資本主義拡大期の自由主義論


河合栄治郎 自由主義の擁護 白日書院、1946年

藤原保信(やすのぶ) 自由主義の再検討 岩波新書、1993年


 ※ この文章は「60年の年月を超えて」と題して発表した評のつづきです。


2.

 私はこの二人の知識人がそれぞれの時代のなかで誠実に考え抜いて導き出した結論がこの二つの自由主義論だと思う。そのことに私はまず敬意を表したい。

 河合は、「軍国主義の抬頭下の暗い社会」というのが虚構であるにしても、やはり軍部の勢力拡大、既成政党(政友会と民政党)の混迷、国際社会での「ファシズム」的勢力の拡大(つけ加えるならソ連の経済の好調と国力の充実)という危機の時代に生きていた。とくに、河合の身近なところでは、東大教授の美濃部達吉の「天皇機関説」が、突如、軍部・政界・民間の一部から激しい攻撃にさらされるという事件が起こっていた。それまで、天皇機関説こそが国家体制を支える普通の原理とされていたのにである。

 藤原氏は、冷戦終結後の、「肩の荷が下りた」ような明るい雰囲気の時代に『自由主義の再検討』を書いた。たしかに、おそらく藤原氏がこの本を書いている途中に湾岸危機と湾岸戦争が起こり、現在の「テロとの戦い」につながる長期的な危機が始まっている。しかし、当時は、サッダーム・フセイン政権のような非民主的な体制は、いずれは世界民主化の波に呑みこまれるという楽観のほうが支配的だった。藤原氏は、中国の経済発展が中国の議会制民主主義への道を切り開くのも時間の問題だと考えていたようだ。河合にあったような「危機が迫っている」という切迫感はあるいはなかったかも知れず、また、そういう時代であればこそ、人間の理想主義の可能性を信じられたのかも知れない。だが、藤原氏も人類による地球環境の破壊に危機意識を抱いていた。河合が感じていた危機感ほど切迫してはいなかったかも知れないが、地球環境が破壊されると人間は住む場所がなくなるわけで、藤原氏はそれだけ遠大な危機意識を持っていたわけである。


 そのことを踏まえた上で、まずごくつまらない批判をしておきたい。

 それは、まず、この二人の知識人が考えている対象が基本的に産業先進国とその社会にすぎないということである。

 河合が考えているのは、先進国としてのイギリス(あまり出てこないがアメリカ合衆国もここに属するだろう)、後進国としてのロシア、その中間地帯としてのドイツ・日本である。ただし、これは「社会主義」というテーマに沿った議論であることは意識して議論する必要がある。要するに「封建」制度が崩壊していないロシアだからこそマルクス‐レーニン主義革命が成功したのであって、日本やドイツではマルクス‐レーニン主義はあてはまらないということである。イギリスを基準にして見たばあいの後進社会でこそマルクス‐レーニン主義革命は成功するというのは卓見ではあって、中国革命(1949年の共産党革命)やベトナムの社会主義化、キューバ革命などが起こるずっと以前に戦後の事態を見通していたと言える。また、この本は日本の議会制を軸にして議論を展開した論文を集めた本だから、外国についての話は主として理論面でしか出てこない。けれども、東ヨーロッパ諸国のトルコ(オスマン帝国)からの独立という話は出てきても、アジア諸国の独立についてはほとんど言及されていないのは確かだ。

 藤原氏はたしかに人類全体の共同体を意識し、さらにそれを超えて地球の生態系全体の共同体にまで触れている。産業後進国については、その独裁や抑圧には先進諸国がリードする自由主義経済が深く関わっていることも指摘している。だから産業後進国を無視しているわけではない。

 けれども、あくまで今日の関心から考えたばあい、それで十分なんだろうかという気もする。

 「今日の関心」というのは、アメリカ合衆国を中心とする(日本も協力している)世界の自由化・民主化が推進されつつある時代の下での関心ということだ。藤原氏はこの本で世界が自由化・民主化していくことは予想しているが、それは1990年前後のソ連と東ヨーロッパを念頭に置いた考えだったはずで、あくまで自国民による自由化・民主化を考えていたのではないか。自由と民主主義を押しつける世界一の軍事大国と、それに対する現地社会の抵抗という図式は、少なくとも例外的なものという程度にしか考えていなかったはずだ。だから、この批判が「後知恵」的なアンフェアさを含んでいることはあらかじめお断りしておく。

