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ブラジル (Brazil) の Post-Punk について

ブラジルの Post-punk に関する一連の発言の抜粋です。 古い発言ほど上になっています。 リンク先のURLの維持更新は行っていませんので、 リンク先が失われている場合もありますが、ご了承ください。 コメントは談話室へお願いします。

[1338] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Mon Jul 4 1:13:09 2005

Various Artists, The Sexual Life Of The Savages: Underground Post-Punk From São Paulo, Brasil (Soul Jazz, SJRCD112, 2005, CD) という、1980年代のブラジルはサンパウロ (São Paulo, Brasil) の post-punk シーンを取り上げたアンソロジーが出ています。 同時代の英米の音楽の影響を受けたバンドがサンパウロで活動していた ということ自体は意外ではないものの、 収録されているバンドは知らないものばかりでした。もちろん聴くの初めて。 収録されている音楽はサンパウロ独自色が強いという程ではないものの、 それなりに楽しめるものでしたし、 シーンを説明したライナーノーツもとても興味深いものでした。

音楽的には reggae / dub の要素が薄く electro ではないものの funk 色が濃いです。 そのせいか、UK post-punk よりも US、 特に NY の ZE レーベル界隈の 影響が強いという印象を受けました。 例えば、アンソロジーに収録されている女性バンド As Mercenárias も、 UK の Au Pairs や The Raincoats ではなく、NY の ESG や Bush Tetras 風というか。 もちろん、UK の影響も聴かれないわけではなく、 Fellini, "Rock Europeu" などは "Blue Monday" 以前の New Order な音だし、 Smack, "Mediocridade Afinal" は Solid Gold (1981) の頃の Gang Of Four のようです。

サンパウロの post-punk シーンを紹介するコンピレーションとして、当時、 Various Artists, Não São Paulo (Baratos Afins, BALP022, 1985, LP / BACD019, CD) と Various Artists, Não São Paulo 2 (Baratos Afins, BALP030, 1987, LP / BACD020, CD) がリリースされており、 The Sexual Life Of The Savages にはこの2枚から採られた音源も含まれています。 Não São Paulo という題名は明らかに Contortions / Teenage Jesus & The Jerks / Mars / DNA, No New York (Antilles, AN7067, 1978, LP) を意識したもので、 こういう所にも、彼らの影響源が伺われます。

このアンソロジーに収録されているバンドは、 As Mercenárias, Akira S et As Garotas Que Erraram, Fellini, Gang 90 & As Absurdettes, Chance, Patife, Gueto, Nau, Smack, Muzak, Cabine C, Harry ですが、ライナーノーツによると、これらの他にも Agentss, Azul 29, Os Voluntários Da Pátria, Titãs, Zero, RPM, Ultraje a Rigor, IRA! といったバンドがいたようです。 Titãs や IRA! は、1980年代に出てきたブラジルの rock バンドとして それなり知られているように思いますが (僕ですら知っています)、 彼らもやはりそういう出自だったのですね。

さて、1980年代のサンパウロの音楽シーンというと、Lira Paulistana 界隈で活動した Arrigo Barnabé や Itamar Assumpção、Grupo Rumo などの Vanguarda Paulistana (サンパウロ前衛派。関連発言) を、僕はまず思い出します。 この Vanguarda Paulistana と post-punk の関係についても、 The Sexual Life Of The Savages のライナーノーツで触れられています。 これによると、1980年代のサンパウロのアンダーグラウンドには3つのシーンが並立していたそうです。 一つが Vanguarda Paulistana で、もう一つが郊外の punk rock シーンで、最後は post-punk シーンです。 また社会階層との関係についても、 中流階級アートスクールの Vanguarda Paulistana と、労働者階級の punk rock という棲み分けがあったようで、 そんな中での post-punk の位置をライナーノーツではこう述べています。

The post-punk acts of São Paulo were somewhere in between the angry punk scene and the avant pop and political 'discourse' of the art departments from USP (University of São Paulo). It is also worth noticing that there was quite a mixture of middle class art students with working class boys and girls playing in different bands.

