Dmitri Shostakovich [Дмитрий Шостакович] が初期の Avant-Garde な作風だった 1920年代〜30年代初頭の時代に手がけたオペラ作品を、 ドローイングを用いたストップモーションアニメーションを得意とする 南アフリカ出身の現代美術作家 William Kentridge のプロダクションで上演したものです。 このプロダクションは2010年東京国立近代美術館での展覧会 [鑑賞メモ] で関連資料や作品を見て知ってはいたのですが、 2013-14シーズンに上映された際は Met Opera live in HD をチェックしていなかったので見逃してしまったのでした。
ゴーゴリ (Николай Гоголь) の原作は19世期前半ですが、 このプロダクションの時代設定は、服装からしても、 オペラ初演の時代、ロシア革命後の内戦終結後、スターリン体制前の1930年前後のソビエトロシアでしょうか。 同時代の Russian-Avant Garde の構成主義的なグラフィックデザインも参照し、 当時の写真や記録映画もコラージュの元ネタに多用していました。 そんな舞台上の雰囲気も、同時代の Berg などの作風の影響も感じる音楽にあっていました。
物語は、下級役人 Kovalyov [Ковалёв] の鼻が、床屋へ行った日の翌朝に行方不明となり、 別人格を持った鼻が街中を混乱させ、最後に元通りになるまでのドタバタを風刺的に描いたもの。 下級役人の小市民的な生活という設定の中で鼻が別人格を持って動き回るという不条理なマジックリアリズム的な物語と、 ストップモーションアニメーションやそれと連続する視覚的技法の相性は抜群で、期待違わぬ面白さでした。 Jan Švankmajer のアニメーションなども連想させられます。 別人格を持った鼻をどう描くかというのも一つのポイントかと思うのですが、 単に新聞紙の張り子のような被り物を使うだけでなく、影による描写を多用していたことも、鼻の多義性を感じさせました。 黙役やコーラスを用いた街中の人の表現も面白く、特に、クルクルとシェネでしながら主人公とのすれ違う女性が印象に残りました。
Kentridge のプロダクションによるオペラ作品は、 Met Live in HD で Alban Berg の Lulu [鑑賞メモ] と Wozzeck [鑑賞メモ]、 新国立劇場で Mozart の Die Zauberflöte [鑑賞メモ] と観てきましたが、 やはり、この The Nose [Нос] が最も良かったでしょうか。 新国立劇場も今度は The Nose [Нос] を是非持ってきて欲しいものです。