国立映画アーカイブの上映企画 『没後40年 映画監督 五所平之助』で、 戦前の松竹蒲田〜松竹大船時代の映画をまとめて観てきました。
あらすじ: 舞台は東京の下町 下谷。 お徳は牛鍋屋の女中をしながら息子 誠一 を法科の大学生まで女手一つで育てあげてきたが、 誠一はそんな母の期待を次第に重荷に感じるようになっていた。 染物屋の旦那である伯父 文吉の町内の問題を法令の知識で解決してあげた誠一は、 文吉に連れられて呑み歩くうち、銀座のバーで、文吉とは芸者時代に馴染みだった女給 照子と知り合う。 誠一は照子に誘われるうちに親密になるが、やがて、照子は妊娠してしまう。 誠一は母の気持ちの前に、結婚すると言い出せず、伯父の文吉に相談する。 文吉は照子が妊娠しのは自分の子だということにし、誠一にはこの事を秘密にし二度と照子と会うなといいつける。 文吉に照子の子を引き取ると言われ、妻 おきよ は怒って家を出るが、お徳に説得されて、結局受け入れることにする。 用意した妾宅で文吉やお徳はお照のお産の準備をするが、やがて、尿毒症になって母子共に死んでしまう。 照子の葬式に現れた誠一は全てを打ち明けたいと文吉に言うが、出世を願っていた照子の気持ちを考え秘密とするよう文吉は誠一を諭すののだった。
染物屋の旦那 文吉、妻 おきよ、妹 お徳を演じる坂本 武、吉川 満子、飯田 蝶子のやりとりも軽妙な いかにも下町人情喜劇風の出だしに始まり、 やがて、お徳の息子で大学生の 誠一と女給 照子の身分違いの恋、そして、照子が妊娠して死んでしまうという悲恋メロドラマへ。 この、下町人情物とメロドラマのブレンド具合が絶妙。 女給への職業差別、夫の浮気を受け入れることも甲斐性とされるような弱い妻の立場など、当時の女性の地位の低さを背景とする物語ですが、 そのような価値観を当然のものとして扱わず、会話を通して登場人物の葛藤を丁寧に描写した、 そんな世の中のやるせなさを感じさせる映画でした。
冒頭の講談の講釈場の場面や、お徳が働く牛鍋屋での賑やかな宴会や大学生のコンパの様子、 豪華な銀座のカフェー、つつましやかながらも洒落た照子の部屋など、当時の風俗の描写も丁寧。 特に深刻な事態の場面、 照子の部屋で誠一が妊娠を告げられる場面での照子の動きや部屋の小物のモンタージュ、 文吉が妻 おきよ に子を引き取ると説得する場面での怒った おきよ の戸や襖を開け閉めしながらの動きや、 受け入れるようお徳がおきよを説得する場面での狭い部屋の中での2人の会話と動き、など、 大袈裟ではなくさりげない動きと台詞を重ねていくあたりは、これぞ松竹大船調という描写です。
また、女手一人で息子を育てた お徳 と、その優秀さが自慢の (しかし女性にうぶな) 息子 誠一、 そして誠一を誘惑するも真剣な恋仲になってしまう照子の関係に、 小津 安二郎 『浮草物語』 (1934) [鑑賞メモ] での 信吉、母 おつね、信吉と恋仲になる おとき の関係が被って見えたのは、 母役がどちらも 飯田 蝶子 だというだけでなく、 照子を演じた 飯塚 敏子 が瓜実顔の和顔美人で、おときを演じた 坪内 美子 (やはり松竹女優の中では和顔) とイメージが被ったからかもしれません。
『あこがれ』 (五所 平之助 (監督), 松竹蒲田, 1935) のロケ現場で撮られたフィルムを 約10分の短編サイレント映画に仕上げたもの。 画面構成などに素人っぽさが残るものの、話が追えるだけの編集がされていました。 元の映画を観たことが無いので、元の物語をどの程度再現したものか判断し兼ねましたが。
映画館で観るのはは初ですが、以前に観たことのある映画です [鑑賞メモ]。 善良な人たちの小市民的な悩みを風刺込みでコミカルに描いたホームドラマですが、さすがよく出来ています。
抜け駆けて先に卒業、就職した小村が、留年した大学時代の学友に奢らされ、 寝言が色っぽいと聞きつけられ、新婚宅に押し掛けられて、の騒動を描いがコメディ映画です。 『マダムと女房』 (五所 平之助 (監督), 松竹蒲田, 1931) [鑑賞メモ] のヒットを受け、 田中 絹代 の少し鼻にかかった甘い発声 (花嫁の寝言) に焦点を当てた話になっています。 特に登場人物の設定に重なりはありませんが、冒頭で「私の青空」がかかったりと、世界観は共有しています。 コント劇の舞台を収録したような感もあって、後に観られるような繊細な日常描写はまだ感じさせません。
タイトルからして『花嫁の寝言』のヒットを受けての作品で、 小林 十九二 の役のカラミで『花嫁の寝言』の内容をネタにした笑いもあります。 しかし、この作品は 田中 絹代 は出演しておらず、フォーカスされるのは 林 長二郎 と 川崎 弘子。 この2人が演じる新婚夫婦の甘いやりとりにフォーカスしたお惚気コメディです。 対比となる 小林 十九二 と 忍 節子 の友人夫婦や、 齋藤 達雄 演じる催眠術を操る怪しい心霊術研究家や、突貫 小僧 演じる酒屋の小僧など、脇役も個性的。 コメディ映画として『花嫁の寝言』よりもグッと洗練された演出、構成になったように感じられました。
『花嫁の寝言』や『花婿の寝言』のようなたわい無いコメディも楽しんだのですが、 やはり、人情の中にも世のやるせなさを感じさせた『朧夜の女』が、心の琴線に触れるものがありました。
上映の合間を使って、展示室で開催中だったこの展覧会も観ました。
『ゴジラ』や『ウルトラマン』の特殊撮影 (特撮) で知られる 円谷 英二 の回顧展です。 特撮映画は疎いのですが、このような展示を観て体系的に観れば面白いのだろうと思わせるものがありました。 しかし、やはり興味を引かれたのは、戦前の活動初期。 京都で 衣笠 貞之助 率いるグループに参加し、前衛映画で知られる 『狂つた一頁』 (新感覚派映画聯盟, 1926) にも撮影補助で参加していたことに気付かされました。 この衣笠映画聯盟時代に参加した映画として『風雲城史』 (山崎 藤江 監督, 松竹キネマ (京都), 1928) の抜粋もモニターで上映されていました。 その後、J.O.スタヂオ (後の東宝となる映画会社の1つ) へ移籍。 展覧会に合わせての上映会 (チケット瞬殺で観られず) があった 『かぐや姫』 (田中 喜次 監督, J.O. スタジオ, 1935) も会場内モニター上映されていました。 この前に製作された音楽映画 『百萬人の合唱』 (富岡 敦雄 監督, J.O. スタジオ, 1935)、 『新しき土』 (Arnold Fanck / 伊丹 万作 監督, ファンク映画製作所=東和商事=J.O.スタヂオ, 1937) [鑑賞メモ] など、 J.O. スタジオ時代の資料も興味深かったです。 この衣笠映画聯盟時代〜J.O. スタヂオ時代の映画など、まとめて観る機会があればと思います。