サンパウロの punk rock の方は全く知らないので判らないのですが、少なくとも post-punk と Vanguarda Paulistana はそれなりに関係があったようです。 例えば、Patife は Arrigo Barnabé の兄弟 Paulo Barnabé のバンドで、 The Sexual Life Of The Savages に収録されている "Poema Em Linha Reta" は Arrigo と Paulo のコラボレーションで作られた曲とのことです。

The Sexual Life Of The Savages 収録音源は、 Baratos Afins レーベルのものが多く使われています。このレーベルは、 1980年代にリリースされたコンピレーション Não São Paulo を リリースしたレーベルで、 サンパウロの post-punk シーンに重要な役割を果たした独立系レーベルのようです。 このレーベルは、1983年に第一弾をリリースして以来、今もまだ活動を続けています。 ちなみに、最初のリリースは Arnaldo Baptista (ex-Os Mutantes) の Singing Alone (1983)。 オフィシャルサイトにレーベル25周年を記念しての The History Of Paratos Afins という英語記事が載っているのですが、これがとても興味深いです。 SP Metal という metal のコンピレーションもリリースしたという話とか。 Baratos Afins は、Arnaldo Baputista や Rita Lee (ex-Os Mutantes)、 Tom Zé や Walter Franco のようなベテラン、 Vanguarda Paulistana の Itamar Assampção などもリリースしています。 そういう点からも、サンパウロの post-punk は孤立した突然変異的なシーンでは無かったことが伺われます。

しかし、The Sexual Life Of The Savages を聴いていて最も感慨深かったのは、 Smack, "Mediocridade Afinal" で Edgard Scandurra (from IRA!) がまるで Andy Gill (Gang Of Four) のような guitar を弾いていたことでした。 実は、10余年前のことですが、Scandurra が参加した Arnaldo Antunes, Nome (BMG Ariola Discos, M30.072, 1993, CD) に対して 「下手なポストパンク曲よりずっとポストパンク流儀」とレビューに書いたら、 そういう書き方は良くないと当時の僕の jazz の師匠にたしなめられたことがあったのでした。 確かに、これは音楽が出てきた文脈を無視してどんな音楽でも プログレ的かどうかで説明しようとするプログレファンと同じような事なので、 調子に乗りすぎてダメなレビューの書き方をしてしまったと反省したものでした。 しかし、The Sexual Life Of The Savages を手にした今だから言えることですが、 Arnaldo Antunes もサンパウロ post-punk 文脈の Titás 出身ですし、 Smack, "Mediocridade Afinal" での Scandurra の Gang Of Four 流儀の guitar の演奏を聴くと、 Nome を「ポストパンク的」と形容するのは文脈的にも全く的外れではなかったのだなぁ、と。 というか、Nome における Arnaldo Antunes や Edgard Scandurra と Arto Lindsay の共演は、実は、 Não São Paulo meets No New York だったのですね。

The Sexual Life Of The Savages のおかげで、 自分の好きなブラジルのオルタナティヴな音楽の見落としていた地下水脈を捉えることができ、 シーンを見る視野がぐっと広がったように思います。 そういう意味でもとても参考になったアンソロジーでした。

ちなみに、未入手ですが、1980年代のサンパウロの post-punk のアンソロジーとして Various Artists, Não Wave: Brazil Post Punk 1982-1988 (Man Recordings, MAN001CD, 2005, CD) というリリースもあるようです。 こちらも Baratos Afins 音源中心のようで2曲重なりありますが、 是非入手したいものです。 というか、サンパウロの post-punk の評価が進んでいるようですし、 Baratos Afins のCDがもっと流通するようになってくれれば……。 ま、直接買う手もありますが……。

[1339] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Wed Jul 6 23:42:56 2005

先日の Various Artists, The Sexual Life Of The Savages: Underground Post-Punk From São Paulo, Brasil (Soul Jazz, SJRCD112, 2005, CD) ののフォローアップ。

一年余り前に Andy Cumming, "A Nova Bossa Nova: Brazilian Experimental Music Today" (April 2004) という記事がオンライン音楽雑誌 Perfect Sound Forever に掲載されていたことに今さらながら気付きました。 内容的には1980年代の post-punk に軽く触れつつ、 現在のサンパウロ (São Paulo) の実験的な音楽シーンを辿るというもので、 1980年前後の Vanguarda Paulistana (関連発言) で終ってしまう ブラジル (Brasil) 前衛音楽概説 Silvio Essinger, "Vanguarda: A Música de Invenção" (CliqueMusic) の後を埋める内容となっています。