 で、そのことをお断りしたうえで話を進めると、自由を看板に掲げた先進諸国の収奪がなくなれば、(産業・経済面での)後進諸国の社会には自由が実現するのだろうか? 後進諸国の社会はさまざまな文化を持っており、「自由」に対する考えかたもさまざまである。藤原氏は、西ヨーロッパ・北アメリカの社会では「善」の概念が消滅し、もはや「正しいか正しくないか」や「公平か不公平か」という枠組でしか社会の倫理が語られていない状況を嘆いている。しかし、後進諸国の社会には「善」をめぐる強い倫理が残っているかも知れない。後進諸国だけではない。アメリカ合衆国の社会だってキリスト教的な強い「善‐悪」の倫理観によって支えられていることがブッシュ政権のおかげで世界に明らかにされた。社会の近代化と資本主義化に合わせて、そういう「善」の概念がしだいに資本主義の倫理観に従属していくかたちで組み替えられていくだろうということは予想できる。しかしだからといってそれは「善‐悪」の価値観が社会のなかで無意味になっていくことを意味しはしない。

 藤原氏は、おそらく、先進諸国の社会で「共通善」についての倫理を確立し、それをもとに後進諸国の社会の「善」についての倫理と会話を通じてすり合わせをしていけばよいというふうに考えているのではないかと思う。考えかたとしては美しい考えだ。それに「まちがい」でもない。じっさい、後進諸国と協調していくためにはそういう倫理観のすり合わせはどこかで必要になってくるだろう。

 けれども、かりに後進諸国のほうに視点を置いたとして、このような考えかたが正当化できるだろうか? 「先進国(=自分の国)では自由市場と議会制民主主義がうまく行っている」という認識の下で自由と民主主義を世界じゅうに押しつけようとするアメリカ合衆国のブッシュ政権のやり方とはそれはたしかに正反対である。しかし、「先進国では自由主義が行き詰まっているから」といって後進国にも「先進国とは違う自由主義へ進みなさい」と語りかけるのも、じつは同じ先進国本位の考えかたではないのか?

 自分本位の考えかたの押しつけが全面的に悪いとは私は言わない。もしかすると全面的に悪いのかも知れないが、そうしなければならないばあいがあるのは認める。しかし、自分の立場を最初から前提とするのだったら「会話を通じて」などと言うべきではないし、だいいち、それ以前に、欧米と日本以外の地域の人々から「自由」についてどういう提案があり得るかを考えるべきだろう。


 二つめの批判点として、やはりこの二人の知識人の両方とも、理念的にのみ自由を考え、しかも自由を単一のものと捉えているのではないかという点がある。

 自由を単一のものと捉えるというのは、自分の自由も他人の自由も同じ自由であり、また身体の自由も思想の自由も表現の自由も同じような自由だと考えているということだ。

 私は、「自由を論じるための準備作業」を書く際に、人間はどうして自由を求めるかということから考えなければならないということを感じた。人間の自由への欲求の原点は、自分の身体を自分の思いどおりに動かしたいというところにあり、その動機は、自分の身の安全を守ることと、思いどおりに動かせたときに感じる達成感などであるというのが、ここでの私の仮説だった。そして、人間は、自分の自由や身近な人間の自由には強い関心を示し、それを守り、できるだけ拡張しようとするが、そうでない人間の自由にはあまり関心を示さず、ばあいによっては身近でない人間の自由は抑制しようとするという傾向を指摘した。UNIXではユーザーを「自分/自分のグループ/その他」に分けて、それぞれに対して閲覧・書きこみ・実行の許可(パーミッション)を個別に与えるらしい。私は、「自由」に対しても、同じようなグループ別の「許可」をそれぞれの人間が与えるというプロセスがあると考えている(このことは「自由の現在」に書いた)。また、自分の自由であっても、いまの自分には縁遠そうな自由にはやはり冷淡で、負担にすら感じるのではないかとも指摘した。この考察はたぶん不十分なものであろうし、欠点も多いだろう。だが、この考察をやってみて、いきなり全人類に共通の「自由」というものを構想して議論を立てても、その議論にはやはり限界があるのではないかと私はいま感じている。

 たしかに、河合は、思想・言論の自由と政治的自由と、身体の自由その他の「実質的自由」を区別した。思想・言論の自由と政治的自由とは、「実質的自由」の実現を保障するための自由である。いわば「メタ」レベルの自由というわけだ。また、そのメタレベルの自由の下にある「実質的自由」についても、身体の自由をはじめとしていくつかの自由を区別している。

