documenta はドイツ・ヘッセン州のカッセル (Kassel, Hessen, DE) で4〜5年おきに開催されている大規模な国際現代美術展だ。 1955年に Bundesgartenschau (連邦園芸博覧会) の一部として始まったが、 次第に現在のような明確なコンセプトを持った現代美術の大規模な国際展という形になったという。 今回第13回の documenta (dOCUMENTA (13) とキャピタライズされて表記されている) の ディレクターはアメリカ出身のキュレータ Carolyn Christov-Bakargiev。 メインの開催地カッセルだけでなく、 アフガニスタンのカブール (Kabul, Afganistan)、エジプトのカイロとアレクサンドリア (Alexandria - Kairo, Egypt)、カナダ・アルバータ州のバンフ (Banff, Alberta, CA) でも展覧会や講演が繰り広げられている。
自分が documenta のことを知ったのは 1995年にワタリアム美術館を中心に表参道界隈で展開された『水の波紋 '95』でだった。 『水の波紋 '95』のディレクターは、1992年の documenta IX でディレクターを務めた Jan Hoet。 『水の波紋 '95』をとても楽しんだだけに、その手本の一つとなったと言われた documenta はどんなものか、一度観てみたいと思っていた。 それから17年、 AIT (Arts Initiative Tokyo) 企画の 「ドクメンタ13とベルリン、デュッセルドルフを巡る、現代アートのツアー」に参加し、 やっと現地に足を運んで観ることができた。 8月25日から8月28日にかけて Kassel に3泊し、およそ2日半かけて作品を観て回った。 全てを観ることはとうていできなかったが、カッセルに展示されていた作品のうち2/3は観られたのではないだろうか。
現代美術の展覧会はそれなりに観てきているつもりだけれども、 ここまでがっつりコンセプチャルにディレクションされた展覧会を観るのは久しぶり。 というか、ここまで仕組まれた展覧会を観たのは初めてかもしれない。 よく読み解けたと言うには程遠いけれども、感じ取るというより読み解くように展覧会を楽しんだ。 もちろん、作品数が多いこともあると思うが、個々に興味を引かれる作品にも多く出会うことができた。 全体としても個々の作品も実に見応えがあった展覧会だった。
最も印象に残った展示は、 メイン会場の美術館 Fridericianum 地上階の円形広間 (rotunda) の Das »Brain« (「頭脳」) だ。 「展示全体としてdOCUMENTA (13) の思索の道筋を凝縮・集中した展覧会のミニチュア・パズル」 であるとガイドブックで述べられているように、テーマを示すかのような展示だった。 特に、Man Ray のメトロノームに写真の目を付けたオプジェ “Object to be Destroyed / Object of Destruction / Indestructible Object” (1932-71) 数台と、 Man Ray の愛人 Lee Miller が Life 誌のために撮影した第二次世界大戦末期〜直後のドイツで撮られた写真が 向かい合わせに展示されている所が秀逸だった。 オブジェの写真の目は Lee Miller のものでありそれが Miller の写真を見つめている、というだけではない。 写真には第二次世界大戦で破壊された美術品 (Piccaso の銅像) が写っており、 それが Man Ray のオブジェのタイトル (破壊すべきオブジェ / 破壊できないオブジェ) と対になっている。 さらに、Lee Miller による Hitler の浴室の写真に写っている写真や彫像、タオルといったもの実物が、 Man Ray のオブジェの並ぶ陳列台の下段に並んでいるのだ。 これらの組み合わせから、 戦争や災害による破壊 (もしくはそれでも破壊できないもの)、そしてそれを見つめ記録する視線とその創造性、その結果として表象されたものと現実の対比・対照、 といった問題意識が浮かび上がってくる。 それも、このような美術作品の形式的な組み合わせの形で提示は、この展覧会のテーマは、 例えば破壊の是非善悪といったものではなく、それを見つめ記録し対比せる形式の問題に向けられているようで、 極めて美術的な問題意識を感じさせるものであった。 —— 実際、展覧会を観ていても単純な是非を示すような政治的なイデオロギーにはまったような作品にはほとんど出会わなかった。
そんな Man Ray = Lee Miller の組み合わせに気付いて Das »Brain« の展示を見回すと、 展示されていた Giorgio Morandi の静物画に描かれている花瓶実物がほぼ同じ配置で展示されていたり、 戦火で焼け溶けた美術品の残骸があったり、 カンボジア内戦でできた bomb ponds (爆弾池) の写真があったり、 ユダヤ人が作ったということで1939年に破壊されたカッセルの噴水 (Aschrottbrunnen [Aschrott fountain], 1903) の跡に作られた「反モニュメント」 (Horst Hoheisel, 1987) のドローイングがあったり、ということに気付く。 dOCUMENTA (13) には判り易いキャッチフレーズのようなテーマは設定されていないけれども、 この Das »Brain« の展示を読み解くことによって、作品を繋いでいる思索の手掛かりが得られるようになっていた。
