Baba Zula 来日の際に Murat Ertel に薦めてもらった (関連レビュー) イスタンブール (İstanbul, TR) の alternative/underground のグループのうち いくつかはCDを入手することができた。 関連して入手した盤を含めて、興味深く聴くことができたものを紹介。 日本語での情報がほとんど無いので、自分への備忘録も兼ねて。
Gevende は "psychedelic folk" を演るグループとして2000年に結成された5人組だ。 Ev は彼らの1枚目のリリースにあたる。 ライブでもゲストを入れることが多いようで、このアルバムでも多くのゲストを迎えて制作されている。
folk といっても、 バルカン (Balkan) 〜 アナトリア (Anatolia) の伝統的な音楽、 特に brass band を最も意識しているように聴こえる。 このアルバムで聴く限り psychedelic な要素はあまり感じられない。 violin や管の音色やアレンジは泥臭くなく、むしろ jazz 的に洗練されているし、 "Okyanus Düğünü" では Johann Pachelbel の kanon をアレンジしたような所もある。
そして、そこに rock 的な electric guitar やタテノリのリズム、 そして少々か鼻にかかってシャガレた声のぶっきらぼうな男性の歌声が加わる。 特に "Çelik Çomak"、"Redik" や "Sermest" のようなアップテンポの曲は、 Manu Chao 〜 Mau Mau あたりがバルカン〜アナトリアの音楽をやっているように聴こえる。 そして、そこが面白い。 スローな展開で少々甘すぎと感じる所もあるが、 folk/roots 的な要素をうまく消化した佳作だろう。
Saska の元となったのはイズミール (İzmir, TR) 出身の Savaş Çağman Coşkun が 1990年代末に始めたプロジェクトだ。 その後、Coşkun の他、Sarp Keskiner (ex-İstanbul Blues Kumpanyası)、 Orçun Baştürk (Replikas)、 Burkay Dönderici (オハイオ (Ohio, US) 在住) の4人組のグループとして活動するようになった。 はじめは sampling や loop を使った実験的な音楽のプロジェクトだったが、 1999年夏からカフカース (Кавказ / Caucasus) からシベリア (Сибирь / Siberia) に至る 中央ユーラシア各地の伝統的な音楽と sampling や loop を組み合わせた音作りをするようになったという。 4年前の Sokkur Saska が彼らの唯一のリリースだ。 ちなみに、リリースしているレーベルは、 Techno Roman Project や コンピレーション İstanbul Calling をリリースしている Elec-Trip だ (関連発言, レビュー)。
クレジットによると、収録されている曲は全て 中央ユーラシア各地の伝統的な曲に基づくものだ。 1, 2, 6, 7, 14曲目はカラチャイ=バルカル (Karachay-Balkar; ⇒en.wikipedia.org; ⇒en.wikipedia.org)、 3, 13曲目はアルタイ=キジ (Altay-Kiji; ⇒ja.wikipedia.org)、 4, 9曲目はチュヴァシ (Chuvash; ⇒ja.wikipedia.org)、 5曲目はカザン (Kazan; ⇒ja.wikipedia.org)、 8, 15曲目はキルギス (Kyrgyz; ⇒ja.wikipedia.org)、 10曲目はカザフ (Kazakh; ja.wikipedia.org)、 最後の16曲目は古代チュルク (Ancient Turkish) のものに基づいているという。 アルバム・タイトル曲の12曲目 "Sokkur Saska" は16曲中唯一の非チュルク系、 イラン系のオセット (Ossetian; ja.wikipedia.org) のものだ。
sampling や loop を使用しているといっても、 ダンスフロアを意識したような曲は多く無い。 伝統的な弦楽器や komus (口琴)、xöömei (ホーミー) の疎な響きに、 電子音などが軽く添えられたり、 ちょっとオフめの音処理が加えられたりするような曲も多い。 そんな中、ビートのある曲が全体にメリハリを付けているのだが、 それも、楽器の生音を生かしたような jazzy / Brazilian breakbeats 風か dubwise な reggae 風だ。 ポップなキャッチのあるトラックは無いが、 くり返し聴くうちにはまるような面白さがある。 Tied & Tickled Trio や Four Tet が 中央ユーラシアの伝統的な音楽をやっているような感じ、 と言うと語弊があるだろうか。 イケイケの house/techno のビートに民謡的な歌唱や伝統楽器のソロが乗るような安直な音作りより、 こういう音作りの方が面白いと思う。