ちなみに、この記事では、1980年代の重要なインディーズ (独立系レーベル) として Baratos Afins ともう一つ Wop-Bop を挙げています。続く1990年代は「渇水期」の扱いです。 で、2000年代に入って再生 (renaissance) して、 インディーズが新しいエッジのある音楽をリリースし始めていると。 ここで挙げられているレーベルは、 YBrazil?Outros DiscosBizarre Music、 あとディストリビュータでもある Tratore です。 少々 club music 〜 electronica 寄りかという気もしますが仕方ないでしょうか。 YBrazil? はそれなりにフォローしてきましたが、 他のレーベルはあまりチェックしていませんでした。 しかし Outros Discos は YBrazil? からもリリースがある BojoStela Campos をリリースしているレーベルで気になっていたので、 これを機会にちょっとフォローしてみようかしらん、と思ったり。

以前にも、ブラジルのインディーズ事情について 軽く紹介しましたが、 こういう記事を読んでいても、2000年代に入ってブラジルの独立系の音楽シーンは 活性化しているように思われます。 ま、この界隈の今後の展開に期待したいところです。 ちなみに、以前のブラジルのインディーズ事情の話の中に出てくる ブラジルのインディーズの協会 (というか連合組織) というのは、 ABMI (Associação Brasileira da Música Independente) のことです。

しかし、やっぱり、 Perfect Sound Forever は、良いオンライン音楽雑誌ですね。 ブラジルのこの界隈の音楽もちゃんとフォローしてましたし、さすがです。 って、ここ談話室でも度々ここの記事を参照してきているわけですが、 さすがに片っ端から読んでないので、見落しも多いです。うーむ。

[1358] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Tue Jul 26 23:42:33 2005

ブラジルはサンパウロ (São Paulo, Brasil) の post-punk アンソロジー Various Artists, The Sexual Life Of The Savages: Underground Post-Punk From São Paulo, Brasil (Soul Jazz, SJRCD112, 2005, CD) の話 (1, 2) のフォローアップ。

その後、Various Artists, Não Wave: Brazil Post Punk 1982-1988 (Man Recordings, MAN001CD, 2005, CD) を入手しました。 The Sexual Life Of The Savages と収録ミュージシャンの重なりも大きく、 内容の音楽的な傾向は大きく変わらないですが、 Não Wave の方がイギリスの post-punk の雰囲気に少々近いでしょうか。 post-punk というよりも goth がかった new wave というか。

The Sexual Life Of The Savages のライナーノーツは Vanguarda Paulistana と punk rock という 並行するアンダーグラウンドのシーンとの比較をしていたわけですが、 Não Wave のはそれには全く触れずむしろ社会的背景に触れています。 ちょうど内容が補完し合うような感じです。 Não Wave のライナーノーツでは、 1980年代前半にサンパウロから post-punk が出てきた背景を2つ挙げています。 1つは約20年続いたブラジルの軍事独裁政権が終った時ということです。 プラジルの post-punk シーンが興隆した 1982-1988 (The Sexual Life Of The Savages では 1980-1988) という時期の間に、 1983年頃から大規模なデモやストが行われ (一方で、非常事態宣言が出され)、 1985年3月についに民政移管され、1988年10月に新憲法が公布されました。 ブラジルの post-punk はこのような社会変化の中で生まれた音楽としています。 もう1点、サンパウロのローカルな状況を挙げています。 大資本のリオ-サンパウロ軸による文化の集中と一様化が進む一方で、 ブラジルで最も工業化が進んだサンパウロに 過激化したアンダーグラウンド・シーンを生むようなコスモポリタン的な土壌が生まれたという。 もちろん、このような背景は post-punk だけでなく同時代の Vanguarda Paulistana にも言えるように思います。

ライナーノーツのトリビアな記述では、"Some of the bands from São Paulo scene (such as Ira!, initially influenced by Gang of Four, and Titãs) managed to break out of the underground ..." というのが。これで、 Edgard Scandurra (Ira! の guitar 奏者) のルーツは Gang Of Four、 と自信を持って言えます (笑)。

