夢の城

清瀬 六朗


目次

 ※ 「いまいちばん新しい章の概略」・「詳細目次」はネタバレの可能性があるので、ご注意ください。

目次

初めてお読みくださる方へ

春の朝 | あばれ馬 | 海の向こうから来た男 | 晴れた春の宵 | 安濃(あのう)詣で(一) 上 | 安濃詣で(一) 下 | 安濃詣で(二) | 安濃詣で(三) | 何をなすべきか(一)上 | 何をなすべきか(一)下 | 何をなすべきか(二)

「桜の里」篇 桜の里(一) | 桜の里(二)上 | 桜の里(二)下 | 桜の里(三) 1. | 桜の里(三) 2. | 桜の里(三) 3. | 桜の里(三) 4. | 桜の里(三) 5. | 桜の里(四) 上 | 桜の里(四) 下 | 桜の里(五) 1. | 桜の里(五) 2. | 桜の里(五) 3. | 桜の里(五) 4. | 桜の里(六) 1. | 桜の里(六) 2. | 桜の里(六) 3. | 桜の里(六) 4. | 桜の里(六) 5. | 桜の里(七) 1. | 桜の里(七) 2. | 桜の里(七) 3. | 桜の里(七) 4. | 桜の里(七) 5. | 桜の里(八) 1. | 桜の里(八) 2.  | 桜の里(八) 3. | 桜の里(八) 4. | 桜の里(九)

「桜の里」篇のあとがき

「町に集う人びと」篇 町に集う人びと(一)上 | 町に集う人びと(一)中 | 町に集う人びと(一)下 | 町に集う人びと(二)1. | 町に集う人びと(二)2. | 町に集う人びと(二)3. | 町に集う人びと(二)4. | 町に集う人びと(二)5.

「仕事の話」篇 仕事の話(一)上 | 仕事の話(一)中 | 仕事の話(一)下 | 仕事の話(二)上 | 仕事の話(二)下 | 仕事の話(三)上 | 仕事の話(三)下 | 仕事の話(四)上 | 仕事の話(四)中 | 仕事の話(四)下 | 仕事の話(五) [新規掲載]



いまいちばん新しい章

仕事の話(五)
 翌朝、美那は土間で眠りこけている葛太郎を見つける。美那と薫は、使用人頭の橿助を呼び、隣家の駒鳥屋のあざみを交えて、葛太郎にどうして売り物の葛餅を食べ散らかしたのかを問いただす。葛太郎は、自分のやったことを詫び、前日、橿助が怒りにまかせて毬にまで暴言を吐いたのが許せなかったと説明した。 [登場人物]