 だが、この「実質的自由」の分類は、「自由は人間生活のこういう面にあります、また別のこういう面にもあります」という列挙であり、自由に性質の違いがあるわけではない。思想・言論の自由と政治的自由――メタレベルの自由――も「実質的自由」も、思想・言論の自由と政治的自由が他の「実質的自由」を保障するという関連があるだけで、やはり自由の性質に違いはない。そのような自由が「人格の完成」を目的としてコントロールされる。それが河合の「自由」観である。

 藤原氏は河合のような「自由」の分類をしていない。その自由が、会話を通じて「共通善」とは何かという合意を生み出し、それをもとに「責任ある自由」が成立する。この点でも藤原氏の「自由」観は河合のものと共通する。自由の内部に質的な違いを考えない一方で、「共通善」というものを自由をコントロールする原理として導入する。

 河合や藤原氏の構想は、自由にはさまざまな性格があるという考えかたをとらず、基本的には単一の自由を「人格」や「共通善」という上位の規範でコントロールするというものである。言い換えれば、自由は、自由より上に立つ「人格」や「共通善」によってコントロールされていなければならず、自由を野放しにしてはよくないのだ。それがこの二人の知識人の「理想主義」的自由論だ。


 だが、まず、身体の自由から思想の自由、政治的自由、経済的自由など、さまざまな自由が同じ性格の自由だということは、必ずしも明らかではない。支配者の気まぐれでいつでも逮捕されたり殺されたりすることからの自由と、好き勝手にものを売って大もうけする自由とは、ほんとうに同じ「自由」なのだろうか? それを同じ自由と見なすとすれば、そのことによってどういう議論が可能になるのか? それを同じ自由と見なすことで、そう見なさないときの議論のどういう不都合が回避されるのか? たとえばそういうことの検証が必要ではないか。

 重力で引っぱられる力と手でボールを投げたときにボールが受ける力(慣性力)とは同じだという仮定の下でアインシュタインは一般相対性理論を構成した。その理論によって光が曲がることとか水星の軌道が長い年月のあいだに変化する(近日点が移動する)こととかがうまく説明されるようになった。しかし、ほんとうに重力と慣性力が同じ力なのかどうかははっきりしない。ただ、そう仮定して作り上げた一般相対性理論で宇宙のできごとが説明できるということから、逆に、重力と慣性力は同じ力と考えて矛盾しないといまのところ推定されているだけだ。

 それと同じように、身体の自由と経済的自由は同じ性格の自由であるとすれば、どういうことが説明できるのだろうか? 逆に、それは、「自由」としては似ているけれども、じつはぜんぜん違うものだという仮説に基づけばどんなことが説明できるのだろうか? 「人格の完成」とか「共通善」とかいう、自由とは明らかに違うものを導入して自由を論じる前に、そういう試みがもっとあっていいように思うのだ。

 それは今日の世界で考えなければ課題でもある。「サッダーム・フセインの厳しい抑圧体制から解放される自由」と「だれでも好きなように大金持ちになれるアメリカ流の経済的自由」とを区別しなかったことが、イラク戦争終結以来、2年間の混乱の一つの原因だった。あまり報道されなくなってしまったが、アフガニスタンの自由化・民主化にも同じような問題があると考えるべきだろう。

 私はイラク情勢に詳しくはないが、サッダーム・フセイン体制の下で抑圧されてきたシーア派アラブ人やクルド人が全体としてサッダーム・フセイン体制から自由になることを求めていたのは確かだと思う。いや、いまでは旧体制支持派のように思われているスンニー派アラブ人にしたって、けっしてサッダーム・フセイン体制からの自由を求めなかったわけではないだろう。だが、その自由は「アメリカ的自由」にそのままつながるものではなかったようだ。では、イラクの人びとにとって、「サッダーム・フセイン体制から解放される自由」につながる「その先の自由」とはいったい何だったのか? そのことを考えることが必要だった。いまも必要かも知れない。しかも、日本がイラク復興支援にかかわっている以上、それを考えるのはもしかすると日本国民としてやらなければならないことかも知れない。

