夢の城

清瀬 六朗


何をなすべきか(一)

― 下 ―

 「で?」

 弦三郎の答えはやはり感じのよいものではなかった。

 「何の用なんだ?」

 「あ、えっとね」

 美那はこの先に切り出す話のなかみを考えてたじろいだ。

 たじろいだけれど、言わなければいけないことは言わなければいけない。だいたい男を相手に「えっとね」などと話をごまかすことが自分自身で気に入らない。

 「お願いなんだけど、わたしの友だちでおさとっていう子がいるんだけど、その子が弦三郎さんに会いたがってるんだ。一度でいいから会ってやってくれないかな、って思ってね」

 「ぼくに何か用があるわけ、そのおさとさんって子」

 「そういうわけじゃないんだよ」

 弦三郎がそう来ると思っていたから、気が重かったのだ。

 「だからさ、女が男に会いたがるとか、男が女に会いたがるとか、いろいろあるわけだろ? べつに用なんかなくてもさ」

 「断る」

 弦三郎は不愉快そうに大きく息をついて目をそらした。美那は美那でやっぱり大きくため息をつく。

 まあねえ。

 逆の立場だったらわたしも断るわなぁ。

 そうは思うけど、それで引き下がるわけにはいかない。

 おさとはほんとうに弦三郎に懸想(けそう)しているらしい。昨日、仲間のみややさわといっしょにいたときにはべつに本気で懸想しているわけじゃないようなふりをしていた。けれど、今日の昼、美那とあざみと三人だけで会ったときには、別人のようにまじめだった。ついでに何か焦って疲れ果てているようでもあった。それで美那に(すが)りつくように弦三郎に会う算段をつけてくれと頼んできたのである。

 それに――。

 「ふぅん」

 美那は突っぱねるように言った。

 「それはまたどうして?」

 「ぼくはそんなことのためにこの町に出てきたんじゃないよ」

 ぶっきらぼうに弦三郎は答える。

 美那はどう答えていいか迷った。だが迷っているのがいちばんまずいとすぐに思い直す。

 いくさの場では少しでも迷っていたら負けだ。それが浅梨左兵衛尉(さひょうえのじょう)治繁の教えだった。

 「それはそうだろうけどさ」

 そう言ってゆっくり(くび)をひねり弦三郎を横目で見る。

 弦三郎は少し驚いたような顔をして身を引くようなしぐさをした。

 「それを言うんだったら、剣術の修行をしに出てきたわけでもないだろ?」

 「だってそれは、ぼくは名主の子だし」

 「名主でしょ? 子じゃなくて」

 美那はすかさず言う。言って話がどう転ぶかを考えている暇はない。

 「ああ、そうだった」

 弦三郎はすなおに認めた。

 「ともかく、だから武芸を身につけるのはどちらにしても必要なことだから」

 「それを言うんだったらさ」

 美那は弦三郎から目を離し、腰を下ろして座っている自分の爪先あたりを見るようにした。

 「自分を懸想してる女に会うのだって、必要なことだと思うけどな」

 どこからそういう理屈が出てくるんだ、と、自分でも思う。思ったので、弦三郎にそれを言わせないように美那はつづけた。

 「だって、来るかどうかわからないあんたを待って、日暮れまでお社の前で待ってるっていうんだよ、さとちゃんは。会う気がないとしても、会う気がないってことぐらい自分で伝えたほうがいいんじゃない?」