詳細目次

 ※ 各章の概略つきの目次です。ネタバレの可能性があるので、ご注意ください。

初めてお読みくださる方へ

春の朝
 玉井の町の葛餅屋で養われている娘 美那 は、夜が明ける前から町はずれまで水を汲みに出て、村の地侍から因縁をつけられる。困っているところを助けてくれたのは 榎谷の志穂 と名のる魚売りの娘だった。 [登場人物]
あばれ馬
 剣術師範の浅梨治繁の屋敷に出かけた美那は、治繁の留守中に、弟子たちに気の荒い白馬に乗せられてしまう。馬から落ちた美那は、ちょうど門から入ってきた新しい弟子の池原弦三郎に抱き留められる。治繁は、この馬が、先代の守護代の乗っていた馬の娘であると告げ、美那に馬を馴らすように命じる。 [登場人物]
海の向こうから来た男
 美那の家 藤野屋 に客が訪ねてくる。それは、港の名主の若君 桧山桃丸(ひやまももまる) と、海の向こう 唐の国(明)の天津から来た船頭の植山平五郎という男だった。平五郎は、はるか遠い国 富藍希(ふらんき) 国の珍しい武器の話や、三郡の沖に出没する海賊卯月丸(うづきまる)と何度も会ったことがあり、少しも悪い人などでないことを語ってくれる。 [登場人物]
晴れた春の宵
 池原弦三郎は評定衆筆頭の小森健嘉(たけよし)の屋敷を訪ねていた。健嘉は弦三郎に内証の話として玉井三郡だけの徳政(借金棒引き令)が計画されていることを知らせる。しかし、そのすぐあと、弦三郎は、従弟の野嶋当四郎から徳政の噂が市場で流れていることを知らされる。 [登場人物]
安濃(あのう)詣で(一) 上
 藤野の美那は浅梨屋敷で馬を馴らそうとがんばっているがなかなかうまくいかない。その美那を船頭の植山平五郎が訪ねてくる。玉井春野家の氏神である安濃社をお参りするので、案内のためについてきてほしいというのだ。 [登場人物]
安濃詣で(一) 下
 平五郎の安濃詣でのことを考えていた美那は、帰り道、市場の娘たちの仕掛けた罠にかかって溝に落とされてしまう。美那が池原弦三郎を殴ったという噂が市場に広まって、娘たちが美那を恨んでやったことらしい。しかも娘たちのなかには隣家の駒鳥屋のあざみも加わっていた。 [登場人物]
安濃詣で(二)
 美那はあざみといっしょに平五郎につきそって安濃社に詣でる。平五郎が安濃社の宮司と話をしているあいだに、菫畑で美那は榎谷の志穂と再会する。ところが、同じころ、安濃社には予想外の人物が参詣に訪れていた。 [登場人物]
安濃詣で(三)
 平五郎の一行が滞在している安濃社に三郡守護代 春野定範(さだのり)が参詣にやってきた。愛妾襟花(えりか)につき合って、おしのびでやってきたのだ。美那は、定範と顔を合わせることになって、あざみが滑稽に思うほど大あわてする。一方で、その話を知った桧山桃丸も同じように慌てて藤野屋の薫を訪れていた。 [登場人物]
何をなすべきか(一)上
 平五郎といっしょに安濃社から市場町に戻る船の上で、美那とあざみは定範のことや玉井春野氏初代の正興(まさおき)のことについてあれこれ話していた。いっぽう、池原弦三郎には、待望の徳政の実施が決まったということが小森健嘉から内々に伝えられる。だが、この徳政計画の背後には、定範の岳父である柿原忠佑の策謀があるらしいと聞き、弦三郎はすなおに喜べなかった。 [登場人物]
何をなすべきか(一)下
 藤野屋まで美那を訪ねてきたさとの頼みは、自分と弦三郎を引き合わせてほしいということだった。美那は、気が進まぬながら、弦三郎にそのさとの気もちを伝える。一方で、隆文たちは、徳政を利用した柿原党の策略を逃れる方法について話し合っていた。 [登場人物]
何をなすべきか(二)
 日暮れどき、桃丸が自分の屋敷の高殿で船頭の植山平五郎と語り合っていると、藤野の美那と元資が訪ねてくる。柿原党の陰謀から逃れるために船を都合してほしいというのだ。平五郎は自分の船を使うように申し出る。一方で、桃丸は、牧野郷での貸し金の取り立てに行くよう美那に勧める。 [登場人物]