Não Wave のライナーノーツを書いているのは、 Akira S & As Garotas Que Erraram のメンバーだったこともあるブラジルの音楽ジャーナリストの Alex "Pedreira" Antunes。 同じく Akira S & As Garotas Que Erraram のメンバーで、現在は Alvos Móveis などのプロジェクトで活動する Miguel Barella も Alex Antunes と共に選曲に協力しています。 企画と選曲は、先日紹介した "A Nova Bossa Nova: Brazilian experimental music today" を書いた Andy Cumming でした。 そんなこともあってか、Não Wave には Wop-Bop レーベルの音源が含まれています。 しかし、Vzyadoq Moe, "Redenção" 1曲のみなのは残念です。

ところで、The Sexual Life Of The Savages の方の企画選曲は、 1995年にサンパウロで結成され、2000年以降はロンドン (London) に拠点を移している Bruno Verner & Eliete Mejordano のユニット Tetine"A Nova Bossa Nova: Brazilian experimental music today" の最後の方で Andy Cumming は Tatine に触れています。 こういう所からも、サンパウロの post-punk の再評価がどういう所で進められているのか伺えます。 あと、Tatine の2人はロンドンのラジオ・アート局 Resonance FM に "new Brazilian electronic and experimental music" をテーマにした Slum Dunk という番組を持っているようです。

あと、Não Wave をリリースしている Man Recordings は、 Various Artists, Rio Baile Funk: Favela Booty Beats (Essay Recordings, AYCD03, 2004, CD) を編集した Daniel Haaksman が作ったレーベルです。 Rio Baile Funk は試聴したことがありますが、 かなり泥臭い electro で買うのを躊躇してしまいました……。 Funk Carioca (Rio Baile Funk) は Tatine の Slum Dunk でも 2005/5/3 に特集が組まれていますね。うーむ。

[1393] 嶋田 丈裕 <tfj(at)kt.rim.or.jp>
- 若林, 東京, Thu Sep 1 23:38:03 2005

ブラジル (Brazil) の Post-Punk の話 (以前の関連発言をアーカイブにまとめておきました) のフォローアップ。

オンライン音楽マガジン Perfect Sound Forever の 2005年8月号にブラジルの Post-Punk バンド Akira S e as Garotas Que Erraram の記事に関する記事 Andy Cummings, "Akira S: Deep in the heart of Brazilian post-punk" (2005.8.7) が載っています。 掲載されてから既に一ヶ月近く経ってしまいましたが、 9月号になる前に、というか。 記事署名は Cummings になっていますが、執筆しているのは、以前にも、 "A Nova Bossa Nova: Brazilian experimental music today" (2004.4) を寄稿していた、 そして、Various Artists, Não Wave: Brazil Post Punk 1982-1988 (Man Recordings, MAN001CD, 2005, CD) の企画選曲をしていた Andy Cumming と思われます (以下では Cumming とします)。

記事は、Cumming の Alex Antunes (ex-Akira S e as Garotas Que Erraram、 Não Wave のライナーノーツを執筆) への インタビュー取材に基づいて書かれています。 Alex が1980年前後で最も評価していたのは Walter Franco だったのですね、なるほど。 あと、聴いて育ったけどやりたい音楽ではなかったという "progressive rock" に (Hermeto Pascoal and Egberto Gismonti) という注釈が付いているのが、 興味深いです。ブラジルではそういう位置付けもあるのかしらん? 当時 Arto Lindsay をゲストに呼んでライブをやったことがあるという話も出てきますが、 共演するにあたって彼が付けた条件が「昔のブラジルのサンバ (samba) の曲をいくつか演る」というのも、 微妙にすれ違っているようで興味深いです。 バンドリーダーだった Akira S は、現在、アムステルダム (Amsterdam, NL) で ネットワーク管理者として働いているとのこと。 Akira S の最近10年近くのソロのマテリアルをリリースする予定があるとか。 それよりバンドの Post-Punk 時代のアンソロジーは出ないのでしょうか。

バンド別アンソロジーとしては As Mercenarias, The Beginning of The End Of The World: Brazilian Post-Punk 1982-85 (Soul Jazz) というアンソロジーのリリース予定があります。 暫くは、こういう感じで、この界隈の再評価が続くのでしょうか。