dOCUMENTA (13) のテーマは「破壊と再生 (Collapse and Recovery)」であると、多くのメディアが報じている。 しかし、サブタイトルやキャッチフレーズとしてポスターやパンフレットなどで明示的にテーマが示されているわけではない。 ガイドブックにもそれを直接示す言葉は無い。 強いていえば、ウェブサイトの緒言で “dOCUMENTA(13) is interested in etymology, collapse, and recovery.” と触れられている程度だ。 もしこれを参照しているのであれば、テーマから etymology (語源) を除くのは不適切だと思うが。
この Das »Brain« を手掛かりにカッセルの街中の各会場に展開された作品を観ていくと、 その関係が様々な形に変奏されたものが見えてくる。 最も象徴的なものの一つは、Kassel Hauptbahnhof (カッセル中央駅) 会場の Südflügel (南ウイング) での Rabih Mroué [関連レビュー] の現在進行中のシリア内戦を扱ったインスタレーション。 この作品の主題である向かい合う “shoot” (銃撃 / 携帯電話による撮影) は、 まさに Man Ray = Lee Miller の変奏とでもいうものだ。 また、今回の dOCUMENTA (13) のベスト作品ともいえる Janet Cardiff & George Bures Miller [関連レビュー] の Kassel Hauptbahnhof を使ったAR (Augmented Reality) 的なインスタレーション “Alter Bahnhof Video Walk” にしても、 それが街の破壊 (第二次大戦中にこの駅から収容所へ送られていったユダヤ人) の記憶を呼び起こすというものだけでなく、 鑑賞するために iPod Touch で撮影するかのように構えて見る (Mroué の作品での携帯電話で撮影する人のように) ということにより観る側の視線をも意識化・顕在化させていた。
破壊に向けられた視線ではなく、それに耳を傾けさせるような作品も印象に残った。 Cardiff & Miller は Karlsaue Park 会場でサウンドインスタレーションによる作品 (“for a thousand years”) を作っており、それも秀逸だったが、 Kassel Hauptbahnhof では Susan Philipsz [関連レビュー] が Cardiff & Miller: “Alter Bahnhof Video Walk” に重なる主題のサウンドインスタレーションを作っていた。 オフサイト会場の一つ Grand City Hotel Hessenland の Bade-Saal を会場にした Tino Sehgal [関連レビュー] の暗闇の中でのパフォーマンス作品 “This Variation” も、 そういった作品に連なるものと言えるかもしれない。 Tino Sehgal の作品が暗闇の中の音と気配で記憶を想起させる作品だとすれば、 Fridericianum の地上階のほとんど何も置かれていない両翼のホールにささやかなそよ風を流した Ryan Gander: “I Need Some Meaning I Can Memorise (The Invisible Pull)” は 気配のミニマリズムとでもいった作品だった。
dOCUMENTA (13) の基調となっていた破壊とその記憶は、第二次世界大戦中の大空襲で破壊されたカッセルの街の歴史と重なっている。 Cardiff & Miller: “for a thousand years” の後半で聞こえた空襲の音とその後の祈りの歌声をはじめ、 カッセルの特に第二次世界大戦中の歴史 (大空襲やユダヤ人の強制収容所への移送) を参照した作品が多く見られた。 カッセルは第二次世界大戦で破壊された街を復元せずに近代的な街並として作り替えたため、歴史のある街にもかかわらず旧市街の街並が無い。 そんな街を歩き回ることすら dOCUMENTA (13) の基調と響き合うようにすら感じた。 しかし、シリア内戦をとりあげた Rabih Mroué の作品がそうであるように、それはカッセルにとどまるものではない。 特に目立つものとして、現在進行形として内戦が進行するアフガニスタンのカブールを第二の主要な開催地とし、 カッセルでも元病院の建物一つを使って “Seminars in Kabul” という特集展示をしていた。