 返しかたは美那にはわかっている。「だったら美那が伝えればいいじゃないか、美那が勝手にきいてきた話なんだから」と言えばいいのだ。

 弦三郎は不機嫌になったまま、しばらく口を開かなかった。

 「お社ってどこ?」

 「なに?」

 「だから、その子、おさとさんだっけ、おさとさんが待ってるお社ってどこ?」

 「あ、ああ」

 美那は弦三郎が抵抗しなかったのが少し意外だ。

 「市場に花御門(はなみかど)小路(こうじ)ってあるだろ? そのまん中あたりに小さいお社があるのは知ってる?」

 「花御門っていうと、おまえの住んでるところだよな、美那」

 「えっ?」

 こんどは美那が虚をつかれた。

 「そうだけど……知ってるの?」

 「あたりまえだ」

 弦三郎は抑えた声で言った。いったい何を抑えているのだろう。

 「ぼくだってずっと市場に住んでるんだから」

 「うん」

 美那は答えかたがわからず、そう答えてうつむいた。

 ともかく、おさとから言われたことは伝えたのだ。しかも弦三郎はともかく会ってはくれるらしい。

 「わかった。自分で行く」

 弦三郎は美那のほうは見ないでそう言ったらしい。美那も弦三郎を見ていなかったからよくわからない。

 ここで話を切り上げて立ち上がってもいいはずだが、美那はなぜか立つ気になれなかった。

 弦三郎もそうだったようだ。

 しばらく二人は向かい合いもせず並んでもいない中途半端な位置で地べたに座って黙っていた。

 「なあ、美那」

 こんどは弦三郎が自分の伸ばした足の爪先あたりを見ながら言う。

 気にしてもしようがないのだが、弦三郎は背が高くて足を伸ばしても長いのが、どうも美那には気になる。

 「なに?」

 「おまえ、まだ怒ってるか?」

 「怒る?」

 美那は目を大きく開いて振り向き、ききかえした。

 「何を?」

 「最初にあった日に、おれがおまえを抱き止めたこと。ほかの弟子の見てるまえで」

 弦三郎が目を合わせないままに抑えて言うのがかえって美那の心に残る。

 「そんなことないよ」

 美那は慌てて首を振った。

 「そんなことないない。あれってどう考えてもわたしが悪いんだから」

 「だったら」

 弦三郎はことばに力をこめて言いかけた。だが、そこでことばを切る。

 美那もその先をきこうとはしない。

 かわりに、きく。

 「ねえ、弦三郎さん、どうしてさっき、わたしを打たなかったの? さっさとわたしの背中でも頸でも打ちつけてたら勝てたし、左兵衛(さひょうえ)さまにも叱られずにすんだのに」

