Vincent Moon (b. Mathieu Saura) はフランス・パリ出身のインデペンデントな映像作家。 2000年代半ば頃から、 手持ちカメラを使い街中で最小限の演出・編集でドキュメンタリ的なミュージックビデオを作り、 動画投稿サイトを使い Creative Commons ライセンスで公開し続けている [Vimeo]。 彼を有名にした2006年に始まるミュージックビデオ・シリーズ Take Away Show は、 Nicolas Humbert & Werner Penzel による Fred Frith のドキュメンタリー映画 Step Across The Border (1990) や、 Lars von Trier らによる Dogme 95 運動に影響を受けた映像作りで、 英米の indie rock のミュージシャンたちだけではなく、世界各地のミュージシャンを取り上げてきている。 また、2009年には bandcamp 配信のレーベル Petites Planètes を設立し、 世界各地のミュージシャンをライブ撮りした音源をリリースし、 そのミュージシャンのミュージックビデオも制作、公開している。
そんな Vincent Moon の映像作品の特集上映が下高井戸シネマで開催されたので、 内容日替わりの全7回の上映のうち、初日の Ukraine - Crimea - Armenia - Azerbaijan - Abkhazia - Georgia 『ウクライナ・クリミア・コーカサス』篇と、 二日目の France - Spain - Sardinia - Egypt - Tanzania - Ethiopia 『地中海・アフリカ』篇を観てきた。 それぞれ、地域をテーマとして短編映像作品を二時間弱十数本分まとめて上映した。 インターネット等で公開済の映像のみで、初公開のものは無かった。
自分が Vincent Moon を知ったのは、 Beirut: The Flying Club Cup (Ba Da Bing, BING055, 2007, CD) を アルバム丸ごと映像化した Cheap Magic Inside (2007) で。 また、旧ソ連や地中海圏の音楽をそれなりに追いかけてきたこともあり、 それなりに名を知ったミュージシャンも何人か出演している。 そんなこともあり、Vincent Moon の映像の作風はもちろん、取り上げられる地域への音楽への興味もあって、足を運んだ。
映像はまさにアレブレボケの主観的な映像だ。 照明を用いない暗い画面や、ピントが合わずんぼやけた画面もそのまま。 ミュージシャンのアップを多用するので、アンサンブル全体の様子が判り辛い。 撮影場所は華やかな舞台的な空間ではなく、 それも公園や舗道のような一般の人が行き交う中、 少々荒廃した雰囲気の廃墟や裏路地、もしくは、山中や岸辺の見晴らしのいい場所などを選んでいる。 その場所までの移動の場面などにはカット編集もあるものの、演奏が始まると手持ちカメラ1台でのワンテイク撮影。 カットによる画面切り替えの代わりに、ピンぼけを使ったり、手前の物や人で画面を遮ったり、画面を早く振ったり、という手法を取る。
その手ぶれの激しい画面は、家でPCなどの小さな画面で観ているときはさほどでもなかったのだが、 映画館の大画面で観るとかなり厳しいものがあった。 観ていて酔いそうになり、暫く目を閉じてやり過ごすことが少なからずあった。 クリシェにまみれたミュージックビデオなどに交じって Vincent Moon の映像を観るとライブ感もあって良いように感じるのだが、 そういう映像ばかり2時間続けて観ていると、必要以上にカメラを振ったりピンぼけにしたりして、 わざとらしくライブ感を演出しているようにも感じられてしまった。
少なくとも今回自分が観た2回分では、取り上げられていた音楽は いわゆる伝統音楽 folklore music に属するものが中心。 宗教的儀式や村で歌われる素朴な歌も、街の雑音のフィールド録音もあったけれども、 むしろ、アーティスティックに現代的な解釈をしているミュージシャンが多く取り上げられていた。 それも、rock や hip hop などに影響を受けアンプやエレクトロニクスを使ったものではなく、 もちろん、メインストリームの pop でもなく、 folklore な楽器を使ったアコースティックな演奏を基調とし、 jazz/improv/new music の文脈での共演もこなし得るような音楽だ。
特に欧州にこの手の音楽の文脈が根強くあるのだが、 ECM や ENJA がリリースしそうな folk/roots の音楽、 フランスで1990年代に活動した Silex や Al Sur [関連発言]、 最近では Accords Croisés や Innacor といったレーベルがリリースしそうな音楽、 もしくは、トルコのレーベル Kalan がリリースしそうな音楽 [関連発言]、 そしてその旧ソ連圏でのカウンターパートにあたる音楽だ。 雑食的に広く様々な音楽を取り上げているというより、音楽の選択はかなり強く方向付けられている。 地中海圏や旧東欧・ソ連の音楽が好きな上、その方向付けが自分の好みに合っていたこともあり、 folklore な楽器を演奏する様子やその背景の街や野の風景の映像も、演奏される音楽も、十分に楽しむことができた。
自分が観た二回分だけでもかなりの数のミュージシャンが取り上げられたので全てに言及するわけにはいかないが、 中でも印象に残ったものについて、個別にコメント。
ウクライナはキエフの “ethnic chaos” バンド ДахаБраха [DakhaBrakha] は、 Far From Moscow でもよく紹介され、それなりに聴いたり映像をする機会のあったグループ。 Le Mystère des Voix Bulgares を思わせるような女声3人の歌声は相変わらずだが、 downtempo breakbeats 的な音処理が入らず、アコースティックな生演奏ということで、リズムが軽く走る感じも良かった。