もちろん、作家がディレクターの意図に従順に制作しているわけではないだろう。 Cardiff & Miller: “Alter Bahnhof Video Walk” でもユダヤ人の収容所への移送に触れるのはほんの一瞬であり、 コンコースを行く小楽隊や踊るダンサーやビデオをチェックする警備員などを登場させるなど、 むしろ遊びの要素も充分に盛り込まれた作品だ。 逆に Ryan Gander: “I Need Some Meaning I Can Memorise (The Invisible Pull)” はミニマルに過ぎて、 辛うじてタイトルで繋がっている。 日本から只一人参加した作家 大竹 伸朗 [関連レビュー] が Karlsaue Park 会場に作った “MON CHERI: Portrait as a Scrapped Shed” は、 「モンシェリー」看板のぼろぼろの廃屋と、その家の上の木にひっ掛かった廃船という構成から、 東日本大震災で巨大津波の被害を受けた漁船や家屋を連想させる所がある。 実際、日本からの唯一の作家として期待されるものを意識して、 それを現在の日本の「自画像」として描いたのかもしれない。 しかし、以前から知る彼の作風からして、そして、 被災地から集めた廃船や廃屋の部材を集めたものではなく大竹の住む宇和島で集めたものであると知ると、 むしろ、日本の地理や社会状況に疎い欧米の観客へのユーモラスなひっかけも含まれているのではないかと 勘ぐりたくなる所もある。
Das »Brain« との関係をうまく見出せなかった作品も少なく無かったし、そんな中にも面白い作品はあった。 特に、仮想的な展覧会という形を取った作品がいくつかあったのが気にかかった。 東京大学総合博物館小石川分館『驚異の部屋』でお馴染み Mark Dion が自然史博物館 Otteneum に新しい展示コーナーを作ったり、 レバノンの作家 Walid Raad が未完のモスク跡 (Nie Realisierte Moschee / Never-Mosque) を会場に架空のアラブ現代美術史を扱った展覧会を構成したり。 特に、Hauptbahnhof Kassel の Nordflügel の一角2フロアと屋根裏を使った Haris Epaminonda & Daniel Gustav Cramer の作品は、 その迷路的な空間に謎めいた写真や本やオブジェなどの陳列も悪夢的で、 ベルベットのカーテンによる仕切りもあって David Lynch の映画に出てくる悪夢を観ているよう。 何を示そうとしているか掴めない不条理さがとても引っ掛かった展示だった。
このように dOCUMENTA (13) の展示を楽しんだが、 結局、印象に残った作品の多くが、他で作品を観たことがある作家によるものがほとんど。 こんな作家がいたのかと気付かされたような作品にはほとんど出会えなかった。 その点は少々残念だった。 自分でも知っているくらいの有名な作家の作品はそれなりのレベルだということもあるだろうが、 バックグラウンドや作風をある程度知っている作家の方が 作品を読むとっかかりを得易いということもあるかもしれない。
会期末に近い時期という時期もあってかかなりの人出で、会場によっては酷い混雑。 メイン会場の Fridericianum へ入場するのも長蛇の列で、会場内も酷い混雑と行列という状態だった。 評判の良かった Janet Cardiff & George Bures Miller: “Alter Bahnhof Video Walk” をはじめとする体験型の作品や、 作品保護を要するようなインスタレーション作品でも、待ち行列ができていた。 また美術館・博物館のギャラリーは空調がほとんどされていないので、 会場によっては、人いきれや照明・プロジェクタの熱でサウナのようになっていた。 Karlsaue Park のような会場は人の多さも気にならず歩いているだけで気持ち良かったが、 屋内で快適に鑑賞できるような環境だった所は多くなかった。 会期前半は空いていたという話も聞くので、快適に観たいのであれば会期の早いうちに観に行った方が良いのかもしれない。
かなりコンセプチャルで取っ付き易いとは言い難い現代美術の展覧会が、 これだけ集客しているのも驚きだったが、客層の広さにも感心した。 世界中から業界関係者や熱心な愛好家もかなり含まれていたと思うが、 日本での現代美術展のように若い女性客が目立つということもなければ、 子供連れの夫婦や老夫婦の客も少なくなく、地元の老若男女が普通に観に来ているようにも見えた。 こういう所に現代美術の根付き方の違いを見るようでもあった。
ちなみに、dOCUMENTA (13) で見かけた客で最も印象に残ったのは、 Kassel Hauptbahnhof Nordflügel の Epaminonda & Cramer の作品の部屋で見かけた 70歳近いであろう老夫婦。 英語がわからない妻のために、作品に使われていた英語の手紙を夫がドイツ語に訳して読んで聞かせていたのだ。 そして、妻も夫の肩に頭を寄せ、一緒に手紙を見つめつつ夫の言葉を聞いていた。 特にオシャレというわけでもない普通の中産階級風の老夫妻だったが、そんな様子がとても素敵だった。
以下、主な会場・作品別に個別にコメント。
カッセルの中心広場ともいえる Friedrichsplatz に面した1779年築の歴史ある美術館で、 第1回1955年以来の documenta メイン会場。第二次大戦中の空襲では大きな被害を受けている。 正面入口前の2本の樫の木は、1982年の documenta 7 の際に Joseph Beuys の 7000 Eichen - Stadtverwaldung の一環で植えられたもの。
