Cold Wave は1970年代末から1980年代初頭にかけてフランス (France) で興った rock/pop のムーヴメントだ。 また、Cold Wave と、その界隈のグラフィック・デザインやファッションなどの文化は Culture Novö と呼ばれた。 この Cold Wave と Culture Novö の展覧会が、去年2008年4月3日から5月17日まで、 パリ (Paris, FR) の Galarie du jour agnès b. で開催された。 この本は、その展覧会のカタログだ。 テキストは全てフランス語で英語の対訳すら無いのが残念だが、 当時のミュージシャンたちの写真はもちろんポスターやレコード・ジャケットの図版も多く、 フランス語が読めなくてもその雰囲気は十分に感じることができるだろう。 さらに、合わせてCD2枚組コンピレーションもリリースされている。 英米の post-punk と同時期のフランスでの動きを知るのにうってつけの 本とコンピレーションCDだ。 ちなみに、タイトルに Post-Punk という言葉が使われているが、これは当時のものではなく、 現時点から見ると Post-Punk の動きの一つとして位置付けられる、ということだ。
展覧会カタログには当時の雑誌記事が多く再掲されており、資料的に貴重だ。 そんな記事の中でも鍵になるコンセプトを打ち出す記事を書いているのが、 Rock & Folk 誌に多くの記事を寄稿していた rock/pop 評論家 Yves Adrien だ。Adrien の本 NovöVision (1980; Denoël, 2002) からの抜粋と当時の写真からなる20頁が、このカタログの核となる部分だ。 (ちなみに、この Novö や展覧会タイトルの Mödernes の ö の trema 記号は、“Heavy Metal Umraut” と同様の装飾だ。) また、画期となった1978年の Adrien の3つの記事が載っている。
最初の記事 “Afterpunk” で、 Adrien は1977年にこの4枚のアルバムで生まれたとしている: Kraftwerk: Trans Europe Express; David Bowie: Low; Iggy Pop: The Idiot; David Bowie: Heroes。 これが、3つめの記事 “Afterwave” では、 Report 1 の節で Throbbing Gristle を、 Report 2 の節で The Human League と The Normal、 Report 3 は les nouveaux Arrivants として The Pop Group、Cabaret Voltaire、The Monochrome Set、This Heat と そのレーベル Rough Trade を挙げるに至っている。 このような所にも急激な受容の変化が伺われる。
この展覧会のもう一つの柱となっている一連の記事は、 主に Libération 紙に寄稿していた Alain Pacadis だ。 掲載されている Pacadis の記事はインタビューも多く、 Adrien に比べるとスタンスはジャーナリスト的だ。 次いで、Rock & Folk 誌に “Frenchy But Chic” という連載を持った Jean-Éric Perrin。 ( ちなみに、展覧会のタイトルは Actuel 誌 No. 4, Feb. 1980 に掲載された記事のタイトル から撮られているが、Jean-François Sanz による巻頭エッセーでの言及と写真の掲載のみで、 本文は掲載されていない。
Adrien や Pacadis らによる当時の記事だけでなく、 2008年に展覧会のために書かれたエッセーも載っている。 そんな中では、同時代の post-punk 的な動きを含めて描いた Gilles Le Guen: “Trans-Europe Post-Punk” が興味深い。 フランスのパリ以外のシーン、特に、Marquis De Sade、Mécanique Rhythmique、End Of Data ら ブルターニュ地方レンヌ (Rennes, Bretagne) のシーンの記述に多くを割いている。 このエッセーで知ったが、このレンヌのシーンを紹介するコンピレーション Rock'n'Rennes (Epic, EPC85131, 1982, LP) というリリースもある程の充実だったよう。 Gérard N'Guyem のレーベル Atem と Kas Product や The Fall Of Saigon (Pascal Comrade のグループ) といったグループを擁したロレーヌ地方のナンシー (Nancy, Lorraine) のシーンや、 Electric Callas らリヨン (Lyon) のシーンにも触れている。 そして、そういったパリ以外のシーンの延長として、 イギリスやベルキー、西ドイツ、アメリカ・ニューヨークのシーン等に言及している。 日本の Yellow Magic Orchestra への言及もある。 こうして見ると、Cold Wave や Culure Novö も、 パリの一部のファッショナブルな人たちの間の流行というより、 北フランスに広がりイギリスやベネルクス、西ドイツと連続性のあるものだったことが伺われる。 展覧会カタログを見つつやコンピレーションCDを聴いていると、 フランスの Cold Wave は、ヨーロッパ各地のシーンと比べ、 Ze や Celluloïd のようなレーベルを介してニューヨークの No Wave とのコネクションが強かった ように感じられた。
また、ノルマンディ地方ルーアン (Rouen, Normandie) のレーベル Sordide Sentimental については、 設立者 Jean-Pierre Turmel 自身によるエッセーが “Trans-Europe Post-Punk” に続いて載っている。 このレーベルは、Joy Division や The Durutti Column、Throbbing Gristle の音源を収録した7″ に 独特のグラフィック・デザインのリーフレットにを付けた形でのリリース知られる。 この Sordide Sentimental のリーフレットに見られるようなグラフィック・デザインが 音楽に次ぐ Culture Novö の核だ。 Culture Novö として取り上げられているのは、 Bazooka や Loulou Picasso のイラストレーションや Pierre & Gilles の写真などだ。 また、Bazooka の拠点となったグラフィック誌 Un Regard Moderne を大きくフィーチャーしている。
展覧会のディレクションもあると思うが、 Yves Adrien や Alain Pacadis のような評論家・ジャーナリストを大きくフィーチャーする一方で、 ミュージシャンやレーベルの運営者の声がほとんど無いのが少々残念だった。 特に、レーベルについては Sordide Sentimental だけ。 Cold Wave の拠点となったレーベルとして、 Ze や Celluloïd のようなニューヨーク繋がりのレーベルの他、 New Rose、Dorian、Facteur d'Ambiance、Studio WW、Divine Madrial、Mankin、Garage といったレーベルを、Jean-François Sanz は巻頭エッセーで挙げている。 しかし、それぞれどのようなリリースがあって、どのような特色を持っていたのか、 この展覧会カタログからは判らない。 もちろん、このカタログにディスコグラフィも載っていない。その点は残念だ。
この展覧会カタログは、 ディスコグラフィだけでなく関連する本や雑誌記事の参考文献集も無く、 目次や索引も無い。 デザイン重視の編集でレファレンス性に欠ける点も、この展覧会カタログの残念な所だ。
コンピレーションCDは、2枚目前半までが当時の録音、2枚目後半は2008年に録音されたカバー集になっている。 資料性や音の統一性という点でも、当時の録音でまとめて欲しかったように思う。 また、版権上の問題があったのかもしれないが、この文脈で有名なグループ、 例えば Les Rita Mitsouko と Orchestre Rouge が収録されていない。 さらに、展覧会カタログ同様、クレジットやディスコグラフィックな情報の記述がちゃんとしていない。 資料性という点でも、これ単独ではお薦めという程の内容は無いが、 展覧会カタログを見ながら聴けば、その雰囲気は十分に楽しめるだろう。
ちなみに、この展覧会は、現在アジアを巡回中だ。 2008年12月12日から2009年03月14日まで香港で開催されている。 続く5月から7月まで台北で、そして、9月から11月まで東京での開催が予定されている。 また、展覧会とコンピレーションCDの他、ドキュメンタリー映画 (realised by Jérôme de Missolz an Jean-François Sanz) も制作されている。日本での展覧会に合わせて上映されることを期待したい。 また、DVDでリリースされれば、とも思う。