現代美術の文脈で活動するアニメーションを得意とする南アフリカ出身の作家 William Kentridge が演出を手がけた ニューヨーク Metropolitan Opera の新演出のオペラが、 Live on HD (いわゆる live screening) で上映された。 Kentridge は以前にも Metropolitan Opera で Dmitri Shostakovich: The Nose [Дмитрий Шостакович: Нос] 『鼻』を手がけている。 2010年の展覧会 [レビュー] でその資料を見て、是非その舞台を観たいと思っていた。 オペラ The Nose も数年前に Live in HD で上映されたが、 当時は舞台の live screening を観る習慣が無く、気付かずに見逃していた。 もちろん、Wozzeck [レビュー] と並ぶ Alban Berg による前衛的なオペラとして知られる Lulu という演目にも興味あったが、 Kentridge の演出を一番の興味に観た。
Kentridge の映像使いは、展覧会から想像されたものから大きく外れたものでは無かった。 彼自身によるドローイングを使った動画だが、初期の作品に観られたようなドローイングアニメーションではなく、 コラージュ的なストップモーション・アニメーション。 形式的な抽象アニメーションではなく不条理な物語を描くことを作風としていた Kentridge ということもあり、 登場人物のドローイングを使ったアニメーションは、その登場人物像、物語の理解の大きな助けとなった。 その一方で、舞台に彼のドローイングを使ったアニメーションを大きく投影するため、 オペラ歌手が映像に埋もれないよう編集されていたとはいえ、舞台の立体感が失われてしまったのは、残念。
オペラ歌手だけでなく象徴的なポーズを使いマイム的に動く男女2名の黙役を使った所も、興味を引かれた。 Lulu 役の Marlis Petersen が普通の人に近い面を見せる一方、 黙役の女性は G. W. Pabst 監督の映画での Louise Brooks のイメージに近い化粧髪型で、 Lulu の影の面を象徴するような役割を担っていた。 一方、男性の黙役は、登場人物の別の面を演じるのではなく、黒子的な役割を多く担っていた。
今回の Lulu の上演は Friedrich Cerha 補筆による三幕構成のヴァージョン。 Pierre Boulez 指揮による Opéra national de Paris の録音をCDで聴いたことはあるが、演出された舞台を観るのは初めて。 今まで聴いていて、表現主義的な無調オペラという形式ばかり意識して、 Lulu が psycho thriller の物語だと意識したことが無かった。 それだけに、William Kentridge の映像を使った演出の助けもあったと思うが、そういう物語的な面を新鮮に楽しめた。
William Kentridge は、最近は舞台演出の仕事も多いようで、 2012年の dOCUMENTA(13) で観た作品 [レビュー] も舞台作品をインスタレーション化したものだった。 2015-16 シーズンは、Metropolitan Opera の Lulu だけでなく、 BAM Next Wave でも Refuse the Hour という新作オペラを発表している。 映像を多用していても生で観ると見え方は大きく異なると思うだけに、是非生で観てみたい。
Royal Opera/Ballet、Opéra national de Paris、National Theatre と来て、 今回、Metropolitan Opera の live screening 初体験。 舞台裏取材のノリが若干アメリカ的に感じられたものの、さすがに他の live screening と大きく変わる所はありませんでした。 2015-16シーズンの今後の上映予定の予告編の中で気になった作品は、 Patrice Chéreau 演出の Richard Strauss: Elektra。 Chéreau 演出のオペラは Staatskapelle Berlin の Alban Berg: Wozzeck と Festival d'Aix-en-Provence での Leoš Janáček: From The House Of The Dead をDVDでで観ています [レビュー]。 それらが良かったので、Elektra も観たいものです。