この展覧会の方向性を示した Das »Brain« を展示していた rotunda (円形広間)。 この広間は入場制限をしていたので、入場するのに並ぶ必要があったが、入ってしまえばゆっくりと観ることができた。 ただし、通路側はガラス張り、天井は吹き抜けなので、入場しなくても展示のようすは伺える。 しかし、最も象徴的だった Man Ray=Lee Miller の組み合わせは、部屋の奥まった所、 ガラス越しに見てもも二階から見下ろしても見えない場所 (写真右の Morandi の静物画のかかる壁の裏) に展示されていた。 そのうえ、写真撮影禁止。 大切にしまわれたかのように展示されており、 それがいかにもこの展覧会でもっとも重要と考えているようにも感じられた。
Fridericianum の地上階、入口受付の両翼の広間を使ったインスタレーション。 広間を亘るそよ風 (breeze) がその作品だ。 右翼に1点 Julio González の作品が置かれていた以外は広間には何もおかれておらず、 Fridericinanum 内の混雑と比べて人も疎ら。 (写真に撮ってもしかない作品と思って、撮らなかったのだが、何も無い様子を撮っておくべきだったか……。) Fridericianum に入ってすぐ Rodunda へ直行したこともあって、気付いたのは出る直前。 Khaled Hourani の作品を見ようと奥の小部屋に行こうとしたところで、 その手前の部屋でゴーッっという風切りがして作品に気付いたという。 人いきれでむせ返る Fridericianum に比べたら、確かにそよ風かもしれない、と思ったり。
Fridericianum の裏あたりにある使われていない倉庫。 モスクへ改装途中、完成せずにそのままになっているという会場だ。 Akram Zaatari (レバノン)、Ayreen Anastas (パレスチナ)、Rene Gabri (イラン)、Walid Raad (レバノン) と、 ここで展示をしていた作家が全てイスラム圏だったというのも、 その未完のプロジェクトを違う形でで継ぐ —— 非宗教的な形でイスラム圏の存在を示すもののよう。
左手の入口を入った奥で開催されていた、Walid Raad の展覧会。 アラブ圏の現代美術やデザインの潮流を、事実と虚構を入り混ぜた形で。
もともと劇場として1603-09年に建てられた Otteneum。1885年以降 Naturkunde Museum (Natural History Museum) として使われている。 とても奇麗に保守されているうえ、モダンな建物を中心とした街並のため、ぱっと見、ポストモダンな擬古的な建物に見えた。 常設の展示を残しつつ、一部の展示室は dOCUMENTA (13) 用として、 それ以外の部屋でも半ばそれと入り交じるように作品が展示されていた。 自然史博物館という場所柄と考慮して、それと親和性の高そうな作品が集められていた。
東京大学総合博物館小石川分館『驚異の部屋』でお馴染み Mark Dion のインスタレーションは、 自然史博物館のコレクションの1つ、 Carl Schildbach が1771-1799年に制作した “The Schildbach Xylotheque” という木製の本の蔵書の新展示。 Joseph Beuys: “7000 Eichen - Stadtverwaldung” を意識して 樫材製の書棚を並べたような六角形の小部屋を作って展示していた。 入口となった一面を除く六角形の五面は蔵書となっている木がやってきた ヨーロッパ以外の五大陸 (アジア、アフリア、オセアニア、北米、南米) を表したもの。 また、6冊の木の本を新たに制作して、それに加えていた。 5冊は Schildbash のコレクションから失われた一大陸分を補うものとして、1冊は樫製という。 既存の半ば死蔵していたコレクションを生き返らせるようなやり方は Mark Dion らしいと思ったが、 小石川の博物館でやっていたように既存の博物館的な展示の中に自分で制作したオブジェを紛れ込ませて 視線を誘導しつつ異化するような面白さが無かったのも確か。そこは少々残念だった。
Friedrichsstraße 沿いや、そこから Obere Königsstraße へ少し折れた辺り、 いくつかの建物が dOCUMENTA (13) の小会場となっていた。
いかにも Lawrence Weiner な、壁に書かれた言葉。 この作品は Fridericianum の Das »Brain« を仕切るガラスの壁にも書かれており、 メイン会場とこのオフの会場が集まるエリアを繋いでいるようにも感じられた。
Hugenottenhaus 側から Grand City Hotel Hessenland の裏手に入った所にあるホールで 行われていたパフォーマンス。 ホールに入ると中はほぼ暗闇。 10名くらいのパフォーマーたちがリズミカルにハミングしたりスキャットしたりするような 歌詞の無い歌声がその中で響いていた。 目が慣れるまでは、暗闇の中、そんな中で歌声や動きの衣擦れの音に耳を澄まして、周囲の人の気配を感じとりつつ、 そこから自分でイメージを作り出すよう。そこが面白かった。
