今年で5回目となる越後妻有アートトリエンナーレ。 前回2009年は手術後病み上がりで断念したため、行くのも6年ぶり。 日帰りで昼12時に妻有入りして展示場所が閉まる17時過ぎまでと時間が限られる上、 交通手段が鉄道と自転車 (レンタサイクル) であったため、 十日町エリアと松代エリアの前回2009年と今回2012年の作品の中から ウェブサイトの情報で興味を引かれたものに絞って、観て回った。
まずは、十日町エリアを南に登り、二ツ屋温泉近くの元民家を使ったインスタレーション Antony Gormley: Another Singularity, 29 (2009)。 柱や梁を残して壁の類を全て取払い黒塗りにした内部に、 692本の白いロープを張り巡らせて、人型を浮かび上がらせたもの。 ロープのみで白黒モノトーンというミニマリズムも良いのだが、 残された柱や梁が視界を遮ってなかなか完全な像が見えないため、 元の民家の空間を意識せざるを得ないという作りも面白かった。
十日町市街地に戻って、温泉付観光施設「越後妻有交流館キナーレ」からリニューアルして 今年7月29日にオープンした越後妻有里山現代美術館[キナーレ]へ。 その中庭には、9トンもの古着を山と積み上げたインスタレーション Christian Boltanski: No Man's Land (2012)、 2010年にパリの Grand Palais で制作した作品の再制作だ。 その写真などからある程度は予想していたが、9トンという物量は圧倒的。 その色合いだけでなく、クレーンで山の頂きを掴み挙げたりする様子が、 廃棄物処理場感を高めて禍々しい。それも、良かった。
美術館のギャラリーでの展示で印象に残ったのは、 「10番目の感傷〈点・線・面〉」 (2010) [レビュー] のバリエーションともいえる クワクボリョウタ「LOST #6」 (2012) や、 水の波紋とその干渉を光で可視化した Carsten Nicolai: Wallenwanne LFO (2012) など、 「メディアアート」的な作品。 それが良かったというより、今までの越後妻有では疎外されがちだった作風の作品にも、 越後妻有里山現代美術館のオープンによって場が出来たという感慨という面が大きかったが。
キナーレは、以前の観光案内所や地元物産展示直販所のような空間が一新され、 美術館には併設のミュージアム・ショップやミュージアム・カフェレストラン的な「越後しなのがわバル」もあり、 以前の微妙にいなたい観光施設からけっこう小洒落た空間へと生まれ変わっていた。 といっても、外装・内装に大きく手を入れたわけではなく、 10年くらい経ってトリエンナーレが定着したら美術館にしようと考えて 予めそう作っていたのではないかと思う程、そのリニューアルも自然に感じられた。
キナーレの後はほくほく線で松代へ移動して、 芝峠温泉を越えてひたすら登って松代生涯学習センター・旧清水小学校へ。 越後妻有アートトリエンナーレのアーカイヴも行っている 地域芸術研究所 (CIAN, Center for Interlocal Art Network) でのインスタレーション 川俣 正 「中原祐介のコスモロジー」 (2012)。 第4回までのトリエンナーレにアドバイザーとして関わった美術評論家 故 中原 祐介 から受贈した蔵書約30000冊を中心とした資料を、 上すぼみの少々不安定な渦巻き状に積み上げた書棚に並べたインスタレーションだ。 「中原祐介文庫」開設準備中で特に明示的に整理分類されて並べられているわけではなく、 その量に圧倒される展示だった。 トリエンナーレの基礎にはこれだけの知の量的蓄積があったんだぞと誇示するかのよう。 その蔵書の方向性とか、トリエンナーレの展示作品との関係などが、わかるような展示が可能になるのは、 蔵書の整理・研究が進んでからだろうか。
この後は、松代の駅前にある複合文化施設「農舞台」まで戻り、終了時間の18時までその周辺を軽く。 そこでは若手作家による動物をテーマとした作品を集めた 『里山アート動物園 2012』 が展開されていた。 里山の生態への考察が感じられるとかコンセプト的に見応えがあるという感じでは特に無かったが、 動物という判り易い形をモチーフとしており、気楽に楽しめる緩い展示だった。 妻有ならではという程のものではなかったけれども、若い作家にも参加しやすい場が提供されたという点では、良いのかもしれない。
この後の晩、「農舞台」のピロティで上演されたパフォーミング・アーツのプログラム Phare Ponleu Selpak: Sokha 『SOKHA (ソカ) — ある少女の物語』を観た。 これについては、別にレビューする。
今回観て回った範囲では、サイトスペシフィックというか土地固有性が薄れたという印象を受けた。 特に初回や第二回の頃は基本的に現地で取材し制作する作品を基本とし、 その地の地誌等にコンセプトを得た作品作りを売りとしていた。 今回観た中では、十日町の[キナーレ]やまつだい「農舞台」での展示作品には、 他で制作展示した作品かそのバリエーションという作品も目についた。 例えば、[キナーレ]の Christian Boltanski や クワクボリョウタ がそうだし、 「農舞台」の『里山アート動物園 2012』にも今年の東京五美術大学合同卒業制作展で観て印象に残っていた 川崎 みなみ の作品があった。 土地固有性という縛りを緩めることにより参加作品の作風の幅が広がり、判り易い作品が増えたという面はあるかもしれない。 トリエンナーレが充分に定着しこだわり無しにカジュアルに楽しむ観客層増えているだろうし、 こういう変化もそれに対応したという面もあるだろう。 しかし、結局自分が楽しんだのは、Antony Gormley や 川俣 正 の 旧民家や旧小学校のスペースを使ったサイトスペシフィックの性格の濃いインスタレーションだった。 もちろん、このようなサイトスペシフィックなインスタレーション作品はアクセスが不便な所にあることが多いため、 今回の巡回範囲では印象が薄くなっただけかもしれないが。
2000年と2003年はツアーバスで、2006年は友人の運転する自動車で巡ったのだが、 今回は日帰り単独行ということもあり、作品を観て回るための足としてレンタサイクルを利用してみた。 十日町では キナーレ にあるトリエンナーレのインフォメーションでも貸し出していたが、 駅西口の観光案内所で貸し出している『里チャリ』を利用。 松代では 農舞台 にあるインフォメーションでレンタサイクルを貸し出していた。 十日町でも松代でも借りたのはほぼ同じ車種の3段変速の電動アシスト自転車。 山間のきつい登りでもなんとか登れるが、 Antony Gormley の家や 川俣 正 のCIANのような市内から5km前後ある場所では片道30分は優にかかった。 バッテリー寿命は1時間半〜2時間程度で、山間部では同じ道沿いの2〜3カ所を回るのが限界だろう。
単独行はタクシーはコスト的に見合わないし、バスは時間的効率が悪い。 自分が訪れた日は曇で、夏の強い日差しも降雨も強風もないサイクリング日和だった。 自転車も時間効率悪いが、バスをぼーっと待っているより、緑の中を自転車で走っている方がましだろうと。 むしろ、サイクリングついでに作品を観るような気分で楽しんで走っていた。 しかし、山中を登っているとなかりの運動量で汗だくになるのも確かで、 オシャレしてのんびり回るという感じにはならない。 それに、今回は天候に恵まれたが、真夏の炎天や雨や強風の中でのサイクリングは危険だ。 レンタサイクルは、あくまで、作品が密集した市街地等のエリアを効率的に回るための手段。 自転車に乗るのも好きで緑の中のサイクリングを楽しんでみたいということでもなければ、 山間部の作品へ行く手段としてはお薦めはしない。