 「それは」

 弦三郎はそこまで言いかけて、またことばを切った。

 「いや、うまく言えない。というより、何を考えてたのか、忘れてしまった」

 「でも、何か考えてたんだ?」

 「それはそうさ」

 弦三郎は、こんどは抑えているのではなくて、ほんとうに沈んだことばで応える。

 「で、おまえはどうなんだ? あのあと、おれの喉元(のどもと)を突いてれば勝てたのに」

 「手もとが狂ったんだよ。届くと思ったら届かなかったんだ」

 「そんなはずはない」

 弦三郎はたしかにちゃんと見ていた。弦三郎はつづける。

 「おまえはさっきの勝負のあいだ一度も間合いを狂わせなかった。それまでの調子ならあたりまえに仕止めていたはずだ」

 そして、ふと顔を上げ、ためらっているように上目遣いで美那を見る。

 「何か考えたんだろう?」

 「そうだよ。あんたとおんなじだ」

 美那は投げやるように言った。

 「何か考えてたんだ」

 弦三郎のことを、その主君である越後守(えちごのかみ)定範(さだのり)のことを。

 あの越後守が昼間に自分に残したあのふしぎな印象を。

 だが、ぐあいの悪いことに、この弦三郎は、自分がさっき定範に会ったことを言ってはいちばんいけない相手だ。だからごまかすしかない。

 「あんたに関係のある何かだったけど、左兵衛さまにぶったたかれて忘れてしまったよ」

 「そうか」

 弦三郎は小さく笑った。

 「おれもそうだ」

 「おんなじだね」

 美那も小さく笑った。

 そうだ。互いに相手に関係のある何かのことを考えていたのだ。

 美那と弦三郎はどちらが先というわけでもなく立ち上がった。

 「じゃ、おれはともかくそのおさとさんに会うよ」

 「うん。ありがと」

 弦三郎はもういちど笑って、笑い声を少しだけ漏らした。

 「おまえにありがとうって言ってもらわなくてもいいよ」

 「なんだい」

 弦三郎は立ち上がると、植えこみから外へ出て、そのまま門のほうに向かった。

 美那は大きく息を吸って、それをゆっくりと吐きながら、弦三郎の後ろ姿を見送っていた。

 弦三郎は美那のほうを振り返ることはなかった。まあそうだろうな、と美那は思う。

 「終わったかぁおまえの懸想話」
と植えこみの向こうから呼びかけられたので、美那は跳び上がるほどに驚いた。

 弦三郎が出て行ったのとは反対側から顔を覗かせたのは鍋屋の隆文(たかふみ)だった。

 「聞いてたのっ?」

 「聞いちゃいないよだれも」

 隆文はめんどうくさそうに言った。

 「やれやれ気楽なもんだ、こっちは夜も眠れないような心配ごとに身を焦がしてるっていうのに」

 「なんだよ、それ? あんたにそんな心配ごとがあるのかい?」

 「おれじゃないよ」

 隆文は(ひげ)の伸びたあごをしゃくって見せた。

 「主にあいつの心配ごとだ」

 そのあごか髯かで指した先にいたのは銭屋の元資(もとすけ)だ。

 「でも同じ仲間の心配ごとは分かち持つ。それが市場の仲間ってもんじゃないか」

 「それはそうだけど」

 「じゃ来い!」

 隆文はいきなり美那の帯を前から引っぱった。

 「ちょっと!」

 「わかってるとは思うがな」

 隆文は取り合わない。

 「これから話す話はおまえの男にはないしょだぞ」

 「男ってだれだよ?」

 「おまえがさっきまで話してた相手だよ」

 「だから違うって!」

 「そんなのはどっちでもいいんだ」

 「どうでもいいかどうかはあんたの決めることじゃないよ」

 美那は言い返したが隆文は答えず、帯を引っぱったまま大股で池のほうまで美那を引っぱっていく。

 隆文のやつひとを女だと思ってないな――と思う。

 まあ、しかたないけどね。

 日ごろの所業を考えれば――。

 隆文は、池の端の(まき)の木のところで何気なく立ち話をしている、少なくともそう装っている元資と丈治のところまで強引に連れてきた。

 「要するに定範の家臣に聞かれちゃ絶対に困る話なんだ」

 「それに浅梨さまにも聞かせないほうがいいな」

 元資が話に入る。

 「どうしてなんだよ? いいじゃないか、左兵衛様にきいてもらったってよ」

 横合いから丈治(たけはる)が言う。

 「ばかか」

 隆文がさっきからと同じように平らな声で言い返した。

 「左兵衛様がこの件に関わってると城館(しろやかた)に思われてみろ。定範とかその家臣とかはもともと左兵衛様を快く思っていないんだ。何か理由を見つけておとしいれようとしてる。もしこの件に左兵衛様を巻きこんでみろ。定範のやつにいい口実を見つけてやるようなものじゃないか」

 ともかく、この弟子三人衆が何か大きな困ったことを抱えているのは確かなようだった。そうでなければ隆文がずっとこんなに低く抑えた声でしゃべりつづけるはずがない。ともかく高い声でしゃべりたがる男なのだ。

 「で、何? 元資の心配ごとって」

 「しっ」

 隆文が制した。

 「大きい声出すな。なるだけおれたちの仲間内から話が広がらないようにしたい」

 「うん」

 ほかの弟子は、いまは仕官していなくても親兄弟が定範の家臣だったり、仕官の口を探しているところだったりという手合いがやっぱり多い。根っから市場の者はここにいる四人だけだ。