しかし、目が慣れてくると、ぼんやりと人が見えてくる。 会場は長方形でー辺に入口、もう一辺にパフォーマーの出入りする口があるだけで、フロアは真っ平。 そこで、パフォーマーたちは歌声に合わせて踊っている。 観客は特に輪になるようなこともなく不規則に立っており、その合間をすり抜け動くように踊っている。 明るい空間では観客がパフォーマーを囲む輪になったりと、 観客とパフォーマーの関係が入り乱れたような配置にはなかなかならないだろう。 そんな状況が面白く、合わせて軽く口ずさみながら、 踊る彼らの合間をステップ踏むように歩きながら観るというのも面白かった。
音楽/ダンス的なパフォーマンスに終始するのかと思いきや、 途中でセリフを喋りながら、ホールの角にパフォーマーに集まって行くという。 そのセリフは仕事と収入の話の断片的なもの。 それが暫く続くと、再びハミングから歌とダンスへ戻って行った。
他の人の話では、照明が付いたり、と違う展開もあったようだが、自分ができた体験はこれだけだ。
会場となっていた Grand City Hotel Hessenland は Friedrichsstraße と Obere Königsstraße の角にあるホテル。 この建物を設計した Paul Bode は documenta 創始者 Arnold Bode の弟であり、 1950年代カッセルの戦後復興時に建てられたモダニズム建築のを多くを手掛けた建築家である。 Bode-Saal はその名を記念したホールである。
1908年にユダヤ人 Sigmund Aschrott によって建てられ、1938年にナチスによって破壊された噴水。 1987年の documenta 8 の際に Horst Hoheinsel のプランによって、 当時の噴水と同じ形の窪みを作るという形で「反モニュメント」が作られた。 そして、Heheinsel はそれ以来月1回清掃をしているとのこと。 今回の dOCUMENTA (13) では、そのプランのドローイングが Das »Brain« に展示され、 会期中の3回の清掃が dOCUMENTA (13) のプログラムの一部ということになっていた。 破壊や記憶に関係するという点でも dOCUMENTA (13) の中に巧く組み込まれていた。
上から見ると巨大なマンホール蓋のように見えるが、 単なる「反モニュメント」というだけではなく「逆噴水」状態になっていて、 中を覗くと轟音をたてながら大量の水が落ちているのが見える。
広大なバロック庭園 Karlsaue を見下ろす崖の上に立つ美術館。 Königliche Gemäldegalerie (王立絵画館) だったとのことだが、 現在は19世紀以降近現代の美術館として使われている。 コレクション展示も残しつつ、First Floor (日本でいう2階) の約2/3と Basement (地下) の一部で dOCUMENTA (13) の展示を行っていた。 入口前の樫の木は、もちろん、Joseph Beuys の 7000 Eichen - Stadtverwaldung。 コレクション展示でも documenta を意識したかのように Grand Floor の入ってすぐの大きな展示室に Joseph Beuys の部屋が作られていた。
この会場は First Floor を中心に小品が多く、一日観て回って疲れた夕方に観たこともあり、 印象が薄くなってしまった。
dOCUMENTA (13) の100日間のサウンドトラックとして選ばれた 100曲のポピュラー音楽の歌を使ったインスタレーション。 壁3面にびっしりその歌詞が書かれており、ジュークボックス等を使ってその歌を実際にも聴くことができる。 「社会的=歴史的にコンシャス」な歌が選ばれているとのことだが、 古くは Billie Holiday: “Strange Fruit” や 公民権運動のプロテストソング “We Shall Overcome” のような古典から、 John Lennon: “Working Class Hero” や Marvin Gaye: “What's Going On” のような1970sっぽいものから、 punk な The Sex Pistols: “God Save The Queen” や rap の Public Enemy: “Fight the Power” まで。 自分でも知っているような歌が多く、音楽的にマニアックな所を狙ってこんな歌もあったのかと思わせるようなことはあまり意図されていないようだった。
19世紀半ばに建てられたカッセル中央駅 (Kassel Hauptbahnhof) は 1991年までカッセル発着の長距離列車ターミナル駅だったのだが、 現在はその機能を Bahnhof Kassel-Wilhelmshöhe に譲り、 近郊電車と路面電車が相互接続するための駅としてのみ使われている。 1995年以降 KulturBahnhof (文化の駅) として一部再利用が進められているが、 現在も利用されていないプラットフォームや駅舎が沢山残っている。
19世紀半ばにできた駅だが、第二次世界大戦中に正面の駅舎は破壊され、 戦後1950年代に当時のモダニズムの様式で再建されている。 駅前に立つ斜めのポールを歩いて登る人の彫像は、 1992年の documenta IX の際に制作された Jonathan Borofsky: “Man walking to the sky”。
