シュールなナラティブ・ダンスを作風とするベルギーのカンパニー Peeping Tom の来日公演です。 ストリーミングで Moeder を観 [鑑賞メモ]、 NDT (Nederlands Dans Theater) に振り付けた La Ruta を観ている [鑑賞メモ] のであまり間が空いた気がしていなかったのですが、 カンパニーの公演として観るのは、 前回2023年2月の Moeder を見逃しているので、 コロナ禍前2017年2月の Vader 以来 [鑑賞メモ]、実に8年半ぶりです。
今回上演した Triptych は、NDTへ振付た The Missing Door (2013), The Lost Room (2015), The Hidden Floor (2027) の三部作を、 独立した3作を上演するトリプルビルではなく、 その間の舞台セットの転換も観客に見せる形で制作順に繋いで、三幕物の1作品として構成した作品です。 三幕とも時折激しく揺れる豪華客船の客室という設定は共通していますが、 最初の The Missing Door は煤けて薄暗い簡素な下等の客室、 続く The Lost Room は対照的に豪華な上等の客室、 最後の The Hidden Floor は水浸しの食堂が舞台で、 同じダンサーが踊るのでキャラクターとしての共通性は感じられるものの、同じ登場人物というほどには繋がりは感じられませんでした。
第一幕の The Hidden Door は、椅子に倒れかかった男性の変死体から始まり、 殺人事件の再現というより、そこで何があったのかその想像というか妄想をダンス化していきます。 男女の痴情のもつれからの殺人のようであり、それをサイコスリラー的なダンスとしていくのですが、 時折、嵐で激しく船が揺れたか風が激しく吹き込んだかを表現するように (舞台を揺らしたり風を送り込んだりはしない)、扉から人が転がり込んできたり、床で人が転がり回ったりで、シリアスな展開が一気にドタバタになります。 明かり明滅と扉の開閉を細かく行うのに合わせて床のダンサーが細かく動きを反復させることで映画フィルムを細かく前後させたものを表現したり、 マジック的な技を使って床を転げ回るオブジェをダンサーに負わせたり。 死後硬直したかのように脱力しているがピンと体がのびた状態の女性ダンサーを背中側から支えて振り回すようなリフトは、 どうやっているのだと思うような身体能力の凄さだけでなく、死体が浮遊しているかのようなホラーなイメージにもなっていました。
第二幕の The Lost Room は、豪華客室に泊まっている夫婦もしくはカップルの、互いの不義 (という想像・妄想) を描いたダンスで、 その目撃者となる部屋付きのメイドの存在もあって、メロドラマのパロディのよう。 疑念や嫉妬を動機とするかのような不穏な展開が繰り広げられるのですが、 The Hidden Door 同様の船が激しく揺れているかのような動きがそれを揺り動かしてあらぬ方向へ展開させます。 奈落抜けの仕組みを仕込んだベッドから姿を消したり、コートを使って生首を抱えているかのような演出をしたり、とマジック的な演出も印象に残りました。
第三幕の The Hidden Floor は、 幾筋か天井から細く水を落とし、フロアに薄く水を張った薄暗い舞台上で中での上演です。 嵐の中、酷く水漏れしている食堂に集まった客船の乗客たちが座り込み、水の溜まった床をほぼ全裸 (男性ダンサーは全裸) で転げ回ります。 第一、二幕で (ダンスとして表現された) 船の揺れは少々メロドラマチックなサイコスリラー的展開をドタバタで異化するかのようでしたが、 第三幕には殺人や不倫のようなわかりやすいフックが無かったこともあり、 むしろ大厄災 (自然災害や戦争) でそれらになす術なく翻弄される人々のメタファーのようで、 静かな終わりは厄災の被害者たち救済を祈るような厳かさでした。
いかにも Peeping Tom らしいシュールレアリスティックでサイコスリラー的な作品でしたが、 今まで彼らの作品を観たときとは違い、David Lunch 的と想起させられることがあまり無く、 むしろ、話の展開とは独立に差し込まれるかのようなドタバタに不条理なユーモアも感じられました。 水飛沫の上げながらのダンスの迫力はもちろんラストは厳粛さすら感じた第三幕も良かったですが、 ユーモラスな場面が多めの第一幕が最も好みでした。 そんなユーモアの塩梅も良く、今まで観た Peeping Tom の作品と比べても最も楽しめた作品でした。