Eyeless In Gaza は イギリスはコヴェントリー (Coventory) の北、バーミンガム (Birmingham) からも近い ナニートン (Nuneaton, Warwickshire, England) で1980年に結成された Martyn Bates と Peter Becker の duo だ。 1980年代前半に活動を共にした 同郷ナニートンの Bron Area やレスター (Leicester) の In Embrace [レビュー] といったミッドランズ地方 (Midlands, England) のグループと同様、 電気/電子楽器のDIY的な使い方が post-punk らしい、 少々 goth/psyche 的な avant-folk を演奏する duo として活動を始めた。 ちなみに、グループの名前は Aldous Huxley の小説 Eyeless In Gaza (1936; 『ガザに盲いて』) から採られており、さらに、この小説のタイトルは 旧約聖書 (Old Testament) のサムソン (Samson) の逸話に基づく John Milton の戯曲形式の作品 Samson Agonistes (1671, 「闘士サムソン」) から採られている。
Eyeless In Gaza は、1987年に一時活動停止するまでロンドン (London) の post-punk の独立系レーベル Cherry Red から主にリリースをしていた。 そんな彼らが残したCD 4タイトルを Cherry Red が2008年2月にリマスター再発した。 過去に場当たり的に LP を bonus track 付きCD化したものをそのままリマスターしただけで、 年代順に収録曲を整理し直したりライナーノーツを付けたりするようなことはしていない。 少々お座なりのリマスター再発は残念だが、久々に一通り CD が入手が容易になっているので、 これを機会に Cherry Red 時代 (1980-1986) の Eyeless In Gaza を振り返りたい。
これらのリマスター再発CDを入手することにしたのは、 I'll Give You My Heart, I'll Give You My Heart (Cherry Red の 30th Anniversary Box Set) [レビュー] を去年末から聴いていて、Eyeless In Gaza の良さを再認識したことが大きい。 Cherry Red を配給していた Pinnacle が去年末に経営破綻し、 すぐに入手困難になるかもしれない、ということも頭にあった。 去年末からのJPY高GBP安傾向による割安感も後押ししたけれども。
彼らの1stアルバム Photographs As Memories は、 Martyn Bates 自身が運営するレーベル Ambivalent Scale Recordings (A-Scale) と Cherry Red との共同リリースという形を取っている。 デモではなく完成した音源の抜粋を Mike Alway (Cherry Red の A&R) へ送り、 契約したという。 といっても、後のアルバムとは違う、荒削りな音だ。 チープなリズム・ボックスを使った曲など Young Marble Giants を 思わせるような所もあるが、Bates の歌声はぐっとテンション高めだ。 割れたような音の electric guitar をかきならしがなるように歌うときなど 初期の Billy Bragg のような punk folk を思わせるし、 “Looking Daggers” のような synthesizer が主導する曲には 初期の Orchestral Manœuvres In The Dark のような synthpop を 連想させられるところがある。
このアルバムのCDは2008年にリマスター再発された。 CDのボーナストラックには、 Cherry Red からの最初のシングル2タイトルが収録されている。 Others は2ndアルバム Caught In Flux / The Eyes Of Beautiful Losers の後にリリースされたもので、むしろ、2ndアルバムの関連音源だ。 聴き比べると、特に electric guitar の音などぐっと綺麗になったことが判る。 “Invisibility” や “Ever Present” を聴くと、 Rust Red September (Cherry Red, BRED36, 1983, LP) のようなスタイルの歌はこの時点で完成していたことが判る。 “Three Kittens” や “Jane Dancing”、 “Avenue With Trees” のような 明瞭なメロディを持たない ambient / soundscape 的なインストゥルメンタル曲も、 シングルB面ならではの実験だろうか。
