伊東 孝
『日本の近代化遺産 ― 新しい文化財と地域の活性化』
(岩波書店, 岩波新書695, ISBN4-00-430695-7, 2000)
は、日本中にある戦前に作られて今でも残っている
橋梁やダム、港湾施設などの構造物を紹介している本です。
このような構造物を文化財として見る立場には共感するんですが、
地域資産・まちづくり資産として生かすというのには、
いささかの胡散臭さも感じてしまいます。
結果としてまちづくりの核となるのは良いとしても、
それが目的になるとちょっと違うような…。
日本じゅうにちらばってしまっているせいか、取り上げられている構造物が
なかなか身近に感じられないのは否めないのですが。
そんな中では、東京界隈の物件が中心の第二章「地域環境デザインの思想」が、
興味深く読めました。特に2.3節の「帝都のランドマーク・タワー」。
山の手四箇所、駒沢、大谷口、野方、馬込にある給水塔
を取り上げているのです。
小学校時代を江古田で過ごした僕にとって、
中野通りが新青梅街道に突き当たるところにあった
野方の給水塔
は哲学堂公園に連なる公園という感じで、馴染みの深いものでした。
馬込の給水塔
は、中学高校時代を過ごした西馬込の家の玄関から、高台の上に立つ様子が臨めました。
もちろん、大学以降、馬込で独り暮しし始めてからも、
しばしば近くを通りかかったものです。
で、今、弦巻に住んでいるわけですが、やはり、近所に
駒沢の給水塔
があります。と、ずっと給水塔を見ながら暮らしてきたこともあって、
東京山の手 (というか、山手線の外の都区部) には、
こういった給水塔があちこちに点在しているものだ、と、漠然と思っていました。
自転車で都内散策してても、団地とかにもっと新しいタイプの給水塔は
時々は見かけてましたし。古い型のもそれなりにあるのだろう、と思っていました。
が、こういった古い型の給水塔は野方、馬込、駒沢の他には、
大谷口
にしか無かったのですね。そうだったのかー。
さて、この新刊に合わせて、同著者による
『東京再発見 ― 土木遺産は語る』 (岩波書店, 岩波新書284, ISBN4-00-430284-6, 1993)
も、アンコール復刊されています。これを機会に入手して読んでみました。
こちらの方は、ほぼ都区内や横浜界隈の構造物に限られていますが、
結構見知った物件も多くて「そういう物件だったのか〜」と楽しめました。
特に、橋のネタが多かったのが良かったですね。先日、
『シネマの冒険
― 闇と音楽:オランダの無声映画』
@ 東京国立近代美術館フィルムセンター を観たとき、
『コーニングハーフェンの全景』 (Panorama van de Koningshaven, 1925)
という10分程度の記録映画を観たわけですが、この映画でも、
Rotterdam の 可動橋 "Hefbrug" の映像がかなり重要な位置を占めていたわけです。
Avant-Garde 映画 『橋』 (Joris Ivens (dir.),
De Brug, 1928)
も、この可動橋が題材だし。映画に続いてこの本を読んで、
近代的なランドスケーブにおいて橋 (鉄橋や煉瓦、コンクリートの橋) の持つ
社会的な意味合いを実感しました。うむ。
といっても、この本では、こういう構造物のデザインについて、
客観的に淡々に書かくより、筆者の解釈をかなり押し出して書いていて、
読んでいてそれがちょっと引っかかりました。
路上観察ものの本というのは観察者の解釈が面白いところもあるので、
押し出していること自体が悪いとは思わないわけで、
押し出し方がぎこちなく感じられて引っかかるんですけど。
『東京再発見』の最終章「近代土木遺産」は、 土木史が軽視されてきた日本の状況に対する問題意識が書かれているわけで、 地域資産・まちづくり資産として生かす、という考えも、 土木史を仕事とできる社会環境作りの中から出てきているようではあるのですが。 この本から出てから7年、状況は変わっているのでしょうか。 気になって検索したところ、 土木史フォーラム というサイトを発見。土木学会土木史研究委員会のニューズレター 『土木史フォーラム』のサイトですが、 最新号を含め、バックナンバーが全てPDF形式で読むことができます。すげー。 無料でこうして公開してしまうなんて、大胆な。けど、とっても有り難いです。
この手の土木・建築の関係の面白いサイトとして、以前に、 ガスタンク2001 を紹介したわけですが、今回、また別のサイトを紹介。 給水塔の話題のところからリンクしているサイトですが、 Tokyo Landmark。 東京界隈の給水塔、ガスタンク、電波塔、煙突などを網羅していて面白いです。 東京近辺に住んでいる人から、中に見かけたこともある物件もあるのでは。
サイトではないですが、土木系といえば、今年の秋頃、 内山 英明 『JAPAN UNDERGROUND』 (アスペクト, ISBN4-7572-0774-3, 2000) という写真集が出ていますね。出た直後から、ちょっと気になっていたのですが、 先日、書店頭で手に取って見ていたら欲しくなってしまい、衝動買いしてしまいました。うむー。 タイトルからして、畠山 直哉 の渋谷川の暗渠を撮ったシリーズ 『Underground』 (レヴュー) を連想させられますが。 畠山 のように構図とかライティングの仕方に凝ったものではなく、 むしろ、普通に撮った感じ。 こういう大規模な構築物を奥行き感を殺した感じに撮った写真というと、 地上のものですが、やはり 畠山 直哉 の『ライム・ワークス』や 大辻 清司 の 『梓川電源開発』 (レヴュー) を 連想させられるわけです。というわけで、構図的な新鮮さはあまりないです。 ま、こういうタイプの写真は好きなので、いいんですが。 それから、地下ということで設備の人工的な照明が生む色彩感が面白いです。 あと、写真そのもの、というより、普段目にすることがめったにない、 日本じゅうの大規模地下設備を垣間見る、ドキュメンタリー的な面白さもあるでしょうか。 大学教養時代、東大駒場キャンパスに広がる地下通路に潜入したことを思い出したり。 誰か潜入して『Komaba Underground』って感じの写真集を出さないかなぁ。 12号館の地下に広がる空間とか、けっこう面白そうな写真が撮れそうなんだけど。
『JAPAN UNDERGROUND』はさすがに無理ですが、『東京再発見』や Tokyo Landmark は、 日頃の都区内の自転車散策のちょっとしたネタに使えますね。ふむ。