dOCUMENTA (13) では 正面の駅ホールやプラットフォーム、 北ウイング (Nordflügel) と南ウイング (Südflügel) という両翼の建物など、広く作品が展開されていた。 今回の documenta で最も見応えのあった会場だった。
Cardiff & Miller [関連レビュー] による作品は、 カッセル中央駅の駅ホール界隈を歩きながら、iPod Touch で約30分の音声付きビデオを鑑賞するというもの。 ビデオは一人称視点で撮影されており、 カメラを構えるように目の高さに iPod Touch を持って観ながらビデオの内容に合わせて歩いていくと、 ビデオの内容が現実世界へオーバーラップされる。 そういう意味で、AR (Augument Reality, 拡張現実) ビデオ作品だ。 ビデオ内では、歩き出すのを誘うようにtubaとmegaphoneの2人組楽隊が通り過ぎ、 普段は使われていないホームから電車が走り出したり、 人が倒れているハプニングに出くわしたり、 で、最後は駅の広間で contact improvisation 風の contemporary dance 男女デュオ。 さらには、警備の人に見咎められビデオの中身を巻き戻し確認させられるような 遊び心を感じる異化シーンもあった。
そして、そんな中で、第二次世界大戦中、 カッセル中央駅からユダヤ人が強制収容所へ送られていったという歴史を知らされる。 駅の一角にそれを記憶するための小さな資料展示があるのだが、 ビデオでそこへ導かれ、まるで記憶が甦るかのようにビデオの中で資料が動き出す。
ARベースの作品ということで、この作品から、 今年3月に体験した Musicity Tokyo [レビュー] を連想した。 ビデオや音声に誘われて歩き回りながら、現実に「拡張」されたビデオや音楽を通して、 一見しただけでは判らないその場の歴史を知っていくという点も共通する。 しかし、受ける印象はかなり異なるものだった。 確かに、ユダヤ人虐殺に関わる過去と、六本木の流行の移ろいでは、主題の重さが違うというのはある。 Musicity Tokyo では 「その街中にいるようでそこと違う空間にいるような孤独」を感じたのだが、 Alter Bahnhof Video Walk では あくまで駅の中にいるという感覚は失われなかった。 そして、Alter Bahnhof Video Walk では現実と向き合わされる感があるのに対し、 Musicity Tokyo は現実逃避的に ナルシスティックな感傷に浸るようだったなあ、と。
このような感覚の差異が、主題に起因するものなのか、 小画面ビデオと音楽というメディアの違い (特に没入感) に起因するものなのか、 周囲の状況に依存するものなのか、判断しがだい。 どれも一因にはなっていたとは思うが、 Musicity Tokyo では周囲に同じことを体験している人がいなかったが、 Alter Bahnhof Video Walk では他にも数名の人が同じように iPod Touch を持って歩いていており、 他の多くの人もそういうものだと思って見守っている、という違いが大きいかもしれない。
現在、ARを実現するための技術はかなり普及してきている。 この Alter Bahnhof Video Walk も、 iPhone のカメラで撮ったライブのビデオに、GPS等で得られた位置情報等も利用し、 ライブで「拡張」したビデオを作成して表示する、というやり方も考えられただろう。 構内に無線LANでも仮設すれば、さほどの遅延なしにサーバ側で処理もできたであろう。 しかし、Alter Bahnhof Video Walk は 単純に iPod Touch でビデオを再生するだけで、現実の空間との同期は鑑賞者任せ。 そういう意味で、かなりのローテクなARだ。 しかし、Alter Bahnhof Video Walk を通して見ると、 AR体験の面白さの多くはそれを実現する技術とは関係ない所にあるのかもしれない。
2階と屋上というスペースを使った小展覧会。 中は半ば迷宮のように小ギャラリーに区切られ、 絵画、写真、オブジェや本、雑誌、雑誌などの断片が展示されていたり、 照明が落されたビデオインスタレーションがあったり、 屋上では1m大の石彫が置かれていたり。 しかし、謎めいているものの何を示そうとしているか掴めなかったため、 ベルベットのカーテンによる仕切りもあって David Lynch の映画に出てくる悪夢を観ているようだった。
南アフリカのアニメーション作家 William Kentridge の、ビデオを中心とするインスタレーション。 ガイドブックによると、もともと舞台作品だったもののインスタレーション化のようだ。 照明を落した倉庫のような空間の中央に木製の機械のようなオブジェが置かれ、 三方の壁にビデオが投影されている。 アニメーションは文字や絵によるものも無いわけではないが、 舞台作品でのパフォーマンスを捉えた写真を使ったと思われる、 実写のストップモーション・アニメーションが多用されていた。 しかし、そういう実写の映像より、影絵芝居のような映像の方が、幻想的で良かった。