“Traces Of Crimea - A Sonic Exploration of the Mighty Land” は、さすがに知るミュージシャンは出て来ないだろう思っていたのだが、 Elvira Sarykhalil のバックで演奏していた打楽器奏者が、 Энвер Измайлов Трио [Enver İzmailov Trio] [レビュー] の Рустем Бари [Rustem Bari] だった。 クリミアにいるギリシャ系の人々のアンサンブル Karachol を取り上げていたが、他はクリミア・タタール人の音楽。 Энвер Измайлов のアルバムで聴き覚えのあるメロディも聴こえてきたりした。 トルコやバルカン、トルキスタンの音楽との共通性を強く感じる音楽で、登場した4つのグループいずれも魅力的。 もっといろいろ聴きたいと思わせるものがあった。
チェチェンの音楽は、 Нур-Жовхар [Nur-Zhovkhar] のイスラム色を全く感じさせない女性コーラスと、 “Le Grand Jihad • soufisme en Tchétchénie” でのイスラム神秘主義的な宗教的儀式でのトランス音楽が、 対照的に取り上げられていた。 Нур-Жовхар は “State ensemble of folk song” ということで、歌はもちろん衣裳やダンスによる演出も完成度は高かった。
“Les Prévisions (2)” で取り上げられた南カフカス諸国の音楽では、 アルメニアからのものに聴いたことのあるミュージシャンが登場した。 欧州 jazz シーンで piano 奏者として活躍する (その文脈で来日もしている) Tigran Hamasyan が 内部奏法も駆使してボロボロの upright piano で folklore を演奏。 “Avant Garde Armenian Folk Music” グループ The Bambir [関連発言] は、 アルメニアの草原を見下ろす高台でのアコースティックなライブで、rock 色濃いCDでの演奏よりも良かった。
アルメニア以外の三ヶ国 (グルジア、アゼルバイジャン、アブハジア) では知るミュージシャンは出て来なかった。 そんな中で、印象に残ったのは、グルジアやトリビシの女性4人組 Les Soeurs Gogochurebi。 lute 系の弦楽器2本と darbuka を生演奏しつつ4人によるコーラスの雰囲気が良かった。 山深い風景を見下ろす所で accordion を弾きつつ詠唱する女性ミュージシャン Tamta Tsogiaidze も凛々しかった。 アブハジアでも、民族衣裳に身を包み folklore な楽器を演奏しつつ女性コーラスグループ Ensemble Gunda が登場。 グルジアの Les Soeurs Gogochurebi やチェチェンの Нур-Жовхар [Nur-Zhovkhar] にも似て このような女性コーラスはカフカスでよく見られるものなのかもしれないが、 ソ連時代に作られた民族の伝統かもしれない、とも思うところがあった。
“Take Away Show #94” で取り上げられたフランスで活動するスペイン系 flamenco guitar 奏者 Pedro Soler は、 1990年代から Renaud Garcia-Fons や Beñat Achiary といった falk/roots 寄りの jazz/improv のミュージシャンとの共演も多い。 収録されていたのは息子の cello 奏者 Gaspar Claus との duo だが、20年前だったら Renaud Garcia-Fons との duo だったのだろうなあ、と。 また演奏前の会話で「トゥールーズにはフランコ政権から逃れてきた3万人近いスペイン人コミュニティがある」という話が出てして、 Pedro Soler のようなスペイン系のミュージシャンがフランスで活動しているバックグラウンドに気付かされもした。
トルコからは3組のミュージシャンが取り上げられたが、 1970年代に Anadolu rock に影響受けた halk/folk 歌手として知られたベテラン女性歌手 Selda Bağcan を引っぱり出して来ていた。 ex-Kardeş Türküler で最近はトルコ黒海地方の音楽に取り組んでいる Ayşenur Kolivar [関連レビュー] が accordion や frame drum、tulum (bagpipe) からなる小規模な伴奏を連れてイスタンブールの街中で歌う様子も良かったが、 Ahmet Aslan & Kemal Dinç の夜景での bağlama の duo も渋かった。 Aslan はこの映像で初めて聴いたが、Kemal Dinç は半ばドイツを拠点としているミュージシャンで、 もちろん Kalan からリリースがあるが、 Αντώνης Ανισέγκος [Antonis Anissegos] や Taner Akyol など jazz/improv に近い文脈のミュージシャンとの共演も多い。
アフリカに入ると、エジプトの宗教的儀式 Zar や、エチオピアの山中の素朴な民謡だったり、 アジスアベバのスラム街の雑音のフィールド録音、 そして、最後はザンジバルの Tarab のベテラン大物女性歌手となる。 それまで旧ソ連やヨーロッパ、トルコで取り上げてきたミュージシャンに対応するようなミュージシャンもいるだろうと思うが、 社会における folk/roots な音楽のあり方が、かなり異なるかのようにも感じられた。