桜の里(一)
 藤野の美那は、隆文とさわといっしょに牧野郷に借銭の取り立てに向かう。途中で遠く雪消(ゆきげ)山に咲く桜を見つけたさわは、自分の故郷の巣山郡の村にもその花があったと語る。やがて、一行は、村の入り口の関所のある森で、毬・葛太郎・繭という三人の村の子どもたちに出会う。 [登場人物]
桜の里(二)上
 美那たちの一行が借銭借米の返済を求めて牧野郷川上村の寄合に出ていたころ、玉井の町の北に隣接する中原郷中原村では地侍の長野雅一郎(まさいちろう)が牧野郷の使者から借銭回収逃れの手助けを求められていた。この雅一郎には、春先、町の小娘といさかいを起こして面目を失った苦い思い出があった。 [登場人物]
桜の里(二)下
 長野雅一郎は若主人の中原範大(のりひろ)のわがままに振り回されながら牧野郷川上村へと急ぐ。いっぽう、川上村の寄合では、牧野郷の川上・川中の二村と隣の森沢郷でともに借銭問題に対処しようと意見がまとまりつつあった。けれども、議論がまとまる前に雅一郎たちが寄合の場に乗りこんだため、寄合は大混乱におちいってしまう。 [登場人物]
桜の里(三) 1.
 川上村の寄合から追い出された隆文・藤野の美那・さわの一行は、牧野郷のもうひとつの村である川中村へ向かう。その途中には廃墟と化した牧野治部大輔(じぶのたいゆう)興治(おきはる)の館があり、そこでは桜が綻びはじめていた。いっぽう、村西兵庫助(ひょうごのすけ)らは、兵庫助の妻美千(みち)の反対にもかかわらず、柿原党の意をうけた謀りごとを進めていた。 [登場人物]
桜の里(三) 2.
 長野雅一郎と村西兵庫助(ひょうごのすけ)一党の中傷で、隆文と藤野の美那とさわは川中村に入ることもできなくなってしまった。やむなく牧野屋敷の跡地でひと晩を明かすことにした三人は、村人たちが隠しているものを、屋敷跡で偶然に見つけてしまう。いっぽう、村西兵庫の屋敷では、柿原党への加担を決めた村西ら一党と中原範大・長野雅一郎主従とが杯を交わしていた。柿原党は、村からの返済を滞らせることで町の銭屋を窮地に陥れるという策略を進めていたのだ。 [登場人物]
桜の里(三) 3.
 村西兵庫助の妻 美千(みち)は、いっしょに食器を洗いながら、下女のふくに「卑屈になることはない」と言う。そのふくが、毬が屋敷に連れてこられたことを美千に知らせてきた。美千は毬の身を守るために一計を案じる。いっぽう、毬の住んでいる家では、小さい女の子 (まゆ)が兄の葛太郎(かつたろう)に、「毬姉ちゃん、いつ帰ってくるの?」と不安を訴えていた。 [登場人物]
桜の里(三) 4.
 藤野の美那たち三人は、牧野家の館跡で米俵を隠した穴蔵を発見し、そこで一夜を明かすことにした。葛太郎(かつたろう)は自力で(まり)を奪い返す決意を固め、毬がいる村西屋敷に忍びこもうとする。だが、村西屋敷にどう入っていいかわからず、葛太郎はあせった。同じころ、町の藤野屋では、使用人頭の橿助(かしすけ)が店主の(かおる)に引退の決意を伝えていた。 [登場人物]
桜の里(三) 5.
 藤野の美那の育ての親 藤野屋の薫は、訪ねてきた隣家のおよしと、美那が店に引き取られてきたころの思い出を語り合う。そんなおよしの家に牧野郷からの使者が訪ねてきた。そのころ、牧野屋敷跡の地下の穴蔵では、藤野の美那と隆文とさわが、村西屋敷から脱出してきた毬と葛太郎から話をきいていた。 [登場人物]
桜の里(四) 上
 夜が明けた。村西屋敷では毬が行方不明になったことが大問題になっていた。葛太郎は、母親と、家に押しかけてきた大木戸九兵衛から毬をどこかへ隠したと疑われるが、しらを切り通す。その毬を牧野屋敷跡の穴蔵に残し、藤野の美那・隆文・さわは寄合の開かれる川中村へと向かった。 [登場人物]
桜の里(四) 下
 寄合を待つあいだ、藤野の美那たち三人は毬や「広沢三家」の素姓についていろいろ考えを話し合う。川上村でも、村長の木工(もく)国盛(くにもり)が若い寺男の和生(かしょう)に春野正興(まさおき)や牧野興治(おきはる)の思い出を語っていた。そこに川中村から牧野・森沢二郷合同の寄合の開催を告げる使者がやってくる。 [登場人物]