以前に観た個展 [関連レビュー] で 南アメリカの状況をマジックリアリズム的に描いていた印象が強かったので、 19世紀に進展した工業化に伴う時間・時刻の標準化をテーマにしており、 そういう雰囲気があまり感じられなかったのは意外だった。
記憶をテーマとしたサウンドインスタレーションで知られる Susan Philipsz [関連レビュー]。 Cardiff & Miller 同様、 1941年から1942年にかけて3回にわたって、カッセル地方のユダヤ人が この駅からテレジン (Terezin) やアウシュビッツ (Auschwitz) の強制収容所へ移送された という歴史を参照した作品を作っていた。
流される音楽は Pavel Haas: Study for Strings。 チェコ系ユダヤ人作曲家 Pavel Haas は1941年にテレジンの収容所に送られ、 そこで1943年の夏に Study for Strings を作曲。 1944年9月1日に Terezin String Orchestra によって演奏された様子が、 ナチスのプロパガンダ映画 Theresienstadt: Ein Dukumentarfilm aus dem jüdischen Siedlungsgebiet [Terezin: A Documentary Film from the Jewish Settlement Area] に記録されているという。 Haas は1944年にアウシュビッツで死亡し、オリジナルの楽譜も収容所内で失われてしまったが、 後に再現されたという。
Philipsz のインスタレーションでは、曲は断片に解体された上で、 線路上に半円形に配置された7つのスピーカーからぱらばらと断片が流れてくる。 Leoš Janáček に師事した Haas はチェコやユダヤの民俗音楽に根ざした曲を作ったと言われるが、 解体された曲には感傷にひたるような旋律は無く、音の断片の連なりはむしろ不穏だ。 収容所に向かったユダヤ人を悼むために流される音楽というより、 ここから収容所に向かうユダヤ人の乗る列車を捉えた映像があったとして、 その映像にユダヤ人たちの不安や切望といった心理を暗示するような音楽を付けたとしたらこうなるかもしれない、 と思うような音楽だった。
How Nancy Wished That Everything Was An April Fool's Joke で1975年からの約30年のレバノン (Lebanon) 内戦の歴史を 内戦以降のレバノンで街中に多く掲げられているポスター (死んだ戦士や政治リーダーの遺影に政党・派閥のマークとスローガンを添えた形式のも) を使って描いた Rabih Mroué [レビュー] は、 このインスタレーションで 市民が携帯電話のカメラで撮った写真・動画を使って現在進行形のシリア内戦を描いていた。 一般市民の表現の集積、フリップブックや粗い写真を5枚並べるような展示スタイルなど、 How Nancy Wished That Everything Was An April Fool's Joke との共通点もあり、Mroué らしさを感じた。
その一方、政府軍の銃撃 (shoot) と市民の撮影 (shoot) が向かい合う状況を示すその展示は、 Das »Brain« における Man Ray のオブジェと Lee Miller の写真が向かい合うような状況が 最も極端に緊張感を孕んだ形で具現している場があることを示しているようで、そこがとても興味深かった。 大きく引き延ばした粗い写真と相対する壁に繰り返し投影される 撮影のために携帯電話を構えた状態から銃撃でくずおれる人のシルエットが、 Man Ray のオブジェのタイトル「破壊すべきオブジェ / 破壊できないオブジェ」と響き合うようにも感じられた。
しかし、Lars von Trier らデンマークの映画監督らによって提唱された Dogma 95 に基づいて 抵抗運動において携帯電話の撮影する方法についてのテキストが、自分では関係付けられないでいる。 また、観ることはできなかったが、Mroué は同タイトル下で インスタレーションの他に Staatstheater Kassel でパフォーマンスも行っている。 そちらがどんなパフォーマンスだったか公式 Logbook にから伺えなかったのは、残念。
明るいギャラリーに3脚のストールと天井から吊るされた3台のスピーカーしか無いインスタレーション。 イラン人作家 Raza Megarastani のテキストの朗読が英語、ドイツ語、ペルシャ語で流されているのだが、 酷く歪んだその音はもし言葉が判ったとしても聞き取り不能だろう。 ある意味で Cardiff & Miller や Susan Philipsz のサウンドインスタレーションに連なるものを感じさせるのだが、 サイトスペシフィックでは無い分だけ、その意味を捉え辛い所があった。
Karlsaue (Karlsaue) は1570年に作られたプレジャー・ガーデンを元に、 1700年頃にバロック様式でフルダ川 (Fluss Fulda) 川沿いに拡張され、 さらに1785年に英国式庭園に改装されたという大庭園。 「カールの牧場 (Aue)」という意味のようだ。 この公園内の約50箇所に、野外彫刻やランドアート的なインスタレーション、 アートプロジェクトやその記録のための小屋などが置かれていた。