 アラブ人・クルド人などから構成されるイラク国民全体の自由で、サッダーム・フセイン体制からの解放から地続きにつながるすぐ次の自由とはいったい何だろう? 迂闊(うかつ)にも私はそのことを十分に考えてこなかった。アメリカ的な自由の押しつけはダメだということは前から考えていたけれども、その代案を十分には考えてこなかったのだ。ダメじゃんそれじゃあさぁ……。まあ、前に考えたことを一つ挙げると、まずみんながわりと平等に小金持ちになる自由ということだろう(これについては「民主主義は有産者のものである」を参照してください)。でも、そのはるか前に、現在のイラクでは国民の身体の自由が保障されていない。しかも、その身体の自由を保障するために警察力を強化しようとかすると、こんどはシーア派アラブ人・スンニー派アラブ人・クルド人のあいだの相互不信が表面化するという構造ができたりしている(もちろんこのような対立を克服する努力をイラク人自身が続けていることも承知しているけれど)。もしかすると、ここでこそ、自然状態、自然権、自然法、いちばん最初の社会契約……というような考えの枠組の有効性が試されているのかも知れないと思ったりもする。でもいま思ったりしてるんじゃ遅いんだよね、ほんとは……。

 「自由」の性格分け、そして、「自由」とまとめて呼ばれるもののなかにさまざまな性格の「自由」が混じり合っていると考えるばあいには、その「自由」相互の関連――そういったことを考えてから、「自由」をコントロールする上位の規範のようなものを考えても遅くないのではないか? だから、最初から理念的に自由を考えるのではなく、一つひとつの自由をもういちど洗い直してみる必要があるかも知れない。

 もしかすると、こういう面では、法学との対話が有効かも知れない――と、いま思いついた。

 憲法ではさまざまな自由が条文別に規定されており、それぞれについて膨大な裁判例の蓄積がある。民法では、憲法の基本的人権とは異なる私権上の自由にどういうものがあり、それがどこまで認められるかということについて、これまた膨大な裁判例の蓄積がある。日本だけでも膨大だし、諸外国の裁判例もある。そういう「自由」の具体的な局面を洗い直すことが、自由論を理念的に考えられただけの「空中楼閣」的なものになることから救うための一つの方法になるのかも知れないと思う。


 河合や藤原氏の自由論への三つめの批判は、いまも少し触れた「理想主義」をめぐる論点である。これは、たぶん、藤原氏が触れているリバタリアン‐コミュニタリアン論争にもかかわってくる論点だろう。

 河合の議論も藤原氏の議論も乱暴にまとめてしまえばどちらも「話し合い自由主義」である。河合はがんこな議会主義者であるし、藤原氏は形式的な議会制よりもコミュニタリアン的な「会話」を重視する。どちらも「じっくり話し合って、社会をどうするか決めよう。それに基づいて自由をコントロールしよう」という考えだという点では一致している。

 河合も藤原氏も、「カネ儲け自由主義」に反対して、その「話し合い自由主義」を提案している。「カネ儲け自由主義」は、カネとモノとを交換するだけで、「話し合い」がない。しかも、「カネ儲け自由主義」に基礎を置く自由主義は、社会のなかの善意とか公正さとかいうことも、そのカネとモノの交換をモデルにして考える。だから、「カネ儲け自由主義」を基礎にしている社会には、カネとモノの交換の局面以外でもおよそ「話し合い」というものが成立しない(この言いかたは藤原氏の本にもとづく。河合はここまで言っていないが、おそらくこういう言いかたに反対はしないだろう)。さらに、「カネ儲け自由主義」は、仲間うちではカネとモノの交換を鉄則とするけれど、仲間以外からはただ暴力的に取り上げることだけを考える。河合の自由主義的帝国主義批判や藤原氏の環境破壊批判はこの点をついたものだ。しかしそれではいけない。だから話し合おう。これからは「話し合い自由主義」で行こう。そういう考えである。


 このような考えかたの問題点は、まず「では話し合えば人間は前より賢くなるのか?」ということだと思う。まあだれでも考えつくような批判点である。

 河合は、イギリスの経験から、議会で討論を重ねていくと、徐々に社会主義的な理想が共有されるようになり、その結果、社会は経済的自由主義から社会主義へと進化するものだという確信を持っていたようである。この時代は「統一的な社会法則」というのが信じられた時代だった。その代表がマルクス主義だけれど、それには限らない。世界じゅうのどこの社会でも、社会が進化すれば進化するほど一定の理想状態に近づく。そういう考えかたが、日本に限らず、当時の「文明」の領域では共有されていた時代だ。だから、この点について河合だけを責めるのは、あまりよい批判のしかたとは思えない。

