その男が来たら話が長いのを知っているので、あざみはあまり相手をしたくなかった。しかも品物を買ってくれるならいいのだけれど、もちろんこの男が藍染めの布なんか買ってくれるわけがない。母親を呼んだのは、その男の相手をかわってもらうためだ。およしならば、あまりしつこい客は大声を立ててでも追い払うだけの気の強さがある。あざみには残念ながらそれはできない。
その男――というのは小社裏の
「わたしは見損なったですよ」
勘六がおよしを相手にぼやいている。
「いえ、けっしてあんたの店のことを言ってるんじゃないよ」
「じゃ、だれのことなんでしょう?」
およしが穏当な声で問い返す。
「町の銭屋の連中ですよ」
勘六の声はいつもより甲高かった。
「そうだよ。あいつら、牧野郷に取り立てのために手先を送ったらしい」
そっと立ち上がって奥に引っこむつもりだったあざみが、その話を聞いて立つのをやめて座りなおす。
「それは何日も前から聞いて知ってるけど?」
およしはききかえした。
「それがですよ」
勘六の声は熱を帯びてきた。
「よりによって人質を取って帰ってきたって言うじゃないですか! それも何十人とか百人とか」
「えっ?」
あざみが声を立てるのを、およしがわざわざ目配せして黙らせる。
「人質ですって?」
「そうよ」
勘六の声はますます高くなる。
「銭貸しは銭貸しでも市場の銭貸しだ、柿原ごときとは違うって、わたしは思ってきたんだよ。牧野といえば、まえの牧野様のぎきょからずっと、あの城館に目をつけられて食うや食わずの暮らしを強いられている村でしょ? わたしら市場の者はその牧野の村の者らをずっと支えてやってきたはずだよ。それを、貸し銭の取り立てに行って、で、人質を取って帰ってくるなんて! それじゃやり方があんまりだ、やってることが柿原と変わらないじゃないか、ってね、わたしは怒ってるんですよ」
あざみが心配そうに横からおよしの顔をちょっと見て、で、勘六に聞く。
「それはほんとうのこと?」
「ああ」
勘六は少し得意そうに答えた。
「市場中の噂になって、その牧野の人質っていうのを見ようって、みんな集まってますよ、早瀬川の橋のところに」
「見ようって……」
およしがあきれたような声を立てる。
「さらしものみたいに」
「違いますよ!」
勘六は勢いよく言い返した。
「牧野の者と言えば、あの牧野様のぎきょのことをよく知っているはずだっていうんで、みんなその話を聞きに集まってるんです。それと、こんどの銭屋の非道のこともその人質連中に聞いて、もし銭屋の非道がわかったら、みんなで銭屋の倉を打ちこわしに行くって相談もしてるんですよ」
「そんなことされたら困るわよ」
およしが子どもをたしなめるように言う。
「困る? どうして?」
「わたしたち店持ちの商売はね、銭貸しに銭を借りないとやっていけないの。儲けが出ると銭屋衆に預かってもらってね、で、銭が足りなくなると借りに行く、それの繰り返しなんだから」
「はぇ……?」
勘六は仕組みがよくわからないらしい。およしはつづけた。
「だから銭貸しの倉破りなんかされたらわたしたちが困るの。だいたい町の銭貸しが倉破りをされたら、銭が足りないときにどこから借りればいいの? まさか柿原党に借りろなんて言うんじゃないでしょうね?」
「まっ……まさかまさか。倉破りなんて」
勘六は、自分が柿原の手先扱いされたと思ったのか、あわてふためいた。
「ことばのあやですよ。まさかそんなことをほんとに考えてるなんて」
勘六はあいまいに笑った。
あやしいものだと思う。牧野郷からぞろぞろ人質を連れて銭屋の使者が帰ってきたりしたら、ほんとうに町の荒くれた連中は銭屋の倉に打ち
それも困ったことだけれども、もっと気になるのは、その銭屋の使者に隣の藤野屋の娘やその友だちの娘が交じっているということだ。
「ねえ、勘六さん」
およしが諭すように言った。
「銭屋衆が人質を連れてくることなんかいつものことでしょう? だって銭米を貸すときにそういう約束をしてるんだから」