桜の里(五) 1.
 薫は、美那の将来に得体の知れないぼんやりした不安を感じながら、世親寺に墓参に訪れる。その薫に世親寺の尼が声をかけた。同じころ、牧野郷の川中村では、寄合に招かれた藤野の美那・隆文・さわの一行が若い尼安総(あんそう)に案内されて明徳教寺へと向かっていた。崖に守られ、内部も迷路のようになった村のようすに、美那は「ここで村人と斬り合うことになると助からない」と思うのだった。 [登場人物]
桜の里(五) 2.
 長野雅一郎は寄合の場で藤野の美那を「水盗人」と名指しし、その「罪状」を述べ立てはじめた。美那は反論しようとするが、寄合の進行を務める中橋渉江は美那を無視し、隆文も発言を許してくれない。 [登場人物]
桜の里(五) 3.
 世親寺では墓参に訪れた藤野屋の薫が寺の尼と話をしていた。尼は薫の養い子の藤野の美那が牧野に取り立てに行っていることを知っていた。その美那たちの一行は牧野郷川中村での寄合に参加している。美那の水盗人疑惑は切り抜けたものの、牧野・森沢二郷の人びとに借銭借米の返済を求める隆文の説得は難航していた。さわは美那に説得に乗り出すように促す。 [登場人物]
桜の里(五) 4.
 藤野の美那の説得が功を奏したのか、寄合の議論は借銭の一部を返すことでまとまった。だが、美那の名を聞いた寄合の参加者たちはどよめいた。安総尼はその美那を墓地へと連れて行き、小さな墓を美那の両親の墓だと伝える。だが、そのころ、美那の生みの母親らしい尼は世親寺で養親の藤野屋の薫と話をしていた。 [登場人物]
桜の里(六) 1.
 寄合では牧野・森沢二郷から町の銭屋へ借銭の一部を返済することが決められ、それを阻止しようとした村西兵庫助と長野雅一郎の計画は破れた。二人はそれでも借銭返済を妨害するために密会し、謀議を重ねる。その返済の資に使われるはずの米を蓄えた「義倉」には広沢の上の家の毬が隠れている。毬は、自分の実姉と同名の(藤野の)美那という娘のことをあれこれ考えていた。 [登場人物]
桜の里(六) 2.
 隆文とさわは、昼間に安総尼に案内された墓は藤野の美那の両親の墓だと思いこんでいた。藤野の美那はそうではないことを二人に告げる。安総尼は美那がその二人の娘だと誤解したまま、昼間のできごとを中橋渉江に伝えていた。そのころ、銭屋の使者一行は、低い泣き声が、宿泊しているお堂の中から聞こえてくることに不審を抱いていた。 [登場人物]
桜の里(六) 3.
 お堂の中央部分の仕切りのなかに入った藤野の美那と隆文とさわは頭を僧のように剃った若い男と出会う。男は自分を「囚われの者」と言う。藤野の美那の名を聞いた男は村人と同じように驚き、村にいた「広沢の美那」という娘のことと、その娘が属している「広沢三家」の由来とを三人に語って聴かせる。そのころ、その広沢の美那の実妹の毬は義倉の石の床に横になったまま奇妙な夢を見ていた。 [登場人物]
桜の里(六) 4.
 お堂の中にいた男は森沢荒之助(あらのすけ)といい、「牧野の乱」で勇戦した森沢判官(はんがん)為順(ためより)の息子だった。荒之助は、世に伝えられている「義挙」の裏の事情を、藤野の美那・隆文・さわに語っていく。荒之助の話は、やがて、広沢の毬やその実姉で現在は行方不明の「広沢の美那」の両親が亡くなった事件の真相へと進んでいった。 [登場人物]
桜の里(六) 5.
 森沢荒之助は、「牧野の乱」での自分の無力を悔いてお堂の奥に籠もってしまい、もう何年も外に出なかったらしい。その荒之助を藤野の美那とさわとが激励する。同じころ、義倉に隠れていた毬は、体力の限界を感じて、いっそのこと村を脱出しようかと思案していた。その義倉へ何者かが近寄ってくる気配がした。 [登場人物]
桜の里(七) 1.
