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XTC, Mummer について

[2193] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Wed Jun 25 0:05:38 2008

?Bで話題になったのをきっかけに、思わず XTC (だたし1980年代前半まで) を聴き返してしまいましたよ。 というわけで、postpunk 話を徒然と。 説明するまでも無いように思いますが、 XTC というのは1970年代後半に活動を始めた イギリス (UK) の postpunk / New Wave のグループです。

XTC を初めて聴いたのは、中学三年の時、 English Settlement (Virgin, 1982) ででした。 "Ball And Chain" や "Senses Working Overtime" のような歌が気に入り、 すぐに、それ以前の作品も一通り聴いたように思います。(全て図書館で借りて、ですが。) まだ punk 色濃い Barry Andrews 在籍時代の White Music (Virgin, 1978) や Go 2 (Virgin, 1978) も好きですし、 "This Is Pop?" (White Music 所収) は postpunk マニフェストな曲の一つとして重要とも思います。 しかし、Drums And Wires (Virgin, 1979) (特に "Making Plans For Nigel")、 Black Sea (Virgin, 1980) (特に "Generals And Majors")、 そして English Settlement と、この頃の XTC が最も良かったのかな、と 今から振り返って思います。 Go 2 のボーナス dub 盤 Go+ を聴いたのは暫く後になってからだったと思いますが、 Mr. Partridge, Take Away / The Lure of Salvage (Virgin, 1980) のような dub 盤も当時から好んで聴いていました。

続いてリリースされた Mummer (Virgin, 1983) は、 うって変わってぐっとアコースティックなアルバムでした。 最初はとっつき辛く感じたものですが、 結局、高校時代に最も良く聴いたのは Mummer だったかもしれません。 実際、当時は XTC は図書館で借りて済ましていたのですが、 この Mummer だけはLPを買っていますし。 Mummer で最も好きな歌は、シングルカット曲 "Love On A Farmboy's Wages"。 アコースティックなアレンジと感傷的なメロディだけでなくその歌詞も、 当時注目され始めた Aztec Camera や The Smiths と共通するものがあり、よく一緒に聴いていました。

アルバム Mummer やそのシングル "Love On A Farmboy's Wages" が リリースされたイギリスの1983年というのは、 Billy Bragg が「来年は仕事が無いと母がいう / かつて卒業証書は万能だった / 今やただの紙切だ」 ("To Have And To Have Not", Life's A Riot With Spy Vs Spy, Utility, 1983) と歌い、 そんな就職氷河期に直面した若者に対して Aztec Camera が 「君は生活保護を受ける列の中で怒ってる / だから冬に向かって歩きだそう、遅くはないよ、彼女は待ってる / 僕達の世代は、壁に向かって歩いているようなものだろう / けど僕は怒ったりしない、ギアを入れてここから抜け出すんだ」 ("Walk Out To Winter", High Land, Hard Rain, Rough Trade, 1983) と歌いかけた年です (関連発言)。 そして、The Smiths が登場し、 「風呂には氷が張っている / ここが墓場だって解ってるのに / どうしてここが家庭だなんて呼べるんだ」 ("Jeane", This Charming Man, Rough Trade, 1983) と貧困で破綻した同棲生活を歌い (関連発言)、 その翌年のアルバムでも 「鉄橋の下で僕たちはキスをした / それは触れるも痛々しいものになってしまったけれど / もう昔の日々のようなわけにはいかないんだ」 ("Still Ill", The Smiths, Rough Trade, 1984) と失業で関係が狂ってしまった彼女への未練を歌っています (関連発言)。