「だからね、駒鳥屋さん!」
勘六が言い返したがさっきほどの勢いはない。
「ほかの村や町の屋敷から人質を引っぱってくるのはべつにいいんですよ。ほかならぬ牧野の村から引っぱってくるっていうのが許せないんです。しかも、牧野の村っていうと、ほら、この前の雨の夜に狐火の怪異があったところじゃないですか。なにか不吉なことが起こらなければってわたしは思ってるんですけどね」
勘六はそれだけ言うとふいっと店先から姿を消してしまった。たぶん、別の店に同じ愚痴を並べに行くか、それとも早瀬川の橋のところまで人質の見物に行くかだろう。
「人質って……?」
勘六が去ってからあざみはおよしの顔を見上げた。
「さあ」
およしも心配そうに言う。
「あの美那ちゃんと、浅梨さまのお弟子でしょう? そんなひどいことをするとは思わないけど」
「さわちゃんだってそんなことしないよ」
「何かのまちがいじゃないかと思うんだけど」
「わたし、聞いてこようか?」
「いい」
心配顔でいったあざみに、およしは一言で言い返した。
あざみはくすっと笑う。およしは無愛想な声でつづけた。
「いまあんたを表に出すと夜まで帰ってこないでしょう? それに、
「水鶏屋さんのおかみさん、怖かったねぇ」
と何か嬉しげに言ってから、あざみは
「でもこないだのは特別だよ。お母さんも知ってるでしょ?」
と不服そうに言い返す。
「おさとちゃんは
「まあこのあいだのことはべつにして……あんたもそろそろ遊んでていい年ごろではなくなったんだから」
何か最初の心配ごとと話が違ってきている。そこに、店の品の倉への出し入れを指図していた使用人たちの二番頭の
「あの?」
「何?」
およしは振り向いた。
「あ、何かわからないことがあったらいま行くから」
「いえ、そうじゃなくて……」
二番頭相介は少し言い淀んだ。
「男の子が……いや、男が裏の塀を乗り越えて倉の庭に入ってきて、おかみさんとお嬢さんにお会いしたいって」
「何?」
「いたずらなら棒で叩いて追い返すんですが、およし様とあざみ様にお会いしたいって詰まりもしないではっきり言うもので」
母子は顔を見合わせる。
「あの、相介さん」
あざみがきいた。
「男の子? それとも男の人?」
「それがよくわからなくて」
相介は正直に言った。
「身なりは
「それがわたしたちに会いたいって?」
「はい」
およしが聞くのに、相介は身をかがめて答えた。
「なんでもお隣の藤野屋さんのお美那さんのお使いだとか」
母子はもういちど顔を見合わせた。およしが相介に
「で、その男の子とか男の人とか、名まえは名のってるの?」
「はい。なんでも、広沢の
「いえ」
およしは答えた。あざみも
「お美那ちゃんの知ってるなかにそんな名まえの子はいないはずだけど」
とつけ足す。
「やっぱり追い返しましょうか?」
相介はおよしの返事をうかがう。
「いいえ、会うからわたしの部屋に連れてきて」
「はい」
「自分の名まえをきちんと名のっている以上、べつに悪い下心もないでしょう」
で、立って、上がり框を下り、相介の後ろについて店の奥へ行く。
行きかけて
「あざみ、あんたも来なさい」
と言ったのは、あざみを店の表に一人にしておくと、また遊びに行ってしまうとでも心配したからだろう。
「言われなくても行くよ」
そんな気もちがきちんと伝わったからか、あざみは不平声で言い、そのおよしのあとについて店の奥に入って行った。
池原弦三郎は木村
控えの間に戻ってみると、部屋に残っていたのは範利だけだった。ほかの若者衆は、自分の家に中食を食いに帰ったり、屋敷の
大炊助範利は、自分の屋敷にも戻らず、賄い部屋にも行かず、控えの間で書見しているあいだに一人取り残されてしまったらしい。
「だいたいだな」
と歩きながら、木村範利はあの平坦な声で言った。
ただ、あの平坦な声を立て、右にも左にも崩れない座りかたでずっと座っている範利に似合わず、歩きかたは右左に体を揺らして何か様になっていない。