 牧野郷川中村の明徳教寺の庫裡で書見していた中橋渉江を村人が訪ねてくる。家の者が牧野家の屋敷跡で怪異が起こっているのを目撃したので、調べに来てほしいというのだ。渉江は、弟子の安総尼からは、町の銭屋の使者が部屋にいないという知らせを受けていた。中橋渉江は、雨のなか、その怪異の調査に出向き、安総には怪異のことをだれにも話してはならないと口止めした。 [登場人物]
桜の里(七) 2.
 川中村の神社 中豊(なかとみ)社 で、中橋渉江は、牧野家の屋敷跡で怪異を見たという者たちから話を聴いた。渉江は、その話を総合して、赤く明るい何かが地上から立ち上ったがその正体はわからないという説を村の者たちに聞かせた。同じころ、川上村の村西家では、妻の美千が下女のふくと食事をしながら昔の思い出などを話していた。 [登場人物]
桜の里(七) 3.
 雨が本降りになるなか、中橋渉江と安総尼は密談を交わしていた。別の部屋で寝ていた中原範大は、従者の長野雅一郎が雨に濡れて外から帰ってくるのに驚く。その部屋の表の廊下から漏れてきた会話から、雅一郎は情勢が自分たちに有利に展開しそうだと喜ぶ。だが、外に何をしに行ったかをはっきり言わない雅一郎に範大は不安を募らせるのだった。 [登場人物]
桜の里(七) 4.
 藤野の美那、隆文、さわの三人は「義倉」に隠してあった米を焼いた疑いをかけられてしまった。寄合の場に引き出された三人に、殺気立った村人の悲鳴交じりの非難の声が容赦なく浴びせられる。寄合が始まると、前日の夜、三人が割り当てられた部屋にいなかったことが暴露された。森沢荒之助に会っていたことを話せない三人は興奮した村人たちにしだいに追いつめられていく。 [登場人物]
桜の里(七) 5.
 安総尼が連れてきた証人は広沢の毬だった。毬は義倉に放火したのが村西一党と長野雅一郎だったことを生々しく証言する。村西一党は反論しようとするがうまく行かず、かえって寄合に集まった村人たちに疑いをかけられる。長野雅一郎は、自分たちのアリバイを証明してもらおうと主君の中原範大に声をかけた。だが、それが流血の悲劇を招くきっかけとなってしまった。 [登場人物]
桜の里(八) 1.
 長野雅一郎と村西兵庫助ら一党は美千とふくを置き去りにして村から逃げ出した。中橋渉江と安総は町からの使者の手を借りて事件の処理をすませる。村西らはこれからどうするかを話し合っていた。長野雅一郎は、もう村には戻れないと言い、行動を共にしようと村西一党を説得する。 [登場人物]
桜の里(八) 2.
 藤野の美那・隆文・さわの三人は明徳教寺の庭で広沢三家の子どもたちに出会った。町に行きたいと言った葛太郎に、隆文は何やら思わせぶりな返事を返す。小さい妹の繭は母親が怖いと訴えるが、美那とさわは「生みの母は一人しかいない」、「母を嫌いになるのはまだ早い」と諭すのだった。 [登場人物]
桜の里(八) 3.
 追いつめられた長野雅一郎と村西兵庫助一党は、雅一郎の出身地である中原郷の乗っ取りを策する。名主の中原克富を殺して自ら郷名主の地位を奪おうというのだ。その中原郷中原村では、克富のあまりの女性関係の乱れに困り果てた村の地侍たちが、克富の甥 立岡拓実(ひろざね)を中心にまとまり、克富を城館に訴えようと相談していた。 [登場人物]
桜の里(八) 4.
 中原克富は坂口のはるの家に向かっていた。すっかり上機嫌で、自分の孫のことまで考えている。途中で石に躓いて痛い思いをしたものの、はるの家にたどり着いた克富は、はるがいやがっているにもかかわらずはるを追い回す。はるが自分を避けるはずがないと信じこんでいるのだ。村の入り口まで逃げたはるが救いを求めたところへ、長野雅一郎・大木戸九兵衛・井田小多右衛門が駆けこんできた。 [登場人物]
桜の里(九)
 翌朝、雨は上がった。牧野郷の人びとは、町から来た銭屋の使者たちに毬・葛太郎・繭の三人を託した。別れを惜しむ人びとの後ろで、牧野屋敷の跡地では、昨夜来の雨で満開になった桜がいっぱいにひたむきに咲いていた。「桜の里」篇完結。 [登場人物]
「桜の里」篇のあとがき