 藤原氏は、コミュニタリアン的な「会話」に期待しているが、そこから一定の結論が出てくることはべつに期待していない。たとえば「社会が進化すれば社会主義になるものだ」というような固定した将来像を描いてはいない。むしろ、自由市場と議会制民主主義という自由民主主義体制の大枠は動かないと考えている。その枠内での「共通善」の発見と、その「共通善」による社会のコントロールを構想しているようだ。

 だが、その「共通善」自体を発見し、確定することが私たちにできるのだろうか? それも、藤原氏は、地球規模での――つまり地球環境を含めての「共通善」の発見を主張している。それができるのだろうか?

 それに近いプロセスで制定され、実行に移されつつあるものとして、たとえば京都議定書のようなものを考えることができるだろう。二酸化炭素排出量の削減をともかくも「共通善」とし、アメリカ合衆国を除く産業先進諸国が手を携えてその排出量削減のために努力するという枠組がそこで作られたからである。

 そういう点を考えると、「共通善」の形成という方向性が人間の社会にまったく存在しないということは、まずないだろうと思う。


 問題なのはその「共通善」を一つにまとめることができるかということだ。

 藤原氏は、『自由主義の再検討』の最後で、最近の(1990年代の)日本の学生のわがままさを強く非難している。たとえば、ゼミ(少人数クラス)の休憩時間にゼミ生たちが勝手にコーヒーを買ってきて勝手に飲んでいる。先生や他のゼミ生に「コーヒーでも買ってきましょうか?」とたずねもしない。それを「自己中心的」だと非難しているのだ。

 しかし、そうだろうか? コーヒーが欲しいとも思ってもいないのに、それよりは休憩時間にもっとほかのことに集中したいのに、「コーヒーいりませんか?」と言われたらうるさいと感じるだろう。コーヒーを買いに行くぐらいたいした手間ではないのだから、買いたい人が自分で行けばよく、そんなことに対していちいち「買ってきましょうか」などと言うと、相手はかえってうるさいと思うだろうし、恐縮もするかも知れないし、逆に相手に気をつかわせてしまうかも知れない。そういう考えで「コーヒーでも買ってきましょうか?」とあえてきかないかも知れないのだ。

 学生がたんに自己中心的で人に配慮するということを知らなかったばあいはともかく、そういう配慮の上であえて「コーヒーでも買ってきましょうか?」と聞かなかったとすれば、どうだろう? 藤原氏は、ここで「コーヒーでも買ってきましょうか?」ときくのが「共通善」だと思っている。しかし学生はそんなことをきかないで互いの休憩時間の過ごしかたを尊重するのが「共通善」だと思っている。そういうことがとうぜんあり得るわけである。

 だったら「会話」して調整すればいいではないかというのが藤原氏の回答だろう。だが、ゼミの休憩時間のコーヒーというような問題でも、それぞれの人が持っている「これが共通善だ」という意見に違いがあるというのに、いったいどれだけ「会話」を交わせば、地球規模の「共通善」について合意ができるのだろうか? しかも、その「会話」の片方が、相手のやっていることについて「自己中心的だ」という予断を持っているばあいに、である。

 そういう状況の下で、たとえば、「休憩時間にはコーヒーを買ってきましょうかときくのが共通善である」と先生が学生に説教したらどうだろう? 先生としては「会話」しているつもりかも知れない。だが、学生は「ここで先生の言うことを守らないと悪い成績をつけられてしまうかも知れない」と考えて、いやいやながら従うかも知れない。それは、学生にとっては、会話ではなく強制になってしまう。まあゼミの休憩時間のコーヒーぐらいどうってことはないけれど(いやならほかの先生のゼミに行けばいいのだし)、「共通善」について合意がないところで、その一方が「これが共通善だ」と考えていることを相手方にも適用しようとすれば、それは一方にとっては「会話」であっても他方にとっては「強制」や「強権」であることも起こりうる。どちらの立場に立つかによって見えかたの異なる、こういう非対称な関係は、世界のいたるところに存在する。そういう問題をコミュニタリアニズムはどう調整しようというのだろうか?