「だいたい中食などというのは野山で働く百姓衆が仕事で疲れるから朝飯と夕飯のあいだに力を持たせるために食うものだ。公卿だの武士だのいった者がそんな風に染まってはいかんと思わないか」
「ああ」
弦三郎はあいまいに返事した。
「そうかも知れないが」
弦三郎は、村では、野山で働いている者たちが満足な中食を食っているところなんか見たことがない。
「町に出てきてからというもの、中食を食うことで身が慣れてしまったからな」
「そんなことでは、
範利はまじめな顔で言った。
「おれはいつでも中食を抜くことぐらいできる。平気だ」
――ということは、いつもは中食を食っているということではないか。
弦三郎はそう思ったけれど、もちろん声に出しては言わない。
いま下屋敷町を二人で歩いているのも、範利が市場町で中食に何か旨いものを食いたいから案内しろと弦三郎に言ったからだ。弦三郎は市場町に住んでいるのだから、旨いものを食わせる店ぐらい知っているだろうという言い分だった。
弦三郎は、一人でいるときには蕎麦の実をふかしたのに湯をかけて食うぐらいだ。例の勘六がどこからか菜っぱや漬け物を持ってきたときには、勘六に麦や蕎麦を分けてやるかわりにその菜や漬け物を分けてもらって、二人で食ったりもする。ときには
だから、市場のどこかの店で食い物を買って食ったことは、じつは弦三郎はほとんどない。
「それより先ほどのことだが」
範利は顔を上げてつづけた。
「先ほどの?」
「ああ、忘れやすいたちだなおまえは」
弦三郎を
「
「ああ」
弦三郎はやや目を伏せて歩く。
「気にするな」
範利はことさらに顔を上のほうに向けて言った。
「根も葉もない噂を流したわけではない、ちゃんと根拠のあることだ」
で、横を向いて弦三郎を見る。
「われらは越後守様に仕えているのであって、小森様に仕えているわけではない。越後守様の前では小森様もわれらも同じ家臣だ。だから、われらが何を話していようと、小森様に指図を受けるいわれはない」
そう朗々と言って
「違うか」
とつけ加える。
「……そうだな」
弦三郎はあたりまえのことのように答えた。
道は下屋敷町を抜け、早瀬川沿いに出た。弦三郎は足を止めた。
「何かあったのかな?」
「何か、とは何だ?」
川の向こう側の市場の岸に人が集まって、がやがや騒ぎながらこちらを見ている。弦三郎と範利が出てきたのを見て手を上げて指さし、わっと騒いで、またしずまる輩もいた。
「どうしてこんなに人が集まってるんだ?」
「市場なんだからこんなものではないのか?」
範利が平然と言い、橋のほうへ川沿いに歩き出す。弦三郎は追いつき、範利と肩を並べた。
「市場は確かに人が多いしざわついているけど、川沿いにこんなにひとが出てるなんてそうあることじゃない。何かあったかな?」
「ふぅん」
範利は気にしなかった。
「まあ何か飯を食って帰るだけなんだからたいして関わりはなかろう」
言って平気で橋を渡りかける。弦三郎は何か不安に感じながら後について橋にかかった。
「おっ、兄貴!」
橋の向こうで呼びかける声がした。弦三郎は顔を上げた。
「当四郎!」
範利がいっしょのときにあまり会いたい相手ではない。でも当四郎はかまわず、粗末だが派手な着物をまた派手に着崩したままばたばたと橋の上に駆けてくる。
範利が足を止めて不審そうな顔で弦三郎の顔を見た。
「こちらはご同僚の方?」
範利が声を立てる前に当四郎がきく。
「……あ、ああ」
弦三郎の声が少し遅れたのは、このぞんざいな従弟の口から「ご同僚」などというごていねいなことばが出てくるとは思わなかったからだ。
「木村大炊助範利と申す。お見知りおきを」
範利はていねいにあいさつを返した。当四郎は、身なりのだらしなさに似ず、きちんと範利に頭を下げた。
「いえ、兄がお世話になっております。私は従弟の野嶋当四郎と申します」
「野嶋というと」