町に集う人びと(一)上
 藤野の美那が牧野郷に出発した日、池原弦三郎は同僚の大松十四郎に呼ばれて小森健嘉の屋敷に出かける。小森屋敷には同世代の若い武士たちが集まっていた。弦三郎はその雰囲気になかなかなじむことができない。そのころ、市場町では、水鶏屋のさとがその弦三郎との対面に心を浮き立たせていた。 [登場人物]
町に集う人びと(一)中
 弦三郎と水鶏屋のさとは世親寺で会う約束をしていた。さとは、鋳物屋のみやといっしょに駒鳥屋のあざみから藤野の美那の昔の話を聞いてから、世親寺へと出かける。弦三郎は、小森健嘉に藤野の美那との関係をからかわれたうえ、柿原忠佑にまつわる噂が市場に漏れていないかをしつこく問いただされていた。弦三郎は、早く小森屋敷を退出しないとさとを待たせることになると焦る。 [登場人物]
町に集う人びと(一)下
 みやが知り合った娘は井澄村の松と言った。みやとあざみは藤野屋の店先で葛餅を食べながらその身の上をきく。松は、昨日の夜、慌ただしく名主の家に養女に迎えられたらしい。同じころ、さとは世親寺の塔の下に腰掛けながら、弦三郎を待っていた。弦三郎はなかなか現れず、日暮れが近づいてくる……。 [登場人物]
町に集う人びと(二)1.
 それから三日が経ち、前日の雨が上がった朝、あざみは母のおよしと牧野郷についての噂の話をしている。牧野郷の方角に狐火が見えたこと、その牧野郷で何か変事があり、逃げ出してきた村人が中原村の名主を襲って殺したらしいことなどだ。その噂は小森式部大夫健嘉の屋敷にも伝わっていた。事件の処理に困って機嫌を損ねた健嘉に、池原弦三郎は呼び出される。 [登場人物]
町に集う人びと(二)2.
 その日、市場にはいち早く噂が広がる。牧野郷に取り立てに行っていた銭屋の使者が大勢の人質を連れて市場に帰って来るというのだ。市場の者たちは、その人質を見ようと早瀬川の岸に集まっている。その一行のなかに隣家の娘 藤野の美那が交じっているのを知っている駒鳥屋のあざみとおよしは心配する。そこへ、裏から広沢の葛太郎という男の子が訪ねてきたという知らせがあった。 [登場人物]
町に集う人びと(二)3.
 市場に飯を食いに来た木村範利はサッパの酢漬けを食い過ぎて動けなくなる。その範利に市場の銭貸しがなぜこの時期に牧野郷に取り立てに行ったかを訊かれた野嶋当四郎は、徳政の噂を否定し、それには「歳幣」が関係しているという推測を述べる。「歳幣」とは、「牧野の乱」平定に協力した見返りに、巣山代官の柴山康豊が春野定範に求めた毎年の金銭授与のことだった。 [登場人物]
町に集う人びと(二)4.
 柿原屋敷に逃げこんだ長野雅一郎・村西兵庫助ら四人は、ようやく柿原範忠に事情を理解してもらえ、その手下として働くことを許される。同じころ、池原弦三郎は水鶏屋のさとの思い出を振り切れないでいた。そのさとは、藤野屋に美那を訪ね、弦三郎への想いをあきらめることを告げていた。 [登場人物]
町に集う人びと(二)5.
 鋳物屋のみやは井澄村の松といっしょにイカを焼いてもらって食っている。松はまだ町に慣れないらしい。そんな松に、みやは、自分もさとやさわも同じ巣山郡の出身だと語って聞かせる。また、みやは、市場町でうまく過ごしていくには「気にしないことと忘れること」がたいせつだとまつを諭すのだった。 [登場人物]
仕事の話(一)上
 朝――藤野の美那が都堰の上まで水を汲みに行く。それに広沢の葛太郎もついてきていた。葛太郎は、藤野屋で暮らす以上、仕事をしなければいけないと言われたのを気にしているのだ。美那はその葛太郎に市場町で働くことの意味を話して聞かせる。その二人を、榎谷の志穂と、その仲間らしい左助という男が見ていた。 [登場人物]
仕事の話(一)中
