Basel Rajoub はシリア・アレッポ生まれで現在はスイス・ジュネーブ在住という saxophone 奏者。 イタリア出身の Piccioni を除きシリア出身のミュージシャンによるプロジェクトは、 “Our Syria” という意味の Soriana と名付けられている。 微分音を含むアラブの伝統的な旋法を用いた半即興半作曲の音楽を演奏している。 Rajoub は jazz の文脈でも活動しているが、このプロジェクトではjazz のイデオムは控え目。 Rajoub は clarinet のダブルリードを付けた duduk 様の管楽器 duclar を主に演奏しており、 saxophone もここでは clarinet のような柔らかい演奏だ。 曲は音数は少なく淡々としたもの。 duduk や clarinet を思わせるソフトな管楽器の音、 oud や quanon の弦の響き、frame drum 等の軽い打楽器の音を、 間合い多めに空間に置いていくような、抽象一歩手前の演奏だ。
伝統的なモードを用いているとはいえ2曲を除き Rajoub の作編曲のインストゥルメンタル曲。 民謡に着想した “Hamam” と20世紀半ばに活躍したアレッポ出身の歌手 Sabah Fakhri の歌をアレンジした “Ya tha elqawam” では、 ダマスカス出身の女性歌手 Lynn Adib をフィーチャーしている (“Hamam” は Lynn の作編曲)。 彼女のリスマも軽くさらりとハイトーンながら落ち着いた歌声は、間合いの大きい楽器の音色を生かした演奏に合っている。 このようなミニマリスティックなプロダクションは、 ECM や ENJA がリリースしてきた folk の要素を取り入れてきた jazz と通づるものがあるし、 中東〜地中海の音楽をアコースティックなアプローチで現代的に解釈した音楽という点で Accords Croisés の試みとも共通している。
ライナーノーツでは、置いてきた祖国の文化的遺産への想いを述べているが、 シリア内戦への直接的な言及は全く無い。 端正な演奏にその想いを感じることができるけど、 淡々とした展開と物悲しい duclar の響きに、内戦による惨状を思い起こさざるを得無いアルバムだ。
Basel Rajoub は Soriana Project の The Queen of Turquoise 以外にアルバムのリリースは無いようだが、 アメリカ・ワシントンDC にある Smithonian Institute の2つの隣接するアジアに関する美術館・博物館 Freer and Sackler Galleries の podcast で関係するライブ音源が配信されている。 Soriana Project の Rajoub と Adnawi の2人に、 イラン出身の Saeid Shanbehzadeh と Naghib Shanbehzadeh の2人の、4人によるセッションだ。 Soriana Project でも演奏している “Bida’ya [Start]” なども演奏しているが、それほど淡々とはなしていない。 Rajoub も強く saxophone をブロウすることもあるし、 ライブらしく拍手に乗って演奏することもあり、粗めだが勢いも感じられる。 イランの伝統的な音楽というと setar, kemancheh のような弦楽器や zarb tombak のような打楽器を思い浮かべるが、 ここでフィーチャーされているのは neyanbân というイランの bagpipe。 トルコ黒海地方の tumul [関係レビュー] など、 中東にも bagpipe が分布していることは知っていたが、イランの bagpipe をフィーチャーした音源はかなり珍しい。 そういう点でも興味深いライブ音源だ。
Freer and Sackler Galleries の podcast は、 最後に更新されたのが2015年10月で頻繁に配信されているわけではないが、 他にも Amir ElSaffar Two Rivers [関連レビュー]、 Kayhan Kalhor [関連レビュー]、 Wu Man などのライブ音源が配信されている。 アジアの伝統に根付いた音楽が楽しめる podcast だ。