そして、そんな時に XTC は "Love On A Farmboy's Wages" で 「農場の賃金でどうやって僕等は愛をはくぐめるというんだい?」と歌ったのでした。 "Love On A Farmboy's Wages" で描かれる農業の様子は、 移民季節労働者が主に従事しているような現代的なものではなく、 むしろ伝統的なものを思わせるもので少々牧歌的。 当時のイギリスの状況を直接的に歌ったものではないようにも思います。 しかし、「こんな低所得でどうやって僕等は愛をはぐくめるというんだい?」と訴えるかのような歌詞は、 Aztec Camera, "Walk Out To Winter" や The Smiths, "Still Ill" の歌詞と 十分に共鳴するものだったと思います。 「The Smiths だけでなく当時日本で「ネオアコ」と呼ばれたようなバンドの多くが、英国において《社会的弱者》に転落していく若者の心情を歌っていた」と 以前 (3年前か……) に書いたわけですが、 XTC, "Love On A Farmboy's Wages" もそのときに想定していた曲の1つです。

The Guardian 紙の "Culture Vulture Blog" の 「日々の単調できつい仕事についてのあなたの好きな歌を教えてください (tell us your favourite songs about the daily grind)」という呼びかけ ("Whistle while you work", 2005-12-23;「仕事しながら口笛で吹く歌」) に、 "Love On A Farmboy's Wages" を挙げてる人が2人もいたりして。 他に挙がってる曲を見ても、さすが The Guardian 読者層という感じで面白いです。

"Love On A Farmboy's Wages" の 「なれるもんなら金持ちにと思うけど / 僕がうまくやれるのは農場での仕事だけ / 農場の / それはとても骨が折れるけど」のような諦観は、 Robert Wyatt, "Shipbuilding" (Rough Trade, 1982) で「我々は造船所で働ことにしよう」 と歌われる諦観にも似ているなあ、と思っていましたが。 同じく Mummer 所収の "In Loving Memory Of A Name" には 「イングランドはけっして君に報いることはないだろう / 好きだった場所の近くに埋められるために君は命を捧げたんだ」 という下りがあります。 フォークランド紛争 (1982年) への直接的なコメンタリではないものの、 直後にそういう歌詞をよく歌うなと思ったものでした。

Mummer はポップさが控えめの少々沈鬱なアルバムで、 あまり XTC らしくない作品とも思います。 しかし、そんな沈鬱さも、 Aztec Camera や The Smiths が《社会的弱者》へ転落した若者の心情を歌い、 転落した若者たちが軍隊に取り込まれフォークランド紛争に送り込まれてく様子が Robert Wyatt, "Shipbuilding" のような歌として歌われた (関連発言)、 そんな時代の雰囲気を思い出させる —— そして現在の日本の世相すら思い出させる —— 良い作品です。

続くアルバム The Big Express (Virgin, 1984) は、 地味な Mummer とうって変わり、 当時流行だった (old school というか electro な) hip hop 風のリズムを大胆に使ったものでした。 ZTT レーベル最初期や Scritti Politti, Cupid & Psyche 85 (Virgin, 1985) などと同時代を感じさせるサウンドです。 確かに "Wake Up" や "This World Over" のような曲は好きです。 が、XTC への興味を失い始めるきっかけにもなったようにも思います。 メジャー臭くなってしまったな、と。 それ以降は、US indies 開拓や NME C86 以降の indie pop を追いかけるのに手一杯に なってしまったこともあり、すっかり XTC から遠ざかってしまったのでした。

余談ですが、秋葉原通り魔事件 (⇒Yahoo!ニュース) の犯人のバックグラウンドをニュース等で見聞していて、 「(The Smiths の) Morrissey が好んで歌詞の題材にしそうな」とか思ってしまいました。 (と、思った人が他にもけっこういそうに思っていたんですが、ちょっと検索してみた限り、見当たらないですね……。) それにしても、こういう犯人へのシンパシーが語られる程なのに (それはそれでいかがなものかと思う)、 Aztec Camera, "Walk To The Winter" や The Smiths, "Still Ill" (XTC, "Love On A Farmboy's Wages" も含めてもいい) のような歌が 日本からはほとんど出てこなかったのはどうしてなのだろう、と、つくづく思うこの頃だったり。