 もっとも、本人の言うところによれば隆文もどこかの名主の(せがれ)らしいけれど……。

 美那はすなおに声を抑えた。

 「で?」

 隆文と元資はどちらが話すか目配せで譲り合った。けっきょく元資が話すことになったらしい。

 「じつは城館のほうで近いうちに徳政をやるって話がある。もちろん天下徳政なんて話じゃなくて、三郡かぎりの徳政だ」

 「うん」

 美那も低い声で応じる。

 「その話ならだいぶ前からきいてる。でも確かなこと?」

 「この前まではそうでもなかったんだが、どうやら確かになったらしい。もちろん確かめる道はない。ただ、な」

 隆文が言う。美那はうなずいた。

 「噂の流れからしてほんとらしいってことだね」

 「うん」

 「元資のところは困るね、銭屋だから」

 「まあな」

 元資が言う。

 「でもそれだけならいい。このご時世だ。徳政ぐらいあってもあたりまえだって覚悟はできてる。だがな」

 もとから声の低い元資も声を落とす。

 「じつはもっと困ったことになりそうなんだ」

 「困ったこと?」

 「そうだ」

 元資は隆文と丈治と美那の顔を見回した。

 「知ってのとおり、おれたち町の銭屋は玉井郡の年貢を南都(なんと)の本家に送るのを請け負っている。徳政になるとそいつが滞る」

 「どうしてなんだ?」

 丈治が口をはさむ。

 「年貢は年貢だろ? 借銭借米とは別じゃないか?」

 「ばか」

 隆文が決めつけるように言う。

 「この時勢だぞ。年貢がそうかんたんに集まるか。次の年にならないと全部は集まらないのが普通だ。でも本家に送る年貢を遅らせることはできん」

 「じゃどうするんだよ?」

 丈治がきく。隆文がうんざりして、
「だからさ、米銭を貸した利息とか何とかでできた余裕で先に本家分の年貢を送ってさ、あとで年貢を集めるわけだ。それで帳尻(ちょうじり)を合わせるってわけ」

 「徳政で借銭借米が帳消しになるとその儲けが上がってこなくなるってことか」

 美那がひとりごとのように言う。

 「だから本家あての年貢が払えない」

 元資がひとつ(うなず)いた。

 「そうだ。で、まだその先があるんだ」

 「その先?」

 「そうだ」

 元資はもういちどほかの三人を見回す。

 「城館ではわざと玉井の年貢の本家への払いを滞らせるつもりだって噂がくっついてるんだ。それを理由にして玉井の銭屋を取りつぶす。そして、そのあとに柿原党に玉井の金貸し仕事を回すつもりだそうだ」

 「それって!」

 美那はことばに詰まる。

 元資は頷いた。

 「そんなことになったら玉井郡はただの災難じゃすまなくなる」

 「そのとおりだ」

 隆文があご髯をさすったり()いたりしながら言う。

 「だいたいこの三郡、まともに食えてるのはこの玉井だけだ。まあ巣山はしかたがない。あれは山の向こうで、谷筋が狭くて、日当たりも悪い痩せた土地だ。米はもちろん、(あわ)とか(ひえ)とか蕎麦とかまで入れても満足に穫れる土地じゃない。だが竹井は違う。あの弦三郎の里の池原と隣の長山は別としてもだ、片野、野嶋、柿原の三郷にはいっぱいに米の田んぼが広がってる。土地も悪くない。それなのに竹井郡の連中がまともに食えないのはなぜか?」

 「柿原党が食い物にしてるから」

 美那が言う。元資は頷いた。

 「やつらはとにかく高い利息をつけてしかも期限が来ればすぐに取り立てる。相手が困っていようが何だろうがお構いなしだ」

 「そうやって蓄えた金であのなまぐさ入道は定範に近づいて、それでいまの柿原一党の権勢があるってわけだ」

 隆文が言って、美那のほうに顔を上げた。

 「そんな連中が玉井を食い物にしてみろ。いったいどうなるか。話は町だけじゃ終わらないさ。三郡のなかで、こんな市場があるのも、ましてや港があるのもこの玉井だけだ。玉井の町が三郡全部を支えてる。それが柿原みたいなやつの手に落ちたら」

