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DRUG QUEEN ALICE - ACID SOUND and ALICE
 サイケの国のジョン・レノンセンス
 “ジョン・レノンセンス”とは高橋康也氏の造語だが、この造語はホントに素晴らしく鋭くて、ジョン・レノンによる作詞や文章の中にはたくさんの“ノンセンス”が詰め込まれている。ジョンの言葉遊びやいたずらっぽいユーモアに影響を与えたのは、ルイス・キャロルと、ノンセンス詩人であり画家であるエドワード・リア(1812-1888)だと言われているが、このことはアリス・ファンやビートルズ・ファンはすでに知っているだろう有名な話。幼少時代のジョンはふたつのアリス物語に夢中で、ノンセンス詩ジャバウォッキーをまねた詩を書いたり、ウィリアム父さんになったつもりでいたという。7歳の頃に書いた手作りの絵本『スポットライト・オン・スポーツ、スピード・アンド・イラストレーション』には「アリス」のキャラクターを描いたページがある。本家ジョン・テニエルの挿絵とディズニー映画のアニメーションのイメージが強く出ているイラストだ。1980年のインタビューでは、子どものために『不思議の国のアリス』のような本を書きたいと思っているとの発言もあり、ジョンがキャロルをリスペクトしていたことはもう間違いない。そして、その影響はビートルズの曲にも見られる。
 ここでは、特にアリスの世界な「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」と「アイ・アム・ザ・ウォルラス」が収録されている2枚のアルバムを紹介。どちらもサイケ時代のレコードなのだ。
 THE BEATLES「LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS」
 アルバム『SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』/1967年/作詞・作曲 Lennon-McCartney /ヴォーカル John Lennon
『SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』

Lewis Carroll
 まずは、左の画像を見てほしい。これは「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」が収録されているアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のジャケットだが、この中にキャロルがいるのだ! 下の画像はキャロルの顔部分を拡大したもの。このジャケは、ビートルズのメンバーが好きな有名人をコラージュしたもので、「アリス」関連でいえば、パラマウントの映画『Alice in Wonderland』(1933/アメリカ)でハンプティ・ダンプティを演じたW.C.フィールズの顔も。探してみるとおもしろいので、機会があればぜひ実物を見てください。
 ビートルズがデビューして4年目のアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は1967年に発売された。サイケな時代に生まれた、英国サイケ・ロックの金字塔アルバム。このアルバムが起爆剤となり、世の中はますますサイケ色強く、ロック界にはコンセプト・アルバムという新しい作品形式が続々と生まれる。とはいえ、ジョンは後年のインタビューで「あれはコンセプト・アルバムなんかじゃない」と言っていたらしいけど。
 ま、それはともかく、アルバムA面3曲目の「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」は、どこがどう、アリスなのか。

 Picture yourself in a boat on a river,      想像してごらん 川に浮かぶボートに乗っている自分、
 With tangerine trees and marmalade skies   オレンジの木々のなか、マーマレードの空の下

 歌詞の冒頭から、キャロルやアリスたちが川遊びをしている風景、そう、あの7月4日の“金色の昼下がり”を思い描かずにはいられない。あの日、「アリス」の物語が生まれたように、この曲の歌詞も川遊びから始まるのだろう。アリスが不思議の世界の入り口であるウサギ穴に落ちたとき、最初に手にしたものはオレンジ・マーマレードの瓶だった。現実での「アリス」の物語の始まり、物語でのアリスの冒険の始まり。始まりがふたつ用意されている。
 そして、「Somebody calls you」―― 呼ばれたあなたが迷い込んだのは、

 Cellophane flowers of yellow and green,        黄色と緑のセロファンの花が
 Towering over your head.             あなたの頭上高くそびえ立っている
 Everyone smiles as you drift past the flowers    花たちの間をさまよえば、みんながあなたに微笑みかける

