Anton Kubikov [Антон Кубиков] は 1990年代半ばから活動するモスクワ [Москва, RU] 出身の techno DJ/producer だ。 1990年代の代表的な録音としては、現代音楽アンサンブル、folk のグループと共演した Ensemble 4:33 & Nete & DJ Kubikov: Falls (Long Arms, CDLA9706, 1997, CD) がある [レビュー]。 2000年に同じくモスクワ出身の Maxim Milyutenko (Максим Милютенко) の2人のユニット SCSI-9 を結成、以降、主に SCSI-9 名義で活動している。 彼らのスタイルは deep な tech house で、モスクワを拠点としながら、 フランクフルト (Frankfurt a. M., HE, DE) の Force Tracks [レビュー] や ケルン (Köln, NRW, DE) の Kompakt といったドイツのレーベルからリリースを続けている。 ロシアの underground club music シーンの中でも最も洗練された音作りをしているユニットの一つと言えるだろう。
そんな SCSI-9 の2人がロサンジェルス (Los Angeles, CA, USA) の Ed Karapetyan と 2005年に設立したレーベル+ブッキング・エージェントが Pro-Tez だ。 扱っているのはロシアの DJ/producer で、 そのレーベルカラーは SCSI-9 同様の deep な tech house だ。 SCSI-9 のリリースをしているレーベル Kompakt の配給で 12″ 盤をリリースしている他、 自身のサイトや Beatport を通してMP3デジタルダウンロード配信している。 2009年以降、リリース頻度を上げ、活動を活発化させている。 SCSI-9 と同様、他のロシアの techno のレーベルと比べ、 欧米でも通用するような音をリリースしている。
そんな Pro-Tez レーベルの最近のリリースの中から、お勧めのもの4タイトル紹介。
Korablove こと Roman Smirnov (Роман Смирнов) は 1990年代半ばにサンクトペテルブルグ (Санкт-Петербург, RU) から出て来た DJ/producer。 昨年 Pro-Tez からリリースした “Pani Chacha” は Gypsy brass をサンプリングした minimal な tech house だ。 Villalobos: Fizheuer Zieheuer (Playhouse, 2006) [レビュー] を真似たような音だが、 そちらが淡々と展開したのに対して、こちらは Gypsy brass 風のメロディも生かしてノリが良い展開を聴かせている。 Fizheuer Zieheuer や、 classical な brass ensemble を生かした Carl Craig & Moritz von Oswald: ReComposed (Deutsche Grammophon, 2008) に続く brass の音色を生かした minimal な tech house としてお勧めだ。 SCSI-9 による remix は、より deep な仕上がりだ。
Korablove の別名義 Barrytone は house と jazz による実験のためのもの。 といっても、このシングルでの作風は Pani Chacha と同じく ノリの良い minimal な tech house だ。 jazz の break や trumpet のフレーズが使われている “Smokin' Tunes” よりも、 むしろ、タイトルからして南太平洋をテーマとしたと思われる “Captain Kook” が面白い。 現地の音楽をサンプリングしたというより、エキゾチックなイメージを使っているように聴こえるが、 そのちょっとフェイクな感じも良い。 ひょうきんな organ のフレーズに percussion や笛の響きも軽快で明るい曲だ。
Modul は北カフカス (Северный Кавказ) のクラスノダール (Краснодар) 出身、2003年に活動を始めた Evgeny Shchukin [Евгений Щукин]、Evgeny Fomin [Евгений Фомин]、Alexander Tochilkin [Александр Точилкин] の3人からなるユニットだ。 タイトル曲 “Red Means Beautiful” は、 балалайка [bakakaika] と思われる弦楽器をかき鳴らす音をサンプリングした tech house。 その folky な哀愁フレーズをループしつつ、ソフトな音色に軽快な疾走感がある所が良い。 残りの2曲は作風が異なり、“Cidade” は electronica 的なブレークの入る tech house、 “Hot Shots” は少々ギクシャクとひっかかるようなビートを持つ曲だ。
Masha Era はサンクトペテルブルグ出身の男女2人組、2000年代半ばに活動を始めた 女性歌手/パフォーマーの Masha Era とミュージシャンの Ilia Shapovalov [Илья Шаповалов] のユニットだ。 “Ice Touch” は、acoustic guitar のカッティングのループを乗せた tech house に 少々拙く感じる Masha Era の漂うような歌声を乗せた曲。 オリジナルも悪く無いが、Korablove や SCSI-9 による deep な remix の方が Luomo (フィンランドの Sasu Ripatti (aka Vladislav Delay) による house ユニット) のようで、良いように思う。 Masha Era は、歌をフィーチャーした tech house の音楽制作だけでなく、 そのような音楽に合わせた 自ら “cabaret visual act” と呼ぶパフォーマンスを行うユニットとして活動している。 Facebook 等のプロフィール写真にはクラウン姿のものを用いており、パフォーマンス等を記録した動画も公開している。 これを見る限りでは、音楽として tech house を使ったカバレットのショーではなく、 カバレット的なものイメージしたクラブ・イベントでのDJとVJを使ったパフォーマンスのようだ。 こんな Masha Era のパフォーマンスがロシアでどのように受容されているのかは判らないが、 ロシアのカバレットの伝統がクラブ文化にも受け継がれているのを見るようで、興味深い。
ところで、SCSI-9 はもちろん、Modul、 Killahertz (aka KHZ, Egor Sukharev [Егор Сухарев])、 Lazzich (Sergey Lazarev [Сергей Лазарев])、 Microboss (Stepan Zlokazov [Степан Злоказов])、 Mujuice (Roma Litvinov [Рома Литвинов]) 等、 Pro-Tez からリリースしている DJ/producer の多くは、ロシアのネットレーベル Fragment からもリリースをしている。 Pro-Tez と同じく2005年に活動を開始しているが、 2007年を最後のリリースが止まっている。 聴き比べると、同じ DJ/producer でも Pro-Tez はダンスフロア志向が強いのに対して、 Fragment は IDM / ambient 色が濃い。 また、2009年には Fragment のサブレーベルとして Passage が設立されている。 こちらは、より ambient 色を強め、field recordings のような 音響的な作品もリリースするようになっている。 Fragment が活動停止した後に Pro-Tez の活動が活発化していることを考えると、 ダンス志向の強い Pro-Tez とリスニング的な実験志向の強い Passage に 分かれてきているということなのかもしれない。