- 若林, 東京, Thu Dec 4 23:30:51 2003

アルメニア (Armenia) 関連の音源をいろいろ聴いてみてるんですが、 レビュー書くって程でもないので、ここで軽く。

イラン起源でトルコやアルメニアなどでもよく使われている 擦弦楽器 (弦を弓などで擦って音を出す楽器) に kemancha (kemanche とも。ケマンチャ、ケマンチェ、ケメンチェなどの表記あり) というものがあるのですが。 エレヴァン (Yerevan) 出身の kemancha 奏者 Gaguik Mouradian のソロ Solo Kemancha (Emouvance, EMV1006, 1998, CD) は、伝承曲もやっているんですが。 solo ということもあって、音色や節回しはそれなりに楽しめるのですが、 地味でいささか掴み所のない感じの作品ではあったり。しかし、新作 Gaguik Mouradian / Claude Tchamitchian, Le Monde Est Une Fenetre (Emouvance, EMV1018, 2003, CD) は、共演者からある程度予想できたとはいえ、抽象的な即興演奏で、 これじゃ violin - contrabass duo とあまり変わらなくなっちゃったような……、 と思ったり。うむ。ところで、 Djivan Gasparyan Ensemble, Nazani (DOM / Long Arms, CDDOMA0101, 2001, CD) Grachik Muradian って kemancha 奏者が参加しているのですが、 親戚筋だったりするんでしょうか? 綴の違いは翻字によるもののような気がしますし。

ちなみに、リリースしているレーベル Emouvance は、1990年代後半から活動しているフランスの jazz / improv. 系のレーベルで、 昔に紹介したこともあったりしますが。 Mouradian と共演している Claude Tchamitchian は、 Yves Robert の 4tet (レビュー) の元メンバーで フランスの jazz / improv. シーンでよく見かける bass 奏者です。 この duo で Tchamitchian もアルメニア系だということに気付かされましたよ。 -ian (-yan) って語尾の姓は、アルメニア系に多いものですね。

関連して検索していて、2001年にフランス (ヨーロッパで最もアルメニア系が多い国) のパリで、 Armenian Jazz Festival というのが開催されていたことに気付きました (2002年、2003年にも予定されていたようなのですが、 開催されたかどうか情報が見当たりませんでした)。 Mouradian と Tchamitchian も参加してますが、別々のセッションですね。 Arto Tuncboayaciyan は、trio と Armenian Navy Band の2つでエントリしてるし。 ところで、このサイトを見ていて US のベテラン jazz drums 奏者 Paul Motian も、アルメニア系であることに気付きましたよ。をを。確かに -ian だもんなぁ。 思えば、1980年代後半に JMT レーベルのリリースなどで Arto Tuncboyaciyan を知ったときは、 アルメニア系かどうかなんて全く頭の中になかったもんなぁ。

アルメニア物、といえば、jazz / improv. 方面からちょっと離れますが、 US に拠点を持つ (エレヴァンにもオフィスを持つ) Pomegranate レーベルが以前から気になってはいたんですが。 最近、いきつけのレコード店 El Sur に入荷したので、手を出してみました。 まずは、Pomegranate いちおしのエレヴァンで活動するシンガーソングライター (SSW)、 Gor Mkhitarian。 1st Yeraz (Pomegranate) と 新作2nd Godfather Tom (Pomegranate, 2003, CD) を聴いてみました。 Dave Matthews とか Elliott Smith (R.I.P.) とか と比較されることが多いようで、実際、 1990年代 folk/country 指向の強い US indie rock っぽい音ではあります。 いわゆる「ワールドミュージック」っぽいのを期待している人には、お薦めしません。 ただ、メリスマ入ってるとかそういうわけじゃないのですが、 英語ではない言葉の響きなのが、ちょっと変で、ひっかかります。 非英語という意味でもフランスの SSW、Miossec なんかにも近い印象、というか。 といっても、SSW といっても Tom Waits くらい壊れた感じの方が、 最近はツボにハマるかなぁという感じなんですけど。 ま、音作りも良く banjo のカッティングがカッコよく聴こえる Godfather Tom の方がお薦めでしょうか。 今年の3月には Knitting Factory, NY でもライブしてるようです。