ちなみに、Ambivalent Scale Recordings の第一弾は Martyn Bates のソロ Dissonance/Antagonistic Music (Ambicalent Scale Recordings, ASR001, 1979/80, Cassette)。 未聴だが、industrial/noise の作品とのこと。 2007年に Beta-lactam Ring (Nurse With Wound や Current 93 のリリースもある) がCD再発している。 The Wire 誌の記事 (Issue 278, February 2007) で、 Rob Young は現在の Kranky や Häpna といったレーベルを引き合いにして 「UK post-punk/DIY のジグソーパズルの、 素晴しい、そして、長い間なくしたまままになっていたピースだ」と評価している。 続いて、Eyeless In Gaza の1stシングルを Kodak Ghosts Run Amok (Ambivalent Scale Recordings, ASR002, 1980-05, 7″) をリリースしている。 この音源はコンピレーション Sixth Sense: The Singles Collection (Cherry Red, CDMRED207, 2002, CD) で聴くことができるが、 リリース時期や制作を合せるという点でも、 この先行する1stシングルをボーナストラックにして欲しかった。 Ambivalent Scale Recordings は1990年代以降現在に至るまで、 Martyn Bates や再結成後の Eyeless In Gaza の音源をリリースし続けている。
I'll Give You My Heart, I'll Give You My Heart (Cherry Red の 30th Anniversary Box Set) のライナーノーツによると、 契約のオファーは、Cherry Red からだけでなく、4ADからもあったという。 Tom Verlaine (Television) の影響を強く受けていたバーミンガムのグループ Felt が Robin Gathrie (Cocteau Twins) 制作、23 Envelope デザインで 4AD からのリリースかのようなアルバム Ignite The Seven Cannons (Cherry Red, BRED65, 1985, LP) を制作したことを考えると、 Eyeless In Gaza への 4AD からのオファーも、 それほど外れたものではないかもしれない。 4AD 的な制作での Eyeless In Gaza というのも聴いてみたかったように思う。
続いてリリースされたのは、LPと12″シングルの2枚組 Caught In Flux / The Eyes Of Beautiful Losers だ。 合せて1枚にCD化され、他のボーナストラックは無い。 このCDも2008年にリマスター再発された。
ぶっきらぼうにガナるような歌など、基本的な音楽性は Photographs As Memories と変わらない。しかし、DIY的な音構成ながら録音がよくなり、 piano や guitar の音のニュアンスが広がり、ビートも鋭くなっている。 飛ぶような synth の音に少々アクセントが変則的なリズムがグルーヴする所に 今聴くと Stereolab を連想させられる “The Decoration&rdquo や、 チープな synth のリズムに乗せて guitar を鋭くカッティングする “Rose Petal Knot” など、特に印象に残る曲だ。
1981年には、Mike Always A&R 就任後の Cherry Red を方向付けるコンピレーション Perspectives And Distortion (Cherry Red, BRED15, 1981, LP; CDMRED231, 2003, CD) へ ambient というか soundscape 的な曲 “You Frighten” を提供している。 この曲は Eyeless In Gaza のアルバム/シングルには収録されていない。
このCDは、1982年にリリースした2枚のアルバム、 4thアルバム Drumming The Beating Heart と、 Cherry Red レーベル以外からリリースされた 3rdアルバム Pale Hands I Loved So Well をカップリングしたものだ。 このCDも2008年にリマスター再発された。 Eyeless In Gaza 公式サイトによると、 Drumming The Beating Heart 最後の “Before You Go” は抜粋 (excerpted)、 Pale Hands I Loved So Well についても “badly mastered by Cherry Red” と書いており、不満があるようだ。 しかし、自分の持つアナログ盤と2008年のリマスターCDを聴き比べる限り、 大きな劣化は感じられなかった。
Drumming The Beating Hearts に収録されている音楽は、まだ 1st、2nd の頃と大きく変わっていない。 1st の頃に聴かれた粗い guitar のカッティングが控え目になり、 analogue synth の音が大きくフィーチャーされる曲が耳を捉える。 リズムも控えめになり単調に薄く塗りこめたような synth を背景に詠唱するような歌が多い。 そんな中では曲が pop な “One By One” は 初期 DinDisc 時代の Orchestral Manœuvres In The Dark にも近い雰囲気があって良い。 一方、guitar 主導で変則的なリズムアクセントの “Two”は、 後の Red Rust September に繋がる曲として耳を捉える。
Drumming The Beating Heart からは、 “Vail Like Calm” (Cherry Red, CHERRY47, 1982-10-22, 7″) がシングルカットされた。 B面は次のアルバム Rust Red September (Cherry Red, BRED36, 1983, LP) へ収録されることとなる “Taking Steps” の original version だ。 このバージョンは Sixth Sense: The Singles Collection で聴くことができる。