 それに、「会話」が「共通善」の発見に貢献するとは限らない。逆に、「会話」が存在しないほうが、相手に対して適当な幻想を持てるので「共通善」らしきものを構想するのに都合がよいかも知れない。「会話」によって互いの利害の衝突に気がつくことはないという、現実にはまずあり得ない設定を採用するにしても、「会話」によって互いの考えかたの違いが明確になり、そのような相手との「共通善」の設定を断念してしまう可能性は十分にあるのだ。そのことは、『自由主義の再検討』が書かれた1993年には考えられなかったようなインターネットの発達で「会話」がはるかに頻繁に交わされるようになった現在の社会の現実を見ればわかるはずだ。


 それに、コミュニタリアン的な「会話」が問題解決に結びつくためには、その「会話」への参加者が倫理的に完成されている必要がある。河合の言う「人格」を相当程度まで完成させている人間どうしでないと、コミュニタリアンが意図するような「会話」は成立しない。

 藤原氏は書いている。

 コミュニケーションが、たんなる意見の衝突や利害調整に終わらないためには、それは参加する個人がすでに一定の倫理性を身につけていなければならないのである。つまり過去及び現在を通じて、つねに対話的であることを自覚し、そのなかで善悪、正邪についての判断を獲得してきた人間、あるいは獲得しようと努力する人間がコミュニケーションに参加したとき、初めてそこに善の共通性の自覚に基づく相互了解も成立し、行為調整も可能になるといえる。(『自由主義の再検討』180ページ)

るにしても、それを「会話」のなかで発揮するとは限らない。むしろ、そんなものは、ぜんぜんとは言わないまでも、中途半端にしか身につけていないし、しかも会話のなかではその中途半端な倫理観を発揮しないことも多いと考えておいたほうが、制度を設計するときには安全だと思う。

 藤原氏はマルクス‐レーニン主義が「ユートピアは実現可能なものだ」と考えたことがその失敗の原因だと書いている(133〜134ページ)。ユートピアは理想社会であって、努力目標ではあっても、けっして実現させるべきものではない。それを実現させようとして無理をしたのがマルクス‐レーニン主義の失敗の原因だというのである。

 だが、藤原氏自身のコミュニタリアニズム構想にも同じ問題があるのではないか?

 あるいは、藤原氏は、コミュニタリアニズムは理想であり努力目標であって、理想状態を無理に実現させようとはしないから、マルクス‐レーニン主義とは違うのだと主張するかも知れない。だが、コミュニタリアンにとっての「倫理性」を獲得した人間がコミュニケーションに参加したとき「初めて」そこに「共通善」が成立しうるというのであれば、それはやはりコミュニタリアンにとっての理想状態が実現するという前提でその先の社会を語っていると読まざるを得ない。これがたんなる努力目標なのだったら、いつまで経っても「共通善」に基づく相互了解も行為調整も行えないわけで、それは絵に描いた餅にすぎないのだから。

 もちろんその思想にしたがって実践を行おうとしている人が絵に描いた餅で満足するわけがないから、そこではマルクス‐レーニン主義で起こったのと同じ問題が生じうる。それは、コミュニタリアン的「倫理性」を身につけたと自ら信じる人たちの集団が、自分たちだけで「共通善」を発見したと信じこみ、その「共通善」を「倫理性」のない人たちに押しつけまくるという事態である。

 コミュニタリアン的な制度は大きな欠点をもっていると言わなければいけないだろう。もちろん、欠点のある制度だから採用できないというのではない。どんな制度にも欠点はあるわけだから、他のいろんな制度と対照してやっぱりコミュニタリアン的な制度がいちばんいいという結論になれば、コミュニタリアン的な制度を構想するのがいちばんいい。

 藤原氏は自由主義や議会制民主主義が「最善」の制度ではなく、多くの欠点を抱えた「次善」の制度だということに強く注意を促している(『自由主義の再検討』155ページ)。「次善」というと「じゃあ最善は何だ?」という疑問が出てくるけれど、そういうことではなく、要するに、完全無欠の完璧な制度か、欠点はあるけれどもいちばんマシな制度かという選択の問題である。自由主義は「欠点はあるけれどもいちばんマシな制度だ」と藤原氏は強調しているのだ。

 だが、このことはコミュニタリアン的な制度についてもいえるのではないか。コミュニタリアニズムだって「最善」の完璧な考えかたではなく、「欠点はあるけれどもわりとマシ」な考えかたにすぎないのではないか。

 だから、コミュニタリアン的な構想を立てるときには、その「倫理性」が独善に陥っていないかをチェックする機構を立てることが必要となるだろう。議会や国際機関は、あるいは(非常に漠然とした表現ということは承知のうえで)インターネットは、そのチェック機構としての役割を十分に果たすことができるのだろうか?