範利があの平坦で高慢な――町で聞くとあのしゃべり方がほんとうに高慢に聞こえるのに弦三郎は気づく――声で言う。弦三郎は当四郎が怒り出すのではないかと気を揉んだ。
「竹井の野嶋郷の出ではないか?」
「そのとおりで。兄の知次郎が野嶋郷の名主を務め、城館様にはいつもお世話になっております。それはそうと、城館のお方がお出でとは、何かのお改めで?」
「いや、市場で何か旨いものを食わせてもらえまいかと思ってな、おまえの兄に案内を頼んだところだ」
「当四郎」
弦三郎が口をはさむ。
「おれはまだあんまり市場の店を知らないんだ。おまえ、案内してくれるか?」
当四郎は少し思案した。
「海の魚でよろしいんなら、けちな店は知ってますが、それでよろしいので?」
「海の魚はいいが、けちなのは困る」
範利があいかわらず平坦な声で高慢に言う。当四郎は目を細め頬をいっぱいに盛り上げて笑って見せた。
「まあまあそうおっしゃらず。こんな市場のことで限りはありますが、できるだけ豪勢にと頼んでみますから」
「じゃあ……そう願おうか」
「はい、かしこまりました。ご案内いたします」
言うと、当四郎は先頭に立って大股で歩き出した。範利が慌てて後ろを追う。
その後ろに続く弦三郎に、当四郎は片目と頬をくしゃっとして何かの目配せをした。だが、それが何を意味するのか、弦三郎にはわからず、当四郎と範利がずんずん進んでいくのに慌ててついて行った。
藤野屋の裏の間に何人もの人が集まっていた。
まず、この家の女主人の藤野屋の薫と、その養女の美那。隣家の妻の駒鳥屋のおよしと、その娘のあざみ。それから、塀を乗り越えて入ってきた男だか男の子だかの広沢の葛太郎、その姉らしい広沢の
葛太郎は最初に駒鳥屋に駆けこんだのだけれど、駒鳥屋の奥の間は仕事でふさがっていたし、葛太郎を送ったのは藤野屋の美那だったこともあって、会合の場所が藤野屋の裏の間に変えられたのだ。
薫とおよしと美那とあざみとおさわと橿助と相介とでまず毬の傷の手当てをした。傷を冷やし、
それで毬は頬やら手やら足やらをぐるぐる巻きになり、かえって痛々しく見えるようになってしまったけれど、そんなのでも毬はきちんとお行儀よく座っている。
「こんなことになってしまって申しわけない」
最初に銭屋の元資が薫やおよしや店の者たちに頭を下げた。
藤野屋の薫は落ち着いて笑顔でいて、何も言わない。かわって隣のおよしがたずねた。
「いったいどういうことなんです? 裏の荒れ地から入ってくるなんて」
「それが……」
元資が苦笑いする。
「この連中が牧野から人質を取ったっていうのがまたたくうちに噂になってしまって」
「その噂は朝から何度も聞いたけど」
およしがふしぎそうに言う。
「人質なんかいないじゃない? あれはうそだったわけ?」
「いや、そういうわけでもなく」
元資が途中でことばを止める。子どもたち三人が顔を見合わせた。
毬の目に送り出されるようにして、広沢葛太郎が膝を滑らせて座のまん中に出る。およしと薫のほうを向いた。
「われら兄妹三人が牧野・森沢両郷よりの人質でございます。なにとぞよろしくお願い申し上げます」
「なあんだ」
あざみが言う。
「わたしたち、人質を連れてくるって言うから、柿原党みたいにぞろぞろ人を引っ立ててくるのかと思っちゃった。ああ、力抜けた」
「力抜けたって、あんた何かに力入れたことあるの?」
およしがすかさず言う。聞いて美那とさわが笑ったので、あざみはふくれてその二人を横目でにらんだ。聞いて繭がいっしょに笑いかけ、葛太郎に
「これっ!」
と小声で怒られる。
「ともかくです」
元資が話をつづける。
「私どもは、今朝、この隆文からの知らせでこの件を知ったわけですが、この隆文のやつが人質を取ったことを市場で
「そんな言いかたすることあるまい」
名指しされた隆文が、居心地悪そうに、それでも大声を上げる。