Drumming The Beating Heart に若干先行してリリースされた Pale Hands I Loved So Well は、 Eyeless In Gaza の実験的な面を押し出した作品だ。 彼らのメインのレーベルの Cherry Red からリリースされなかったのは、 サイドプロジェクトでの実験作という意味合いもあったからかもしれない。 歌をフィーチャーした曲は2曲のみで、あとはインストゥルメンタルだ。 それも、キャッチのあるメロディやリズムのある展開はほとんど無く、 疎に様々な音や取り留めないフレーズがコラージュされた soundscape 的な作品だ。 映画の soundtrack 風にも聴こえる。
Pale Hands I Loved So Well をリリースしたのは、 1980年代初頭に活動したノルウェーはオスロ (Oslo, Norway) の post-punk のレーベル Uniton。 現在 Rune Grammofon レーベルを運営する Rune Kristoffersen が当時やっていたグループ Fra Lippo Lippi [レビュー] の初期のレコードをリリースしていたことで知られるレーベルだ。 Fra Lippo Lippi、DePress、Holy Toy らノルウェーの post-punk のグループだけでなく、 Eyeless In Gaza、そして、Dome (Wire の Bruce Gilbert と Graham Lewis) の Will You Speak This Word (Uniton, U011, 1983, LP) など、イギリスの post-punk グループのレコードをリリースしていた。 Rough Trade や Cherry Red、Mute といったイギリスのレーベルに対する ノルウェーのカウンターパート的なレーベルだった。 その活動の概要をまとめたコンピレーション Burning The Midnight Sun (Uniton, U020, 1984, LP) もあった。しかし、ほとんどが再発されないまま入手困難になっているのは残念だ。
1982年には、この2枚のアルバムに先行して、 Lol Coxhill とのスプリットのカセット For Edwards (etc.) / Home Produce (Tago Mago, 4752, 1982, Casette) を1970年代後半から1980年代頭にかけてフランスの underground の文脈 [関連発言] で活動した フランスのカセットマガジン/レーベル Tago Mago からリリースしている。 Coxhill は LMC (London Musicians Collective) 界隈の文脈で活動する saxophones 奏者で、 1970年代に Derek Bailey や Evan Parker らとのグループ Company に参加していたことで知られる。 またスプリットだった音源を合せてリミックスも加えた増補版CDが2003年に Home Produce: Country Bizarre (NDN, 37, 2003, CD) としてリリースされている。 いずれも未入手未聴だが、 The Wire 誌 Issue 278(February 2007) の記事によると、 ここに収録されているセッションは、 Pale Hands I Loved So Well のような soundscape 的なものという。
5th アルバム Rust Red September のCDは、 1994年のCD再発時のままのもので、2008年のリマスター再発には含まれていない。
この1983年のアルバムは、それまでの作品よりも音作りがこなれているが、 pop になり過ぎず、Cherry Red 時代のベストと言えるだろう。 4th アルバムまでDIY色濃かった guitar や synth の音色やアレンジ、音の重ね方が 洗練されたことが、このアルバムの取っ付きやすさになっている。
しかし、このアルバムの一番の面白さは、 複合拍子的もしくは混合拍子的なアクセントのリズムの曲が多いことだろう。 シングルカットされた “New Risen” では、 いわゆる8ビートではなく、むしろ、3+3+2でアクセントが付けられている。 この3+3+2のアクセントは “Taking Steps“ でも使われている。 また、“Leaves Are Dancing” や “No Perfect Stranger” では6拍子が使われている。 このような少々変則的なアクセントを持つリズムを使い、曲展開に緊張感を作り出している。 そして、次作 Back From The Rain のように pop になり過ぎることなく、 Rust Red September が一癖あるアルバムに仕上がったのには、 このリズム使いがあるだろう。
ボーナストラックのうち、12-14曲目は、コンピレーション Pillows And Prayers の カセットテープ版に収録された曲だ。このコンピレーションには6曲収録されており、 残りの3曲は “Inky Blue Sky”、“Scent On Evening Air”、 “Silver And Dark” だ。 このCDに収録されている3曲は Pale Hands I Loved So Well に連なるような soundscape 的な音だ。
続くボーナストラック15-17曲目は、 シングル Sun Bursts In のB面に収録された曲で、 録音も1984年だ。 こちらは歌入りだが、Rust Red September や、 さらにポップな路線となったA面の “Sun Bursts In” に比べ、 DIY的に疎な音作りのものだ。