 藤原氏のリバタリアニズム批判についても、疑問に感じたところを書いておきたい。藤原氏は書いている。

 功利主義が欲望を肯定し、その最大化を是とするかぎり、それは資本の限りなき自己拡大欲にも符合するものであったし、そのような価値観を前提とするかぎり、議会主義は欲望と利益集約の場としてしか機能しなかったのである。(『自由主義の再検討』196ページ)

 これも何かおかしいのではないだろうか?

 思想としての功利主義が欲望の最大化という仮説を持っていたのは確かである。しかし、現実に私たちはそういう功利主義の理論に忠実に生きてきたかというと、私はかなり疑問だ。

 たぶん「苦痛を最小限にする」というのは人間を動かす最も基本的な動力の一つだろうと思う。だが、欲望を最大限に実現することがそれほど人間を動かすだろうか? たしかに欲望を充足したいとは思う。けれども、欲望を充足するのはそれなりに疲れることである。欲望を充足するためには体を動かさなければいけないし、いろいろ考えないといけないし、失敗したときに取り返しがつかなくなるような危険は増すし、周りの人間からは妬まれるし、その他いろいろと疲れることがある。だから、欲望を充足しようとすると、いいかげんでその疲れのほうが欲望を上回ってしまう。現実には、欲望を充足する前に、べつの苦痛を回避する必要のほうがさし迫ってきて、なかなか欲望の充足に進めないのが現実ではないだろうか。

 「資本の限りなき自己拡大欲」というのも、全体を見ればそれはそのとおりなのだけれど、これが「欲望肯定」から直接につながっていると見るのは私はまちがいだと思う。個々の「資本」の立場から言えば、拡大なんかしなくても儲かればそれに越したことはない。しかし、そうやって気を抜いているとほかの資本に負けてしまう。株主は損をし、役員は役員を辞めさせられ、社員にはリストラを強要せざるを得なくなり、マスコミからは叩かれる。だから拡大せざるを得ない。そういう「苦痛の回避」のほうが、資本が全体として拡大していく動機なのであって、それは必ずしも「欲望肯定」の結果ではないのではないだろうか?

 全体として、藤原氏は、自分たちの論敵であるリバタリアンの主張の根拠には、実際以上に悲観的な根拠を提示し、自分たちコミュニタリアンの主張の根拠には楽観的すぎる人間観を提示しすぎているように私には思えるのだ。


 じゃあどうすればいいのかというと、とりあえずは、「自由は」とか「功利主義とは」とかいうあまりに概括的な言いかたをいちど棚上げにして、人間はどういうときにどういう自由をどういうふうに求めるのか、人間は、どういう条件の下で、どういう欲望を必死になって充足させようとするか、逆にどういう条件の下でどういう欲望については意外と鈍感なのかを検討して、自由をめぐる制度を設計していくしかないのではないかと思う。そして、また、そういう各論を積み上げて検討していくことこそ、議会制的な制度の得意とする面なのではないだろうか?

 「議会制的な制度」というのは必ずしも議会や国会や地方議会のみを指すわけではない。藤原氏はロックが司法権を立法権のなかに含めていることをカッコ書きで紹介している(『自由主義の再検討』44ページ)。しかし、イギリスの制度では、形式上、議会上院(貴族院)が最高裁判所であるから、イギリスでは議会と裁判所は厳密に区別されていない(下級審は専門の裁判所があったりするから、あくまで形式上の話だが)。私がここで「議会制的」と書いたのはそれを念頭に置いている。厳密に議会だけで制度設計をしていくことを主張しているわけではなく、司法機関や、公正取引委員会のような公的な紛争解決機関、公的・私的な仲裁機関や業界の調整機関のようなものも含めて「議会制的な制度」と言っているのだ。2009年までに導入される裁判員制度もそういう制度の一つと考えていいだろう。もちろんそれぞれの機関は性格が異なるわけで、しかも、議会のように選挙で民意を問うという手続きのない機関は、「議会制的」どころか「官僚の作文の追認機関」みたいなのになってしまう可能性もある。でも、私は、基本的には、そういう「議会制的な制度」の積み重ねによって「自由」をめぐる状況をコントロールしていくのが、現実的な範囲でいちばん望ましいやり方ではないかという案を持っている。