 牧野郷に取り立てに行った使者の藤野の美那・鍋屋の隆文・銭屋(本寺)のさわの三人が、銭屋の主人たちを前に報告を行う。隆文は村人たちの有利になるように適当に話を変えて伝える。それに気づいた藤野の美那は気が気でない。 [登場人物]
仕事の話(一)下
 福聚(ふくじゅ)院で牧野郷への借銭の減免について銭屋たちの議論がつづいているころ、市場の藤野屋では、牧野郷から人質として連れてこられた広沢の葛太郎が、店の使用人頭の橿助に「仕事をさせてくれ」としつこくせがむ。葛太郎との言い争いに気を取られた橿助は、知らないうちに葛湯を煮る鍋を吹かしそうになってしまう。 [登場人物]
仕事の話(二)上
 福聚院の寄合で自分の意見を言わなかった銭貸しの笹丞はずいぶん遅れて自分の家に帰ってきた。笹丞の妻 利穂 は、その日のうちに取り立てに出かけるために食事の支度をする。それを見ていた笹丞は、揃えて置いてあった証文の束を持ってどこかへ出て行ってしまう。その笹丞の名を名のる者が柿原屋敷に現れた。 [登場人物]
仕事の話(二)下
 藤野屋に預かられていた広沢の繭は、駒鳥屋のあざみに連れられて宿屋の水鶏(くいな)屋に来ていた。水鶏屋の主人 玉枝 はあざみと繭の前で美那のことを悪く言ったあと、藤野屋の葛餅がなくなると自分の店は困ると言う。その藤野屋では、葛太郎が橿助を怒らせた件の後始末について美那と薫が話し合っていた。 [登場人物]
仕事の話(三)上
 村西兵庫助らは、柿原屋敷内の長屋の床に寝そべりながら、柿原家の内情について語り合っていた。そこに屋敷の用人の大松彰立に伴われてやって来たのは銭貸しの笹丞だった。彰立は村西らに笹丞の借銭取り立てについていくように言う。笹丞らは彰立に促されるままに取り立てに出かける――市場町で笹丞の妻 利穂が夫の行方を捜しているというのに。 [登場人物]
仕事の話(三)下
 響の宿で食事をしていた銭貸しの小琴・小綾姉妹に、安濃社の神に仕える娘 榎谷の志穂が話しかけてくる。志穂は、二人との雑談のなかで、ライバル業者集団の柿原党が銭の三郡外への搬出の準備を整えているらしいと話す。二人から銭を預かって町へ向かう志穂は、異様な武士の一群と出会い、何かいやな予感を感じるのだった。 [登場人物]
仕事の話(四)上
 日は暮れかけていた。市場の銭屋たちは、行方不明になった仲間の笹丞(ささのじょう)の身を案じて、笹上の家に集まっていた。手を尽くして探してみても手がかりがない。そこに榎谷の志穂に支えられて板屋の小助という初老の男が訪れてきた。小助は笹丞が乱暴な男どもといっしょに娘の久恵(くえ)を連れて行ったと言い、銭屋たちに娘を返すよう迫る。 [登場人物]
仕事の話(四)中
 元塚衛友は響の宿の南藤俊三郎の家に泊まって、何か考えごとをしていた。そこへ長野雅継(雅一郎)と笹丞らの一行が訪ねてくる。衛友が銭を出して笹丞らを泊めてやることにした。その夜、酒の席で、笹丞は衛友に向かって、都に出て天下の政道を正すという大きな夢を語る。 [登場人物]
仕事の話(四)下
 その衛友と雅継と笹丞の話が伝わってくる部屋で、村西兵庫助ら三人は、牧野郷の思い出を語り、広沢の毬のことに思いを馳せている。同じ夜、市場の藤野屋では、その毬といっしょに市場に来た葛太郎が店の作業場に忍びこんでいた。「あいつは毬に恥をかかせたんだ」と繰り返していた葛太郎は、葛餅の箱にふと目を留める。 [登場人物]
仕事の話(五)[新規]
 翌朝、美那は土間で眠りこけている葛太郎を見つける。美那と薫は、使用人頭の橿助を呼び、隣家の駒鳥屋のあざみを交えて、葛太郎にどうして売り物の葛餅を食べ散らかしたのかを問いただす。葛太郎は、自分のやったことを詫び、前日、橿助が怒りにまかせて毬にまで暴言を吐いたのが許せなかったと説明した。 [登場人物]