オランダ Internationaal Theater Amsterdam の Ivo van Hove が演出を手がけたオペラが Metropolitan Opera live in HD でかかりました。 手かげたのは、好色漢の代名詞ともなっている Don Juan (ドンファン, イタリア語で Don Giovanni) の伝説を Da Ponte によるイタリア語歌詞で Mozart がオペラ化したもの。 元々は17世紀スペインの話ですが、Ivo van Hove らしく現代に置き換えての演出でした。 Maurits Escher の絵に着想したという コンクリート打ち放しのような殺風景な建物が左右後方の3箇所にそびえ、 閉塞感のある迷宮的な空間ながら、3つが回転することで場面が転換して行きます。 全ての場面が夜ということで、照明も暗め。 衣装は、上流階級であればスーツやスリップドレス、庶民であればシンプルなシャツとパンツとミニマル・ルック。 そんな美術や衣装は、現代的というか、20世紀末以降の大都市的ではあるけれども、流行や地域性が捨象されています。
現代に置き換える際に、プレイボーイの笑える話とはせずに、 Don Giovanni をリッチだけれどもサイコパスの性的搾取 (sexual abuse) 常習犯として描きます。 一方、強姦されかかって助けに来た父を殺された令嬢 Donna Anna、 過去に誘惑されて捨てられた貴婦人 Donna Elviram、 今まさに誘惑されかかるもしたたかな庶民の女性 Zerlina の3人の主要な女性登場人物は、 単に Don Giovanni が狙う誘惑相手としてではなく、 それぞれに葛藤を抱えつつ Don Giovanni に接する主体性ある女性として描きます。 そして、そんな女性3人が Don Giovanni の性的搾取を主とする悪事を告発する、まさに Me Too する物語となっていました。
サイコパスが女性を餌食にしていく暗いトーンのサイコスリラーがかった Don Giovanni ではあるものの、 スリラーという程にはシリアスに感じられなかったのは、オペラという形式、それも Mozart の歌の聞きやすさのせいでしょうか。 特に、後半の冒頭、Don Giovanni が Donna Elvira の女中を狙って歌う Serenata はとても蠱惑的で印象に残りました。 また、Don Giovanni の従者 Leporello が、高圧的なカリスマ経営者のパワハラがかった無茶な指示に半ば呆れつつ仕事する部下のようで、良いコメディリリーフになっていました。 演技や演出がリアリズム演劇に寄っていて、舞台裏を見せたり、映像や見立てを駆使した象徴的な演出は控えでしたが、 それだけに、Don Giovanni が地獄に落ちる場面での3つの建物が回転してピッタリ合って密室的な空間への 暗闇に光が走るようなプロジェクションマッピングが、 そして、ラストの街に生活感が戻ったかの変化が、象徴的で効果的でした。
Ivo van Hove の演出というと、 William Shakespeare: The Taming of the Shrew 『じゃじゃ馬ならし』のミソジニーを現代のサッカーファンの姿などで演出したり [鑑賞メモ]、 Romeinse Tragedies [Roman Tragedies] 『ローマ悲劇』 を現代欧州の戦争や政治のニュースや公開討論番組のように伝えたり [鑑賞メモ] と、かなり大胆な翻案を思い出します。 Opening Night [鑑賞メモ] や All About Eve [鑑賞メモ] のような バックステージ物もよく手がけているので、 セクハラ/パワハラ常習の舞台/映画のプロデューサ/監督の Don Giovanni が Me Too される翻案もありそうと思いましたが、さすがにそこまでやっていませんでした。 現代的ながら流行や場所を捨象しつつリアリズムに寄ったオーソドックスな演出は 去年観た La Ménagerie de verre [The Glass Menagerie] 『ガラスの動物園』 [鑑賞メモ] に近いものを感じました。 オペラの場合は演劇のようにはセリフを変えられませんし、このような演出の方が親和性高いのかもしれません。 しかし、細かい設定を捨象することで、ベンチャー経営者やプロデューサなど一見魅力的でカリスマ的な人物にありそうな、現代に普遍的な物語になっていました。