠道で、狐の妖怪に化かされ坊主頭にされるもののの、なんとか妖怪退治して寺に辿り着きます。 狐の妖怪を退治したことで修行は済ませたと和尚に言われ、家に戻り、薩摩藩兵として初陣に向かう、という話です。 元々は Don Quixote の話に近い風刺物と言われますし、 前半の兵六のダメっぷり、そして、峠での兵六とダメ狐の怪童女とのやり取りや妖怪との闘いのあたりまでは、英雄譚のパロディかと観ていました。 しかし、結局、自信を持ち、親を大切にし、立派な兵士となれという教訓話となってしまうのは、戦時中の映画ならではでしょうか。

といっても、ダメ男 兵六 をコミカルに演じるエノケン、 同じくダメな狐の怪童女として兵六と絡み峠で妖怪と闘う場面をコミカルに盛り上げる 高峰 秀子、 そんな怪童女との絡みや妖怪との戦闘シーンを映像化する 円谷 英二 の特撮、 化かされる中での東宝舞踏隊 (日劇ダンシングチーム) も使ってのミュージカル映画的な場面など、見どころは沢山あり、 物語はさておき映画を楽しむことはできました。 惜しむらくは、元宝塚の 霧立 のぼる 演ずるもう一人のヒロイン、兵六に密かに想いを寄せる師範の娘 お光 に目立つ場面が無かったところでしょうか。

『闘魚』 (前後篇)
1941 / 東宝 / 125 min. / 35 mm / 白黒
監督: 島津 保次郎; 原作: 丹羽 文雄.
高田 稔 (加賀谷 士行), 志村 アヤコ (加賀谷のお孃ちゃん), 里見 藍子 (多卷 笙子), 池部 良 (多卷 清), 灰田 勝彦 (灰田 勝彦), 櫻町 公子 (藝者染葉), 山根 壽子 (門口 とも子), etc

厚生省後援による結核撲滅のための宣伝映画として作られた、丹羽 文雄 の小説を原作とする劇映画です。 継母・義兄弟と郊外 (厚木) で暮らす父とは折り合い悪く、 対外宣伝機関でタイピスト兼記者として稼いで グレ気味の弟 清 と暮らす 笙子 が主人公です。 結婚を約束した 勝彦 の出征を機に、学校時代の友人である藝者染葉が彼と恋仲にあったことを知り、それを伏せるうちに勝彦の両親とも疎遠になります。 そんな中、弟が結核に罹っていると判明し、高額な療養所入院費用を稼ぐため、 結核検査所で偶然知り合った紳士 加賀屋の経営する美術店に転職します。 しかし、加賀屋からの給金と借金が大金であることから、加賀屋との関係を勝彦の両親から疑われます。 勝彦は復員しますが、両親に言われるまま他の女性との結婚を決めます。 しかし、藝者染葉から真実を知り、決めた結婚を破談にし、借金を返すようにと金を 笙子 に渡して新たな仕事のため南洋へ旅立ちます。

さすが、厚生省後援の宣伝映画だけあって、当時の結核の検査や治療の描写が細かく、その様子を垣間見るよう。 また、結核の社会の中での位置や、タイピストや美術店主として活躍する女性など、当時の社会の様子の描かれ方も興味深く見ることができました。 しかし、島津 保次郎 ならではのさりげない日常の会話の機微を捉えるような演出が活きる場面は少なかったでしょうか。 それを期待するものでもないと思いますが、メロドラマとして見ると 藝者染葉 の描写が薄く、その点も物足りなく感じました。