 『鏡の国のアリス』のおしゃべりする花のように、生きている花たちのいる不思議の国。この曲中に登場する人物(一部車)を歌詞から順番に見ていくと、“A girl with caleidoscope eyes (万華鏡の瞳の女の子)”、“Lucy (ルーシー)”、“Newspaper taxis appear on the shore (岸辺に現れた新聞紙でできたタクシー)”、“plasticine porters with looking glass ties (鏡のタイをした粘土細工のポーター)”が挙げられる。
 “新聞紙でできたタクシー”からは、紙でできたもの=『鏡の国』の汽車の乗客のひとり、紙でできた服を着た紳士を連想してしまう。それは「Picture yourself on a train in a station, With plasticine porters with looking glass ties, (鏡のタイをした粘土細工のポーターのいる駅から汽車に乗る自分を想像してごらん)」というくだりからも。“鏡のタイ”というのも、いかにも『鏡の国』やハンプティ・ダンプティをモチーフにしていそうだ。
 よくわからないのは、“万華鏡の瞳の女の子”と“ルーシー”と“あなた=(自分)”。キャロルの物語では、アリスを不思議の国へ誘ったのは白うさぎや鏡であり、誘われたのはアリス。この曲の中で不思議の国へ誘うのは“万華鏡の瞳の女の子”であり、誘われるのは“あなた”。じゃ、“ルーシー”って?
 この曲に登場する女の子は“万華鏡の瞳の女の子”と“ルーシー”で、これって同一人物のような気がするんだよなー。「Look for the girl with the sun in her eyes, And she's gone. Lucy in the sky with diamonds.」って流れから。ただ、不思議の国の少女といえばやっぱりアリスなわけで、そうすると、“ルーシー”はいわゆるアリス的な存在ともいえる。でも不思議の国に迷い込んだのはアリスであり、そして呼びかけられた“あなた”だから、“ルーシー”と“あなた”も同一人物…??? うひゃー、ちんぷんかんぷんだ。白うさぎが法廷で読み上げる証拠の手紙のように、アリスがたびたび陥るアイデンティティの崩壊のように、とまで言ったら深読みか? わけがわからないところも、いかにもアリスチックということで、とりあえず逃げる。

 歌詞はアリスっぽい要素と万華鏡やセロファンの花など、アシッド・ドリームのようにカラフルなイメージが濃厚で、音はタンブーラの使用もあってインドっぽく、ジョンのヴォーカルも粘ぁっこく音に絡みついていて、まさにサイケデリック〜な世界。歪んだ色や音が心地よいのぁ〜。
 曲のタイトルの頭文字がLSD(LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS)になるから云々という話も有名だが、これはジョンの言葉遊び好きを考えればフツーに納得してしまう。LSDをキメてつくったとか、いやいや、ジョンの息子ジュリアンのイラストからヒントを得てつくったんだとかいろいろあるようだけど。どっちにしても、こういう言葉遊びはおもしろくてイイ!
 THE BEATLES「I AM THE WALRUS」
 アルバム『MAGICAL MYSTERY TOUR』/1967年/作詞・作曲 Lennon-McCartney /ヴォーカル John Lennon
『MAGICAL MYSTERY TOUR』
 お次は「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」よりも元ネタがわかりやすい「アイ・アム・ザ・ウォルラス」。タイトルからおわかりのとーり、『鏡の国のアリス』でトゥイードルダムとトゥイードルディーが暗唱してくれたノンセンス詩「セイウチと大工」からインスパイアされた曲なのだ。この曲は、1967年12月に放映された、テーマもストーリーもないTV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』に挿入されていて、同タイトルのアルバムA面6曲目に収録されている。見えづらいけど左のジャケット画像の左右に手を広げている茶色いかぶりものがセイウチで、中に入っているのはジョン。映画ではポールがセイウチをかぶっているそうだけど未確認です。
 さて、ドラッグとビートルズの結びつきを考えるときにはずせないといわれるこの一枚。ジャケットも色とりどりの星で賑やかだわ。そのジャケにもなっているセイウチの歌とはどんな曲なんでしょーか。
 始まりは、こんなふう。

 I am he as you are he as you are me and we are all together.   私は彼、あなたは彼、あなたは私、私たちはひとつだ

 「I am he as you are he as you are me」とはまた、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」でもふれた『不思議の国のアリス』で白うさぎが読み上げる証拠っぽいフレーズにも思える。「we are all together」に続くための前フリってだけかもしれないけど。意味があるようで、ないような。ジョンのつくったノンセンスの傑作といわれるこの曲、歌い出しから混乱させられる。

 See how they run like pigs from a gun see how they fly,    銃から飛び出すブタみたいに走ってくヤツらを見なよ、
                             飛んでるのを見なよ

 「この世には不思議なことが起こりかねない」なんて意味で“Pigs might fly”という諺があるようだが、『不思議の国〜』でも公爵夫人の家から連れ出した赤ちゃんが、いつのまにかアリスの腕の中でブタに変わってしまっていたっけ。
 そしてこのフレーズ、「ルーシー〜」で歌われているアリスのことかもしれないお空のルーシーちゃんになって再び繰り返される。

 See how they fly like Lucy in the Sky - see how they run   空のルーシーのようにヤツらが飛んでるのを見なよ、
                              走っているのを見なよ

 “ルーシー”以外にも、「アリス」からヒントを得た登場人物を見つけることができる。まず、タイトルにもある“the walrus (セイウチ)”。“the eggman (卵男)”は、「アリス」にも登場するマザーグースのハンプティ・ダンプティかな。そして、こじつけかもしれないが、“your face grow long (顔を長くした)”少年は、マッシュルームで首がニョロニョロと伸びたアリスってところか。ドラッグで絡めると、その幻覚ともとれる。なるほど、自分の幻覚はさておき「you been a naughty boy」なわけだ。“fishwife (魚の夫人)”なんかも、魚の召使いのような顔した奥さまを想像してしまわない?
 これらのアリスっぽい登場人物もそうだが、「if the sun don't come, you get a tan from standing in the English rain (陽が出なかったら、英国の雨ん中立って日焼けしな)」のような不条理な表現や、「Teashirt」などのかばん語も見られ、内容はともかくキャロルの影響は大きいと思う。ちなみに、かばん語とはハンプティ・ダンプティが、ノンセンス詩「ジャバウォッキー」の解説で用いているが、これはキャロルの造語で「ひとつの言葉の中にふたつの意味が詰め込まれている」から鞄ということで、かばん語という。

