TFJ's Sidewalk Cafe > Dustbin Of History >
Review: 吉村 公三郎 (監督) 『暖流』[デジタル復元、最長版] (映画); 小津 安二郎 (監督) 『父ありき』[デジタル復元、最長版] (映画)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2026/05/10

国立映画アーカイブの 『発掘された映画たち2026』で、 近年発見された版と既所蔵版を組み合わせて作製されたデジタル復元、最長版を2本観ました。

『暖流』
1939 / 松竹大船 / デジタル復元、最長版 / 173 min. / DCP / 白黒.
監督: 吉村 公三郎; 原作: 岸田 國士; 脚本: 池田 忠雄.
佐分利 信 (日疋 祐三), 水戸 光子 (石渡 ぎん), 高峰 三枝子 (志摩 啓子), 徳大寺 伸 (笹島), 槙 芙沙子 (堤 ひで子), etc

戦前松竹大船のモダンなメロドラマ映画『暖流』の 輸出用英語版 (132分) と戦後検閲された短縮版 (124分) という2つの既所蔵版に、 2025年に発見、寄贈された16 mm版 (169分) を組みわせて作製されたデジタル復元、最長版での上映です。 状態の良い輸出用英語版 (英字幕付き) をベースに、主に新発見の16 mm版からフッテージを補い、 オリジナル177分中173分とほぼ完全に近い形まで復元されたことになります。 オリジナルは『前篇 啓子の巻』 (94分)、『後篇 ぎんの巻』 (83分) で、短縮版ではまとめて1本の映画となっていましたが、 今回はオリジナルに近い版ということで前篇と後篇の間に休憩を挟む形で上映されました。 今まで観てきたのはDVD化された短縮版 [鑑賞メモ] だったので、 今回の上映でオリジナルに近い形で観られることを楽しみにしていました。

短縮版でもある場面でも、DVDの低い解像度の画質ではなく、状態良いフィルムの大画面上映で観ると、細部が鮮明になりグッとモダンな印象になります。今回観て気づいたことも少なからず。 ニコライ堂の見える喫茶室で啓子と堤が、そして、啓子と銀が会う場面など、細部も鮮明になり、こんなに美しい場面だったのか、と。 音楽として『別れの曲』として知られる Frédéric Chopin: Étude op.10 nº3 が要所で、ある意味で 啓子 のライトモチーフのように使われていることにも気付きました。 日疋から笹島と堤の件を聞く場面での黙ってピアノで弾くフレーズがそうですし、 堤や石渡と対面する喫茶店の場面やラストで日疋から石渡と結婚したという話を聞く場面の背景音楽としてバイオリンで演奏された曲が流れます。 同様の配役の 大庭 秀雄 『花は僞らず』 (松竹大船, 1941) でも Chopin の『幻想即興曲』 Fantasie-impromptu, op. 66 が使われていましたが [鑑賞メモ]、 同じく、Chopin のロマンチックな曲想といい実にメロドラマチックな音楽使いです。

短縮版で削られていた場面の中には、実家が経済的に困難な状況にも関わらず現実を受け入れられずブルジョアな放蕩を止められない 斎藤 達雄 演じる 志摩家の長男 泰彦 (啓子の兄) に関わるエピソードがあります。 最長版では、家長の死の後に没落を受け入れる母と妹とそれを支える書生/監事に対立する無理解な兄というプロットが浮かび上がります。 このプロットは、同じく 池田 忠雄 脚本の 小津 安二郎 『戸田家の兄妹』 (松竹大船, 1941) [鑑賞メモ] では書生/監事ではなくはみ出し者の弟になりますが、 ほぼ同じ配役、藤野 秀夫 (父), 葛城 文子 (母), 斎藤 達雄 (兄), 高峰 三枝子 (妹), 佐分利 信 (弟) で演じられており、原型はここにあったか、と。

出番が全面的に削られていたのは、坂本 武 演じる 大阪の薬問屋 相良 や、河村 黎吉 演じる弁護士 煙山 に関する場面でした。 志摩家への恩義を感じ志摩病院へ債権取て立てを延期するどころかさらに融資する 相良 を演じる 坂本 武 の人情味溢れる演技や、 日疋と対立し遺産の分け前を要求する長男に付いた弁護士を演じる 河村 黎吉 のうさん臭い演技など、 戦前松竹の人情コメディ [関連する鑑賞メモ] らしいスパイスとして効いていて、これらを削除してしまったのはもったいないと、つくづく。

他にも、医師 笹島 に遊ばれ捨てられる看護婦 堤の場面や、病院内の対立を描いた場面も大きく削られていました。 兄 泰彦 や 薬問屋 相良、弁護士 煙山 に関する場面にしてもそうですが、これらの場面は確かに 志摩 啓子 と 石渡 ぎん の 日疋 をめぐるメロドラマのプロットには影響しないかもしれませんが、 復元された最長版を観ると病院内の対立を背景としたメロドラマに収まらない群像劇的な奥行きが感じられました。 最長版で見直して、やはり『暖流』は戦前メロドラマ映画の金字塔だと再認識しました。

『父ありき』
1942 / 松竹大船 / デジタル復元、最長版 / 92 min. / DCP / 白黒.
監督: 小津 安二郎; 脚本: 小津 安二郎, 池田 忠雄, 柳井 隆雄.
笠 智衆 (堀川 周平), 佐野 周二 (堀川 良平), 津田 晴彦 (その少年時代), 坂本 武 (平田 真琴), 水戸 光子 (その娘 ふみ), 佐分利 信 (黒川 保太郎), 日守 新一 (内田 実), etc

オリジナル94分のうち92分まで復元された最長版です。 以前に観たのは2020年のゴスフィルムフォンド版での上映でした [鑑賞メモ]。 それに比べても、修復により画面のコントラストがはっきりして観やすくなりましたが、 GHQ検閲前のフッテージが残るゴスフィルムフォンド版を観ていたせいか、フッテージが補われて大きく映画印象が変わったわけではありませんでした。 生誕100年 (2003年) にNHK衛生映画劇場で観たのは松竹が保存するGHQ検閲の入った短縮版ではないかと思うのですが (当時はそこまで気にしていなかったので記憶が定かではありません)、 むしろそちらの印象が上書きされてしまって今やよくわかりません。