CDブックレットには、オセットの "Sokkur Saska" と古代チュルクの "Yarıgıru Bolgag" を除いて、 オリジナルの歌詞のトルコ語風ラテン文字表記と、 キリル文字表記 (おそらくソ連時代の正書法)、そして、トルコ語対訳が書かれている。 歌詞の意味は判らないのだが、 オリジナルのチュルク諸語の歌詞とそのトルコ語対訳が似ているというのが 文字面から判るのが面白い。
1990年に "speed-thrash" のグループとして活動を始めた Nekropsi の、 前作 Mi Kubbesi (Ada, no cat. no., 1996, CD) から 11年ぶりの新作だ。
Mi Kubbesi の時点で thrash 色は無く、 むしろ、歪んで重めの guitar や bass のフレーズに heavy metal 色を残しつつ、 淡々と押し殺したような歌い方はむしろ new wave っぽい、 変拍子を多用する alt rock という音になっていた。 新作 Nekropsi も、前作の延長の音楽だが、 録音制作が格段に良くなり、 低音がぐっと重くなりドラムの音がシャープになった。 リズムがくっきりした一方、変拍子使いが控えめになったせいか、 1980年前後の Joy Division やそのフォロワー的な new wave のようでもある。
7, 8曲目で Ayde Mori (レビュー) の McCrimmon と Ağıryürüyen が参加しているが、 特に folk/roots 色が濃くなっているわけではない。 むしろ、歪んだ重めの new wave 的な音に女性の詠唱が漂い、 Cocteau Twins ようにすら聴こえる。 エンディングの "Bağlama" も bağlama が使われているが、 かきならす音が波打つように重ねられ、 効果音的な percussion や synth の音が入るあたり、 Dead Can Dance や This Mortal Coil のようでもある。
最も気に入ったのは やはり変拍子の "Harf Devrimi" や "Harf Devrimi 2005"。 メタリックな重め打ち込みも駆使して、 変拍子 EBM (Electric Body Music) のようだ。
Fairuz Derin Bulut は1990年代半ばから活動するグループだ。 デモ等を除けば、これが唯一のリリースのようだ。 ジャケットなどのデザインのセンスもそうだが、 1970年前後の psychedelic rock 〜 prog rock に影響を受けた音楽を演奏している。
Baba Zula の Murat Ertel や Levent Akman もゲストで参加しており、 Baba Zula とかなり共通する音楽性を持つグループだろう。 dubwize な部分があまり無く、より rock 寄りだが。 Baba Zula の他にもイスタンブールにこのようなグループがいるのかと、 興味深く聴くことができた。
Murat Ertel に薦められたわけではないが、 イスタンブールのシーンのコンピレーションを併せて紹介。
RH Pozitif は レーベル Doublemoon や クラブ Babylon とグループを成す音楽出版会社だ。 今までも映画のサウンドトラック等を Doublemoon からではなく直接リリースしてきたが、 新たに傘下に Zula というレーベルを設立、第一弾としてコンピレーションをリリースした。 RH Pozitif が管理する音源を集めたサンプラー的な内容だが、 Doublemoon レーベルの音源の多くは RH Pozitif が管理しており、 その音源ももちろん使われている。
「今年の最もアコスティックでメロディックでオーガニックなトラック」 を集めたとジャケットには書かれている。 Doublemoon レーベルのコンピレーション・シリーズ East & West よりはダンスフロア指向は薄め。 jazz や rock、breakbeats の影響も感じさせつつそれを強く表に出さず、 Gypsy music や klezmer を含む folk/roots 的な音楽を 同時代的なアレンジや音処理で聴かせるような曲が集められている。 歌物は約半分だ。
さすがに、Doublemoon 以外のミュージシャンの多くは初めて名前を見るアーティストで、 半分以上はこのコンピレーションで初めて聴くものだった。 突出して個性的で面白いという音は無かったが、どれも充分に楽しめるものだった。 我ながら意外なのだが、Ahmet Meçhul, "Mısırlı" や Cahit Berkay, "Sinema" のような world fusion 風の曲が、印象に残った。
イスタンブールのシーンの層の厚さを垣間見るようで興味深い。 アニュアルでシリーズ化されるようなので、 East & West を folk/roots 寄りから補完するようなコンピレーションになることを期待したい。