神保町シアターのピアノ伴奏付きサイレント映画上映、 『柳原白蓮が生きた時代―サイレント映画『麗人』特別上映会』 に行ってきました。
あらすじ: 女学生 鞆子 は悪友の誘いで訪れた学生 浅野 の部屋で辱められてしまう。 一度は自殺を決意したが生きる覚悟を決め 浅野 に結婚を迫るが、 学費の出してくれている家のお嬢さんとの婚約があると、断られる。 その後、望まぬ子を生んだ 鞆子 は、子を実家に預け、 社交界のホステス (おそらく高級娼婦、源氏名 パンドラ) となる。 五年後、浅野は政治家 黒津の婿養子にて、会社社長の座に収まっている。 鞆子の故郷 入間村に、浅野と義父 黒津が乗馬で訪れ、ここをゴルフ場としようと考える。 法律に無知をいいことに騙すようにして土地を奪われた村人たちは怒りの声をあげるが、 鞆子 の兄 祐吉は、暴力沙汰にならないよう村人たちを諌める。 一方、社交界で 浅野 と 鞆子 は再会し、過去の償いもあって 浅野 は 鞆子 の旦那となる。 村では、土地を失い生活が立ち行かなくなった男が娘を売ろうとしている。 それを知った 祐吉 はかつてみかけた廃娼運動の活動家 林 虎子 (偶然 鞆子 の女学校時代の友人でもある) へ相談に行く。 資金を工面に社交界へ寄付を募りに行った先で、虎子 は 鞆子 を見かけるが再会には至らず。 得た金を手に村に戻るが、娘は連れて行かれた後で、その父は自殺していた。 そんな中、血気にはやる村の青年が、浅野の会社の者を襲うという事件が発生する。 警察は非常線を張って追うが、男は村の住職の助けで逃げ延びる。 しかし、助けた住職が警察に連行されたことを知り、男は山を降りて来て出頭する。 その後、鞆子 はゴルフで訪れた入間で、浅野と交渉しようとする兄と、そして子と再会するが、 浅野の妾になっていることを兄に詰られる。 そのショックもあって、彼女に好意を寄せる黒津家がパトロンする画家 小坂に結婚を求めに行くが、 アトリエに小坂に好意を寄せる黒津の娘 桃子 を見て、諦める。 鞆子 は子を呼び寄せ浅野に改めて結婚を迫るが拒絶され、子も兄に連れ去られる。 小坂はその子を自分の子としてと鞆子へ求婚するが、鞆子 は答えを競馬の日まで保留する。 負けたら自殺、勝ったら小坂と結婚と、心に決めて競馬場に行くが、競馬に勝ち、小坂との結婚を決意する。 そのうち、黒津と浅野の不正がばれ始め、ついに黒津が逮捕される。 一方で、逮捕された入間村の青年は、情状酌量の余地ありとされ、執行猶予付きの判決となる。 鞆子 の事を知り一旦は家を出ようとした 百合子 は、父の逮捕について 浅野 に助けを求めるが、 浅野の冷淡な態度に、離縁状を書いて家を出る。 会社に家宅捜索が入り妻からの離縁状を読んだ 浅野 は、会社の金を持って逃げ、鞆子 を訪れる。 浅野は 鞆子 に詫びて求婚するが、小坂との結婚を控えた 鞆子 は拒絶する。 そして、警察を迎えに 鞆子 が部屋を出た間に 浅野 は自殺する。 鞆子 は 小坂 との結婚をやめ、郷里で 浅野 を弔いながら子育てすることを決意する。
辱められ人生を狂わされた女が相手の男一族の破滅で復讐を果たす、という点で 清水 宏 『七つの海』 (松竹蒲田, 1931) [鑑賞メモ] も連想させられる物語でした。 愛憎劇的なメロドラマという面もあるわけですが、愛憎に絡む狭い男女関係ばかり描くのではなく、 入間村のゴルフ場開発に絡む争議や廃娼運動などに関するエピソードが平行して進展し、 黒津家、浅野家らブルジョワ階級の世界と、入間村の農民という下層階級の二面を描いています。 島津 保次郎 『愛よ人類と共にあれ』 (松竹蒲田, 1931) [鑑賞メモ] 程壮大ではないものの、 見応えある群像劇でした。
ヒロイン 鞆子を演じる 栗島 すみ子 と浅野の正妻 百合子 演じる 八雲 恵美子 の直接対決を楽しみにしていたのですが、 八雲 恵美子 の出番は期待したほどはありませんでした。 直接比較して観ると、白くのっぺりした印象を受ける 栗島 より、八雲 の方が目鼻立ちがはっきりしたモダンな美人だな、と。 しかし、ブルジョア階級の登場人物より、入間村の方の世界の登場人物の方が魅力的で印象に残りました。 それも、ヒロインの家族よりも、廃娼運動活動家の 林 女史や、浅野の会社の人を襲ってしまう村の青年。 1930年代後半になると母役のようなふくよかな中年女性役が多い 岡村 文子 が、 まだ若くてスラリとしていて、しかしか細いというより骨太でシッカリした体型立ち振る舞いで、 廃娼運動の活動家役にはまっていました。 それに、若い 河村 黎吉 が、1930年代後半以降の調子いいだけのダメ親父とは違う、 村への思いが暴走して浅野の会社の人を襲ってしまうという熱血漢キャラで大活躍。 このような脇役レベルの登場人物もきっちり魅力的に描いているという所も、群像劇として見応え抜群でした。
入間村を半ば舞台としているせいもあってか、モダンな風俗の描写は若干少なめ。 そんな中では、ジャズバンドを呼んでの社交界の乱痴気騒ぎのモンタージュが印象的。 また、入間村の場面では、怒りの声をあげるモブシーンや、 夜の闇に沈む村に松明と明かりと煙が交錯する捕物場面など、 エキストラも大量動員した大規模な野外ロケによる迫力ある画面も楽しめました。
島津 保次郎 というと小市民映画を得意とすると言われ、 確かに『隣の八重ちゃん』 (松竹蒲田, 1934) [鑑賞メモ] や 『兄とその妹』 (松竹大船, 1939) [鑑賞メモ] のような映画は良いと思います。 しかし、『麗人』や『愛よ人類と共にあれ』のような群像劇にもがっつり取り組める監督でもあったと、そんなことに気付かされた映画でした。