ちなみに、リリースされたシングルには、 Sun Bursts In の前に New Risen (Cherry Red, 12CHERRY63, 1983, 12″) があるのだが、このCDには収録されていない。
1st アルバム Photographs As Memories から 5th アルバム Rust Red September (1982) まで、 Eyeless In Gaza は、John A. Rivers をプロデューサー/エンジニアとして Woodbine Studio で録音している。 Woodbine のあるレミントン・スパ (Leamington Spa, Warwickshire, England) は コヴェントリーの南にあり、ナニートンやバーミンガムからも近い。 John A. Rivers はこのレミントン・スパに Woodbine と W.S.R.S. というスタジオを持つ プロデューサー/エンジニアだ。 1980年代初頭当時、Eyeless In Gaza らナニートン一派や、 Eyeless In Gaza とレーベルメイトのバーミンガムの Felt、 活動の文脈はロンドンの Rough Trade 界隈だがバーミンガム出身の Swell Maps、 さらに、コヴェントリーのレーベル 2 Tone の一派など、 ミッドランズ地方の post-punk グループが、 John A. Rivers をプロデューサー/エンジニアとしてレミントン・スパで録音していた。 NME C86 年以降になると、 ミッドランズ地方に限らない indiepop [レビュー] のグループの多くが John A. Rivers をプロデューサーとしてレミントン・スパで録音をするようになり、 その音は “The sound of Leamington Spa” とも呼ばれるようになった。 1980年代初頭、John A. Rivers プロデュースによる Eyeless In Gaza の音楽は “The sound of Leamington Spa” のプロトタイプと看做せるかもしれない。
Rust Red September の後、 シングルのリリースはあったものの、約3年の間を置いてリリースされたのが、 6th アルバム Back From The Rains だ。 彼らのアルバムの中で最初にCD化されたアルバムで、2008年に改めてリマスター再発されている。
Rust Red September までの John A. Rivers に替えて プロデューサーに John Brand を迎え、ぐっとポップとなったアルバムだ。 John Brand は、Aztec Camera: High Land, Hard Rain (Rough Trade, 1982) や The Go-Betweens: Before Hollywood (Rough Trade, 1982) の制作を手がけていたプロデューサーだ。 確かに、きらめくような guitar の音や、くっきりした drums の音など、 よくプロデュースされたポップとして仕上がっている。 しかし、Rust Red September でのリズムの面白さが失われ、 ポップだが単調なリズムになってしまった。
1982〜3年頃であればインディーからこのようなポップが出てくるのは新鮮だったかもしれない。 しかし、NME C86 と同じ年のリリースで、 翌1987年には John A. Rivers は Talulah Gosh のシングルのプロデュースをしている、 ということを考えても、時機を逸したポップさだったように思う。
このようなポップな路線を取ったにもかかわらず商業的に成功することはなく、 1987年、Eyeless In Gaza は活動を停止した。 Martyn Bates は、1987年、やはり John Brand の制作で Back From The Rains の延長とも言えるソロアルバム The Return Of The Quiet (Cherry Red, BRED81, 1987, LP) をリリース。 しかし、以降は Cherry Red から離れ、メインストリームのポップに背を向けたような活動をしている。
そんな Cherry Red 時代の Eyeless In Gaza のシングル音源をほぼ全て集めたのが、 このコンピレーションCDだ。 ちなみに、収録されなかった Welcome Now のB面 “Sweet Life Longer” と “New Love Here” は Back From The Rains 収録曲だ。
このコンピレーションの売りは、Cherry Red 契約以前の 1st シングル Kodak Ghosts Run Amok 収録曲3曲を全て聴くことができることだろう。 そのシングルは John A. Rivers 制作でもなく、 自宅録音かのような音で、ラフな Young Marble Giants のような演奏を聴かせている。
シングルの多くはアルバムのCDのボーナストラックとなっている。 アルバム中の良い曲が含まれていないという点で、この時期のベスト盤の代わりになるとも言い難い。 Kodak Ghosts Run Amok を聴きたいファン向けのコンピレーションだろう。 この時期 (1980-1986) に焦点を当てたベスト盤としては、 Voice: The Best Of Eyeless In Gaza (Cherry Red, CDBRED104, 1993, CD) があったのだが、現在は廃盤のようだ。