 ところで、セイウチとは誰のこと…?
 ビートルズ・ファンの間でも取り沙汰されることが多いようだが、『ザ・ビートルズ(The Beatles通称:ホワイトアルバム)』(1968)のA面3曲目「グラス・オニオン (GLASS ONION)」では、“The walrus was Paul”と歌っていたジョンだが、『ジョンの魂 (JOHN LENNON/PLASTIC ONO BAND)』(1970)のB面4曲目「ゴッド (God)」では、“I was the walrus, but now I'm John”と。それについて、1970年12月8日のローリング・ストーン・インタビューでジョンは「セイウチはゴリゴリの資本主義者で、牡蠣を全部食べちゃうんだよ」と言った。ジョンにとっては、セイウチは大工よりも悪い奴なんだな。そもそもセイウチが悪い奴だと知った(気付いた?)のは「セイウチはポール」発言以降のことらしい。「アイ・アム・ザ・ウォルラス」をつくったときには、セイウチでも大工でもよかったんだそうな。最終的にはジョン自身がセイウチだったということかな。この辺になると、ジョンとポールの関係だとかビートルズ全体の深い話にまでなってくるので、ビートルズに詳しい本やサイトを参考にしてください。(また逃げた!)

 ここのページのテーマが「アリス」をモチーフにしたサイケな音楽なので、なんだかんだといって「アリス」=ドラッグの図式を成り立たせてしまっている。が、やっぱり、ジョンが「アリス」を好きなのは幼少時代からで、「アリス」をサイケ・ファンタジーとして位置づけていたわけではない、と言わせてもらいたい。ただ、ビートルズ・サイケ時代のレコードに「アリス」をモチーフとした作品が集中していることは事実で、そしてこれは意識的にやっていたんだろうと思う。ジョンや他のメンバーがドラッグに興味を持ち実際に経験していたことは、彼らの残したエピソードからも明白だし。
 ある人が言っていた。「アシッド喰ってデ●●ニ●のアリス見ると確実に飛べるよ」と。何度でも言うけれど、「アリス」は決してサイケ・ファンタジーではない。某映画もそんな風につくった覚えはないだろう。それでも、ある側面からはそう解釈できる世界を「アリス」は確実に持っている。こじつけっていわれたら返す言葉もありませんが。
 ビートルズ周辺のアリスにまつわる話
 『ALICE IN WONDERLAND』/『THE HUNTING OF THE SNARK』
リンゴ・スター  サイケとは関係ないけれど、ついでなのでジョン以外のビートルズとその周辺の「アリス」とのつながりを少し。
 ビートルズのドラマー、リンゴ・スターが「アリス」映画に出演しているのだ。ハリー・ハリス監督『Alice in Wonderland』(1985/アメリカ)に、ニセ海亀(画像左)として登場。原作のキャラクターどおり、泣きながら歌ったり踊ったりの姿はちょっと滑稽ではあるし、うろこの腕もおそろしい怪獣チックな役だけれど、アリス・ファンもリンゴ・ファンもこの映画は見る価値ありデス。

 ポール・マッカートニーの元婚約者ジェーン・アッシャー(兄はピーター&ゴードンのピーター・アッシャー)は子役時代、舞台『Alice in Wonderland』でアリスを演じ、2LPボックス・セット『ALICE IN WONDERLAND』(1958/イギリス・画像右上)と『Through the Looking-Glass』(1959/イギリス・画像右中央)ではアリスの声を担当。成長した彼女は、ギャビン・ミラー監督映画『ドリームチャイルド』(1985/イギリス)でアリスの母親役として出演している。
『ALICE IN WONDERLAND』
『Through the Looking-Glass』


 ジョン・レノンの息子ジュリアン・レノンも、ルイス・キャロルの『スナーク狩り』をベースにしたミュージカル・レコード、マイク・バットの『THE HUNTING OF THE SNARK』(1986/イギリス・画像右下)にベイカー役で参加。このベイカーは物語上、重要な役割を担っている。ほかの出演者には、The WHOのロジャー・ダルトリーやクリフ・リチャード、アート・ガーファンクルなど大物ミュージシャンが。LPは廃盤だが、CDならまだ手に入ると思うので、機会があればぜひっ。名盤。
『THE HUNTING OF THE SNARK』
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