「おれは、何年分も溜まっている借銭借米を無理やり取り立てるかわりに、それをぜんぶほうっておいて、この三人を人質にするということでものごと穏便に丸めたんだぞ。それを大きい話にしてしまったのはおまえらだろうが」
「ほらまたそうやって騒動のもとを人に押しつける」
さわが隆文のほうも見ないで平然と言った。隆文は不機嫌そうに口を閉じてさわを横目でにらむ。
「だからと言って銭屋衆のあいだで人質人質と何度も何度も繰り返すことはなかったな」
元資に落ち着いて言われ、隆文は言い返そうとはしたが、けっきょく黙っていた。
「まあそんなことで大騒ぎになってしまったので、慌てて船を手配してご使者のお美那さんとこの隆文と私の店のさわと、それから人質のこの三人を船に乗せて荒井河原に着け、そこから荒れ地に分け入ってここへ入ってきたわけです。なにしろ早瀬川のほうは人垣ができてますからね」
「倉方に打ち毀しをかけるっていきまいてるひともいるよ」
あざみが他人ごとのように言う。元資は頷いた。
「いずれ人質はこの三人だって明かさなければいけないでしょう。倉方にしても牧野の事情はわかるけれど、牧野郷だけ貸し金を帳消しにするわけにもいかない。それに倉方の全部があの義挙以来の情誼に感じているとも限らないのです。何かいい策を話し合って決めなければいけない。そのあいだの人質ってわけですよ」
「あの」
と気後れがちに葛太郎が口をはさみ、ちょっと毬のほうをうかがう。
毬は何の合図もしない。かわりに美那が小さく頷いてやる。葛太郎は口を開いた。
「牧野・森沢両郷の中橋様も安総さんも、村長の方がたも、言って、いや、申しておられました。その、牧野郷森沢郷の者たちは村をよいところにしようと懸命に働いている、その思い、その働きを力づけるようにお取りはからい願いたいと」
そう言って、葛太郎はかわいい
元資も葛太郎にこう言われると笑顔で
「ああ……はい」
とでも言うしかない。まわりの者がいっせいに笑った。
「ところで」
その笑いが収まったところで美那が切り出す。
「この人質の三人、うちで預かるって言って連れてきちゃったんだけど」
で、すこし心配そうに薫の顔をうかがった。
「どう、おかみさん」
「もちろんかまいませんよ」
薫が言った。
「ただし、繭さんはべつにして、毬さんと葛太郎さんには働いていただきますよ。もう大人なんですから。もちろん、毬さんはけががちゃんと治ってからだけど」
「働く?」
葛太郎が驚いたように言う。毬と葛太郎は顔を見合わせた。
「おれたち、働くんですか?」
「だいじょうぶよ」
あざみが言った。
「そんなきつい仕事をやれなんて言われないから。お店のお手伝いをすればいいの、少しだけ」
「まああんたなんかほんの少ししかお手伝いしないで、ずっと遊んでるんだから」
およしがあざみに言う。
「してるじゃないの! 今日だって店開けたのわたしなのに……」
あざみが拗ねる。およしはすまして
「だからぜんぜんしてないとは言ってないじゃないの!」
「もう……」
あざみは不機嫌に黙ってしまった。
「わたしのところは前にも増してにぎやかになりますね」
こんどは薫が言う。美那が
「前にも増してって何ですか? わたし一人でにぎやかだったってこと?」
「にぎやかというよりけたたましいでしょう?」
「けたたましいって……」
薫にそこまで言われるとは思っていなかったのか、美那は継ぐことばを見つけられないでいる。拗ねていたあざみが見てくすくす笑う。
「わたしの店にいてこのお姉さんが何を言われるか見ていなさい」
薫は美那は見ないで三人の人質たちに話しかけた。
「きっとこのお姉さんより立派な大人になれるから」
あざみが笑い出しかけ、美那はむくれようとする。だが、その前に、薫が目を細めてその美那の顔をちらっと見た。
美那は短く息を飲んだ。そして、落ち着いた笑顔を作って、口の端を引き、品よく笑って毬と葛太郎と繭のほうに向いて、小さく頷いてみせる。
あざみは、たぶん、笑いかけて大笑いしないところで止めて、よかったのだろう――そう自分で思った。