Pomegranate からは、1980年代ソ連時代から活動する rock バンド Bambir の 1999年のアルバム Quake (1999; Pomegranate, 2003, CD) というのも出ていて、これにも手を出してみました。 Mkhitarian に比べると folk/roots 色濃いんですし、 変てこな electric pop 風のアレンジもあったりして面白いんですが。 rock 組曲風の多げさな曲もあるのは、活動開始時期のせいでしょうか。うーむ。

しかし、今年の前半くらいに、Pomegranate レーベルの主催者 Raffi Meneshian が、 アルメニア系移民ための掲示板で言っていた (掲示板のログ) 編集盤 Armenia Underground は、まだリリースされていないようですね。 2003/02/02 の Meneshian の発言を引用すると:

The good news here is that I've gotten permission to buy the licenses to various songs for a compilation album called "Armenia Underground" I have put togehter. Some of the performers will include Arto Tuncboyaciyan and the Armenia Navy Band, Gor Mkhitarian, Nor Dar, Bambir, The Armenian Jazz Band with Armen Martirosyan, Lilit Pipoyan, Irina Malkhasian, Lav Eli, Hover Chamber Choir of Armenia, Cascade and a few others. The goal is to put out a general "Armenia" album for the non-Armenian and Armenian market that is a decent cross section of underappreciated or unheard music that best represents Armenia in the last few years. This way, music enthusiasts can stumble across new artists all in one disc. As Arto Tuncboyaciyan has coined the term for the genre of music I am going after and presenting, it's called "Avant Garde Folk".

ラインナップを見ていても、Gor Mkhitarian や Bambir、Hover Chamber Choir of Armenia といった Pomegranate のバンドだけでなく、 Tuncboyaciyan はもちろん、ギリシャの Libra Music レーベルを拠点に活動する Nor Dar も挙がっているし。かなり興味を惹かれますね。

ちなみに、Tuncboyaciyan が作りだしたジャンルの用語 "Avant Garde Folk" というのは、 Arto Tuncboyaciyan and The Armenian Navy Band, New Apricot (Imaj / Universal (Turkey), CD) のサブタイトルのことですね。 このアルバムは、Night Ark (レビュー) の拡大版という感じで、スムースな感じが悪くは無いけど決め手に欠ける、という感じでしょうか。 むしろ、トルコのミュージシャンも参加した Arto Tuncboyaciyan, Aile Muhabbeti (Imaj / Universal (Turkey), CD) の方が、東地中海っぽい癖が感じられて好みかしらん。 しかし、トルコとアルメニアって国レベルでは正式な国交が無いくらいですし、 「アルメニア海軍楽団」なんて名前でよくトルコで制作できたなぁ、とも思ったりしましたが。 Doublemoon レーベルがらみの Istanbul のクラブ Babylon でライブやってるもんなぁ。 しかし、Armenia Underground 界隈を追っていると、 Arto Tuncboyaciyan の影響って大きいんだなぁ、と思います。 音楽性はかなり違う Gor Mkhitarian ですら、 インタビュー で、 "I also love Arto Tuncboyajian, he is a tremendous musician, who understands the depth and complexity of Armenian music. He is a brilliant cultural ambassador for Armenian culture." って言ってますしね。

この発言で触れたアルメニア (もしくはアルメニア系) の音楽は、 そのコミュニティにおいてもポピュラーに聴かれているものではないと思いますが、 編集盤 Armenia Underground にまとめられるくらいの動きにはなってきているのかなぁ、と思います。 Arto Tuncboyaciyan や Nor Dar のように、近隣で同様の動きをしている トルコの Doublemoon レーベル界隈 (関連発言) や ギリシャの Libra Music レーベル界隈 (関連発言) と フォーマルなコネクションを持つバンドもいます。 "Avant Garde Folk" という言葉からしても、このアルメニアの動きは 最近、中東欧をはじめヨーロッパ各地で顕著にになってきている avant roots とでも言うような 流れとも繋がっているように思います。 こういう動きに繋がっているのも、 アルメニアの国の状態が良くて厚い音楽シーンができているというより、 欧米に広がるアルメニア系のネットワークの存在によるものであるらしい、 というのも、とても興味深く思います。