 隆文は大きく息をついてみせた。

 「で」

 美那も勢いが余ったとでもいうように息をつきながら言った。

 「要するに、どうすればいいわけ?」

 「うん」

 元資があたりを見回し、ほかの三人に頭を寄せるように合図する。

 「なんとしてでも金をかき集めて、徳政になって借銭証文を返したり質を取り返されたりする前に、いまのうちに南都の本家に今年の年貢を送ってしまう。それしかないだろう」

 「でもそんなの本家が受け取ってくれる?」

 美那が(たず)ねる。元資は小さく頷いてから、
親爺(おやじ)に本家に書状を書いてもらう。それで本家のほうには事情はわかってもらえるはずだ」

 元資の父親は世親寺の和尚だ。元資の店はほんとうはこの親父様のもので、元資の父親が金を貸すのを元資がかわりに取り仕切っているというかたちになっている。

 「世親寺は本家の末寺(まつじ)ってことになってるし、本家のほうに知り合いの坊さんもいる」

 「だったらさ、いっそのこと、年貢をまけてもらうってわけにはいかないわけ?」

 「それは無理だよ」

 「どうして?」

 「本家は三郡のほかにもたくさん領地を持ってる。守護代の勝手で年貢をまけるなんて前例を作ったら、ほかのところでもおんなじようなことを言い立てて年貢を払わなくなる連中が出てくるだろう? それじゃ本家が立ちゆかなくなる」

 「難しいもんだねぇ」

 美那がへんに感心している横から、隆文が
「それより、それだったら銭金を集めないといけないわけだろう? あてはあるのか?」

 「ああ」

 元資は先をつづけるのをためらっているようだった。

 「期限が来て、でも返すのを待ってやっている貸し金がある。その半分、いや三分の一でも集められたら、何とかなる」

 「じゃ、それを取り立てるしかないな」

 「ちょっと待てよ」

 丈治が口をはさんだ。

 「待ってやっている貸し金っていうのは、借りたやつに返せない事情があったから滞ってるわけだろ?」

 「そうだ」

 元資は頷いた。

 「だからぜんぶ返せとは言わない。返せる分だけ返してもらう。それしかないだろう」

 「それだったら悪い金貸しとおんなじになっちゃうじゃないかよ?」

 丈治が言うと、隆文が元資をかばうように
「しかたあるまい。ここは連中に力を貸してもらわないと、玉井郡のぜんぶがほんとに悪い金貸しの柿原の領分になってしまうんだからな」

 丈治は黙った。隆文がつづけて、
「で、おれたちは何をすればいいんだ?」

 「車の手配は丈治に頼みたい。それも十輌ほどだ。できるか?」

 「ああ、いいよ」

 丈治はのんきな声で答える。

 「いまは忙しい時節じゃないし」

 「隆文には勘定のとりまとめを頼みたい。金貸し衆を集めるから、どれぐらい足りてなくて、どこから取り立てればいいか話をまとめてほしい。連中、気の荒いやつや癖のあるやつも多いけど、おまえならとりまとめられるだろう」

 「わかった、それは任せてもらっていい」

 「で、美那」

 元資は美那に目を移す。

 「おまえ、港の若君と知り合いだったよな」

 「うん……でも、わたしって言うより」

 美那は少しためらう。

 「そうだね、おかみさんの昔からの知り合いだね」

 「おれと港に行く気はないか?」

 元資はかまわず話を進めた。

 「何しに?」

 「そうだな……馬をもらったお礼、ってことにでもするか」

 「おい!」

 「なんだよそれ!」

 丈治と隆文が大きな声を立てたので元資が慌てた。

 「待てって。ほんとは若君に船の手配を頼みに行くんだ。米や銭を兵庫まで運んでもらうためのな」

 「なんだ、そういうことか」

 「そうだよ、驚かすなって」

 何が驚かせることになるのだろう?

 「それじゃ、そういうことで」

 「なんかややこしい仕事になりそうだけど、これも三郡のため市場のため、それにわが友のためだ」

 隆文が低い声で言ってから大きく伸びをした。

 館の柱の陰から浅梨左兵衛尉治繁がその様子をずっとうかがっていた。

 話し合いがまとまったと見たところで、治繁はほっと肩を落とし、大きく息をついて、言った。

 「何をやってるんだ、あの連中は」

 そして満足そうに唇の端を引き、目を閉じると、小さくゆっくりと首を振った。

― つづく ―