副題からも想像つくように、欧米で活動する hip hop や raggea (ragga や dub) や breakbeats の影響を受けた dance floor 志向の強い Jewish (ユダヤの) 音楽を集めたコンピレーションだ。 もちろん、単に Jewish のミュージシャンがやっているというのではなく、 特に旋律が klezmer 的もしくは中近東的であったり、 歌詞がイディッシュ語 (Yiddish) やヘブライ語 (Hebrew) だったり、 と、いう曲が集められている。 ちなみに、Shtetl とはイディッシュ語で "Inner City" という意味とのことだ。
1986年の The Klezmatics の登場以降、 Knitting Factory Works レーベルの Jewish Alternative Movement シリーズや Tzadik レーベルの Radical Jewish Culture シリーズなどで、 単なるリバイバル以上の同時代的な試みを聴くことができた。 しかし、ここに収録されているのは、それに比べて、ぐっと club 志向。ある意味、 Shantel, Bucovina Club (Essay Recordsings, AYCD1, 2003, CD) (レビュー) や Various Artists, Electric Gypsyland (CramWorld, CRAW32, 2003, CD) (レビュー) の Jewish 音楽版だが、それと比べても hip hop 〜 reggae 色濃く、下世話な感じだ。 そういう意味では意外と新鮮。ショーケースとしては楽しめた。 しかし、個別にさらに聴き進むかは微妙なところ。
ちなみに、編集しているのは、イギリス (UK) の Jewish グループ Oi Va Voi のメンバーでもある Lamez Lovas と、 2000年からベルリン (Berlin, DE) を拠点に活動する ロシア (Russia) の underground な rock 〜 club music をかけるDJユニット Russendisko の一人 Yuriy Gurzhy。 Shtetl Allstars をリリースしている Trikont からは、 Russendisko Hits (Trikont, US0308, 2003, CD) と RussenSoul: Soulful Grooves From Russendisko (Trikont, US0318, 2004, CD) というコンピレーションのリリースがある。 そういう点では、Shtetl Superstars は Russendisko の Jewish 音楽版とも言えるだろう。 以前からこのような活動をしてきただけに、 Shtetl Superstars は、 Electric Gypsyland の二番煎じや物真似のようなお手軽な作りではない。 全19曲中、未リリース音源は、曲が3曲、別ヴァージョンが2曲、別ミックスが1曲含まれている。 ライナーノーツも個々のアーティストの紹介だけでなく、 アーティスト自身のコメントも載っている。丁寧な仕事をしている。
ところで、Bucovina Club は1年余り前に第2集 Shantel, Bucovina Club Vol.2 (Essay Recordings, AYCD06, 2005, CD) をリリースしたが、 去年末、Electric Gypsyland も第2集をリリースした。
コンセプト的にはシリーズ前作 (レビュー) 同様。 Crammed の Gypsy 関連音源 (Koçani Orkestar, Taraf De Haïdouks, Mahala Raï Banda, Zelwer) の音源の remix 集だ。相変わらずといえば、相変わらずの内容だ。 しかし、前作よりもノリ、キャッチが良い曲が増えぐっと聴き易くなったように思う。 音作りも洗練されているし、充分に楽しめる内容だ。 ボーナスCDでリミックス前の音源も聴かれるというのも良い。お薦めだ。
ベストトラックは、Koçani Orkestar のブラスに トルコ (Turkey) のミュージシャンによる clarinet、kanun、oud を加えてよりオリエンタルな雰囲気にしつつ、 ディープな音作りで仕上げた Smadj の "Mi Nori Sar Korani" だろう。 Animal Collective による dance floor 志向とは違うテクスチャを感じる仕上りも面白いし、 Nouvelle Vague の club bossa な仕上りもハマっている。 Tony Allen の drums、Sekou Kouyate (Ba Cissoko) の kora、 Ben Mandelson (aka Hijaz Mustapha) の guitar をフィーチャーした ShrineSynchroSystem も微妙な軽快さとディープさを持った曲に仕上っている。
ちなみに、Bucovina Club の Shantel も第1集に続いて参加しているし、 Shtetl Superstars の Lemez Lovas のグループ Oi Va Voi と Yuriy Gurzhy/Russendisko も参加している。 イスタンブール (Istanbul, TR) の underground からは、 第1集の Mercan Dede に代わり、今回は Smadj が参加。 こういった所にも、この手のシーンの繋がりが感じられて、興味深い。
Shtetl Superstars をリリースした Trikont は、 イスタンブールの underground シーンのコンピレーションもリリースしている。 選曲はベルリン・クロイツベルグ (Kreuzberg, Berlin) を拠点に活動する DJ İpek İpekçioğlu (aka Ipek Ipekcioglu)。 内容的には映画 Crossing The Bridge: The Sound Of Istanbul (Fatih Akin (dir.), 2005) (レビュー) のフォロワー的なもので、 Doublemoon レーベル音源が16曲中6曲を占めている。 Crossing The Bridge からメインストリームの sanat、arabesk、pop を抜いたという感じで、 個性的な選曲とは言い難い。 ちなみに、コンピレーション Istanbul Calling シリーズをリリースしている イスタンブールのレーベル Elec-Trip レーベル音源も2曲収録されている。
ウィーン (Wien, AT) を拠点に活動する dZihan & Kamien と彼らのレーベル Couch のアーティスト Çay Taylan が収録されている。 また、フランス (France) を拠点に活動するグループ The Night Session も 収録されている。 ライナーノーツを読む限り、音の類似から併せて収録した感もあるが、 イスタンブールのシーンとの関係も少々気になった。
このCDを買った理由は、選曲というより、ライナーノーツの情報を期待して。 最近は英語や日本語の情報が増えたとはいえ、まだまだ判らないことが多いからだ。 英語、ドイツ語、トルコ語対訳のライナーノーツは参考になった。 特に気になったのは、 İlhan Erşahin, Harikalar Diyarı (Wonderland) (Nublu / Doublemoon, DM017, 2002, CD) で1曲フィーチャーされていた女性SSW Nil Karaibrahimgil について。 当時、ソロ・デビュー・アルバムを試聴してイマイチ決め手に欠くと思っていたのだが、 ライナーノーツによると、彼女は風刺的な歌詞で風刺的な注目されているという。 あ、Wikipedia の Nil Karaibrahimgil の項目によると、 彼女はボアジチ大学 (Bosphorus University) 卒だ…… (関連発言)。実はかなりのインテリなのかも。
デビュー・アルバム Nil Dünyasi (New World, 2000) で、 彼女は drum'n'bass とオリエンタルなモチーフを知的に結びつけてけただけではない。 率直で斬新、そして風刺的な歌詞という点でも彼女は注目に値する。 彼女の歌は類型的な若い女性の問題を扱っている: 男性、母親についてはもちろん、美しい白鳥でいることの困難さなどを、 気楽さとユーモアをもって歌っている。 彼女のスタイルの一例はトラック "Bütün Kizlar Toplandik" に見ることができる。 この歌は、童謡の形式で若い女性のコレクションについて歌う一方で、 男性の弱さを描写している。 キャッチーなメロディと風刺的な歌詞が目印だ。 彼女の因習にとらわれない方法にかかわらず、1976年生まれの Nil は 挑戦的なポップ・ミュージックの先導者 (torch bearer) として名を残してきている。
ちなみに、ライナーノーツを書いているのは Daniel Bax。 彼の Fatih Akin へのインタビュー記事 "Rocking Istanbul" (signandsight.com, 2005/06/13) というのもある。