広大な敷地に作品が点在し、全て観て回るには丸一日は要するだろうという程。 気になる作家に絞って駆け足て観て回るという感じになってしまった。
市街から降りてすぐの公園の北隅に建てられた宮殿 オランジェリー (元々の意味は柑橘類を寒さから守るための建物) は 現在は Astronomisch-Physikalisches Kabinett (天文物理展示館) という科学技術博物館となっており、 そこも dOCUMENTA (13) の会場になっていた。
イタリアはシチリア (Sicilia, Italia) 出身の作家による 公園の芝の一角に掘られた4m×7mのプールの中でうねる波。 波高はプールの縁ぎりぎりの数十センチとプールの大きさの割には高く、かなりダイナミック。 そんな波を切り出したかのようなミニマルさが良かった。
アルバニア (Albania) 出身の Anri Sala の作品。 公園の堀にかかる橋に作品案内パネルがあったので、そちらに目をやると、大きな時計が。 橋からの眺めでは普通に斜めになっているように見えるが、近付いてみると大きく歪んで作られており、 ちょっとしたトリックアート風の面白さがあった。 ガイドブックによると、オランジェリーに収蔵されている1825年の G. Ulbricht の絵にインスパイアされたもので、オランジェリーの望遠鏡で観るように作られていたようだが、そこからは観ていない。 ちなみに、案内パネルは作品とオランジェリーを結ぶ線上にかかっていた橋にあったので、 観る角度としてはここでも良いということなのだろう。
日本から唯一参加した 大竹 伸朗 のインスタレーション。 確かに、ぼろぼろの廃屋やその家の上の木にひっ掛かった廃船という構成からは、 東日本大震災で巨大津波の被害を受けた漁船や家屋を連想させる所があった。 しかし、その素材は被災地ではなく大竹の住む宇和島で集めたもの。 震災以前からこういう作風だった [関連レビュー] ことを考えると、 東日本大震災を特に意識したものではないのだろう、とも。 そういう微妙さがひっかかったインスタレーションだった。
フランスの作家 Pierre Huyghe のインスタレーションは、公園の一角にある堆肥サイトを使ったもの。 落ち葉等で作ったとおぼしき堆肥の山に囲まれ公園整備用の資材が雑然と積まれた雑然としたエリアの中に、 蜂の巣の付いた裸婦像が置かれなどが置かれていた。
脚をピンクに染められた痩せ犬二匹 (作品の一部) がそんな中を歩き回っていた。 整備された庭園とは正反対の雰囲気で、 整備が行き度とかなって荒廃した様子をあえて作り出して見せているようだった。
Kassel Hauptbahnhof でAR作品 Alter Bahnhof Video Walk を展示していた Cardiff & Miller のもう一つの作品は、 公園の木立の中のサウンドインスタレーション。 木立の中に入って行くと、少し開けた空間があり、人々が腰掛けたり佇んだりしている。 そんな空間を囲むように13台のスピーカーからなるサラウンド・システムが木立に仕掛けられていた。
サラウンドのサウンド・システムから流れてくるのは、 昔の祭りのパレードのような音だったり、爆弾の破裂音や機関銃音が鳴り響く戦場のようだったり、 そして、静かにしかし強く降りしきる雨音だったり、その犠牲者を弔うような静かな歌声だったり。 音に併せてのワークショップ学生が演じているとおぼしきパフォーマンスも一瞬あったけれども、 基本的にサラウンドな音だけで物語って行く。 緑の木立の中でそんな音に囲まれながら、 かつて戦禍に見舞われたこの Kassel の街の歴史に静かに思いをめぐらすような体験だった。
1992年の Documenta IX の際に、 Friedrichplatz の最も川寄り、Karlsaue へ下る道の脇に建てられた ガラス張りの外観もモダンな多目的ホール。 もちろんここも会場になっていた。
朝から一日 Hauptbahnhof と Karlsaue を観た後に足を運んだこともあり、 印象が薄くなってしまった。
地下 (Keller) の広いギャラリーを全部使っての飛行機をテーマにしたインスタレーション。 全体としてはあまりピンとこなかったが、 飛行機の部品モデルを動かした状態で展示したものは、 そのミニマルな動きの面白さが印象に残った。 写真は、プロペラ機のエンジンとしてよく使われる星形エンジン (写真は9気筒のもの) のカットモデル。 星形エンジンのカットモデルを動く状態で観たのは初めてかもしれない、と、思わず見入ってしまった。 これが Rosenkranz-Litanei [Rosary-Litany] (数珠連祷) に見立てられていたのが、美術展らしいだろうか。
Museum Fridericianum から Steinweg を少し下った所にある元病院が、 dOCUMENTA (13) の一環として行ったカブールでのセミナーに関連した アフガニスタンの現代美術作家の作品を集めた展覧会場となっていた。 残念ながら、個別に強い印象を残す作品には会えなかったけれども。 そこで行われたセミナーのドキュメント Seminars in Kabul も展示されており、その連携を感じさせるものがあった。