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タイプフェース Futura について

タイプフェース Futura に関する発言の抜粋です。 リンク先のURLの維持更新は行っていませんので、 リンク先が失われている場合もありますが、ご了承ください。 コメントは談話室へお願いします。

- 若林, 東京, Tue Dec 9 23:07:10 2003

偶然なのですが、はてなのキーワードに、書体の Futura が登録されていることに気付きました。 そこに、 「ただ、ナチスドイツが新聞などのプロパガンダでこのフォントを多用したため、ナチスのイメージが付いていることに注意。」 と書かれているのですが、これって本当ですか? (「バウハウスで作った」というのも間違っている。影響し合ったかもしれないけど……。) ちょっと気になったので、ざっと検索をかけてみたのですが、この根拠になりそうなテキストとして、 渡辺 慎太郎 『書体活字のナショナリティ』 という日本語のものが見つかりました。この最初のエピソードは本当なのでしょうか? もし本当なら、英語でも同じようなこと (「futura は Auschwitz で使われたフォントだ」とか) が書かれたテキストがあってもよさそうなものですが、 残念ながら見つけられませんでした。 もし、この話に関してお薦めの本、サイトがあったら教えて下さい。

ちなみに、なぜこの話を僕が疑っているかというと、僕が Futura とそのデザイナー Paul Renner について知っていることからすると、全く逆なのではないか、と思われるからです。 「Futura は左翼的」っていうのから、まだ判りますが。 というか、Futura に限らず、サンセリフの書体は、 1920年代 Avant-Garde の多分に左翼的なイデオロギーを反映した書体として生まれたものだと思っていますし。

Futura フォントについては、 Ellen Lupton and Elaine Lustig Cohen, Letters from the Avant-Garde (Princeton Architectural Press, ISBN 1-56898-052-3, 1996) (レビュー) で、こんなエピソードが紹介されています (引用者訳)。

サンセリフのタイプフェース Futura は1928年に Paul Renner によってデザインされた。 幾何学的要素の集合によって構成された Futura は、Schwitters はもちろん多くのアヴァンギャルドのデザイナーによって 好んで用いられた。 Schwitters は1929年に Hanover 市議会から委託された重要な仕事に Futura を用いた。 Schwitters は Hanover 市政府の書類や様式を一貫したデザインの規格に従ってデザインしなおした。 Futura は市の公式タイプフェースとなった。 保守的な民族主義者たちは、ドイツ文字のタイブ様式である Fraktur を好んでいた。 そして、Fraktur はきわめてゲルマン的なものとみなされていた。 一方、彼らは、サンセリフのローマ文字タイプフェースの国際主義を非難した。 そして、1933年、市長によって、Hanover では Futura は禁止された。

Nazis が政権を取った1933年には Futura を禁止 (ban) する市が出ています。 そもそも、Nazis がプロパガンダに好んで用いたフォントは Fraktur のような古い書体だったように思います。 例えば、展覧会 Typo Berlin 96講演録の、 Hans Peter Willberg, Reading & Typography の箇所にも、こんな記述があります (引用者訳)。

Willburg は、今世紀初頭における実際に使用されたドイツの書体と文章の例を示した。 ナチのイデオロギーが先年の古いブラックレターの太い書体を通していかに表象されていたか説明した。 圧力が変化を促すという考えは、とても興味深いものだった。 Futura (Helvetica と似てなくはない書体) は1930年代には充分に定着していたが、 ナチスはプロパガンダに古いブラックレター書体を使った。

ちなみに、Fruktur 書体は Blackletter 書体の一種です (参照)。 海外のフォントのサイト MyFonts.com では、Futura の書体が持つイメージを、 こうまとめています。

Functional yet friendly, logical yet not overintellectual, German yet anti-Nazi...
((引用者訳) 機能的だが親しみやすく、論理的だが知的過ぎることがなく、ドイツ的だが反ナチ的、……)

書体が持つイメージとして "anti-Nazi" なんていうのが挙がってしまう、っていうのも、それはそれで凄いと思いますが……。 ちなみに、Futura をデザインした Paul Renner 自身も反ナチスな人として知られていますね。 『文化的ボルシェヴィキ主義?』 (Kulturbolschewismus?, 1932) で Nazis の文化政策を批判して、後にナチスによって逮捕され職を追放されています。 このおかげで、戦後、経験者による理性的な声として注目されるようになった、と、 伝記 Christopher Burke, Paul Renner: The Art Of Typography (1999) の書評に書かれています。

そういうわけで、「Futura はナチス的」ということに対して、僕は基本的な線では否定的に捉えています。 その一方で「Futura はナチス的」と捉えられるような文脈があるのだとしたら、 それはそれで面白いかもしれない、とちょっと思っているところもあったりします。 基本的にこういうものは多義的であり、可能性が全く無いわけではないと思っていますし。 左翼的で退廃芸術として Nazis に弾圧されたというイメージが強いキャバレーにしても、 Weiss Ferdl のように Hitler に好まれたキャバレー芸人もいたわけですし (関連発言)。 それに、1920年代アヴァンギャルドは Hitler と Stalin の弾圧で終焉した、と語られるわけですが、 その一方でアヴァンギャルドの中に Nazism や Stalinism に繋がるものがあった、 という批判は、特にポストモダニスト方面からあるわけですし。 もしそういう文脈があるのだとしたら、これらの話に繋がるものだったりするのかなぁ、と思うところもあって。

そういうわけで、Futura (もしくは Fraktur などの書体) と Nazism の関連について、お薦めの本、サイトがあったら、是非教えて下さい。 しかし、書評を読んでいると Paul Renner の伝記 Christopher Burke, Paul Renner: The Art Of Typography (1999) 面白そうだなぁ。1941年には Gothic 書体 (ここでの Gothic は日本語のゴチック書体ではなく、Blackletter の一種。 文脈からして、おそらく Blackletter 書体一般を差していると思われる。 参照) も禁止されたんですね。へー。ちゃんと読んでみようかな……。

[1468] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Thu Nov 24 22:52:23 2005

『闇雲』Futura の話が。 「Futura はナチスを連想させるので嫌われている」という噂は、 2年前にこの談話室で触れたことがあるので、 その発言を発掘してアーカイヴに載せておきました。 そのときも、『「Futura はナチス的」ということに対して、僕は基本的な線では否定的に捉えています』と 書いたわけですが、やはり日本だけの都市伝説でしたか、と。 しかし、そのような評判が本当に欧米にあるのか調べた方がいるんですね。 とても偉いです。 『デザインの現場』 2004年10月号の記事 (pp.100-101) を読んでみたいものです。 小林 章 『欧文書体 ― その背景と使い方』 (美術出版社, 2005) もちょっと気になるけど、これは、プロ向けかしらん。

「Futura はナチスを連想させるので嫌われている」という噂は、 僕は、Futura のはてなキーワードで知ったわけですが、 今はもう訂正されています。 しかし、「Paul Renner がバウハウスで作った」の方は……。 確かに Bauhaus の理念をよく反映した幾何学的なタイプフェースの典型として Futura はよく挙げられるとは思いますが、 Paul Renner はミュンヘン (Munich/Muenchen) を拠点にしていた人ですし、 直接 Bauhaus に関わったことは無かったように思うんですが……。 Nicholas Fabian, "The Bauhaus Designer: Paul Renner, Type Designer" にも "While he was never directly affiliated with the Bauhaus movement, ..." って書かれています。 というか、こういうバイオグラフィーの本文を読まずタイトルだけ見て 「Paul Renner は Bauhaus の人」と勘違いしちゃう人も多いのかしらん。

と、ブログのコメントに書くには長いので、ここで。