 これに関連して些末なことをひとつ指摘しておきたい。河合の自由論にしても、藤原氏の自由論にしても、議会には大きな関心を払っている。しかし官僚機構についてはほとんど関心が払われていない。だが、私たちの生活のなかで具体的に自由という課題にかかわってくるのは、議会よりもむしろ官僚機構のほうではないか? 官僚機構と自由とは水と油のような関係だから、そんなものは最初から考えないんだというのは一つの立場だけれど、そういう立場を採るのであっても、少なくともそのことは断っておかなければいけないだろう。


 私のとりあえずの結論は、自由一般よりもまず具体的な個々の自由について考えてみようということになるわけだが、じつは私自身がこの結論に非常に危ないものを感じている。具体的な自由について考えるのには手間がかかる。それを考えてから自由全体についてもういちど考えようというのは、けっきょくは自由全体について考えることを無期限に延期するというのと同じことではないか?

 だから、自由一般について一般的に語ることも必要なのではないかと、私はやっぱり思い直したりもするのである。ただ、そのとき、具体性のないのっぺりした「自由」を考えると、考えられることに限界が出てくる。たとえば、けっきょくいちばん「力」のある「自由」――アメリカ合衆国の軍事力と経済力を背景にしたアメリカ的自由主義を世界に押しつけていいのか悪いのかという二者択一に陥ってしまうのではないだろうか? もちろんそれは重要な論点だけど、「認めるか認めないか」だけでは自由について深く考えたことにはならない。そういう思考の道筋に陥るのを回避するためには、やはり「どんな自由も同じ自由である」という発想を抜け出してみることが必要で、自由一般について考えるときにもそのことを常に頭に置いていなければならないのではないだろうか。

 それが現在の私の妥協的な結論である。


 最後に、最初に出した疑問を投げ出しておくのもよろしくないので、それに対する私の答えを書いておこう。「最初に出した疑問」とは、60年の時間と、第二次大戦・冷戦という世界的事件をあいだにはさんで、どうして河合栄治郎と藤原保信氏の議論がこうも似ているのかということだ。

 どちらの時代も、資本主義の拡大期に当たっていたからだ――というのが、一つの答えになるのではないかと思う。

 河合の時代には、先に書いたように、日本の資本主義は拡大の時期にあたっていた。アメリカ合衆国やイギリス(連合王国)が世界不況に直撃され、自国の資本主義の防衛に回っている時代に、日本は比較的早くその不況を克服し、工業を発展させていた。それが世界各地で摩擦を引き起こしたりしたのだが、国内ではそれが「資本家と労働者に階級が分かれた社会」の到来を告げた。それを10年前のイギリスと同様の社会状態だと考えた河合は、その問題を解決するために、経済的自由主義の清算と社会主義への道を模索した。そこでは、まだ、資本主義が発展するといずれ社会主義の時代が来るというマルクス主義的な枠組が信じられていたのである。

 藤原氏の時代には、逆に日本の資本主義に「バブル崩壊」のツケが表面化し、日本経済の疲弊が明らかになりつつあった。しかし、世界的には、資本主義はマルクス‐レーニン主義の挑戦を退け、その領域をロシアや東欧に広げつつあった。中国の市場化が実現するのはもう少し後だが、中国でも「社会主義市場経済」というスローガンはすでに出ていた。そのような資本主義と市場経済の爆発的拡大は地球環境問題を引き起こす危惧があった。そこで、藤原氏は、その資本主義の拡大を抑制するためにコミュニタリアニズムを主張した。

 だから、二人の知識人の持つ雰囲気は、じつは対照的である。河合の生きた時代は危機の時代だった。しかし、河合は、経済的自由主義はほうっておいても終焉を迎え、次は社会主義が社会の多数によって支持される時代が来ると展望する点で、非常に楽観的だった。藤原氏が『自由主義の再検討』を書いた1993年は、世界的には冷戦終結の、日本では1993年政変のお祭り騒ぎのなかにあった。冷戦と自民党長期政権という「肩の荷」が下りたと感じられた一年だった。しかし、藤原氏は河合が持っていたような「経済的自由主義に替わるはっきりした代案」を持たなかった。具体像を欠いたまま、コミュニタリアニズムを主張するしかなかった。その点で、あるいは藤原氏自身には思いもつかない評価かも知れないことを承知で言うと、この『自由主義の再検討』を包みこむ雰囲気は何か非常に悲観的で、ペシミスティックなものにすら感じられるのだ。


―― おわり ――


前へ戻る