そんなわけで、彩の国への往復で読了したこの本について、読書メモ。
19世紀ヨーロッパのピアノ演奏スタイルや教本、練習用器具、教育制度を追った文化史的な内容の本です。 クラシック音楽で19世紀というとロマン派の時代ですが、 ロマン派音楽のイメージを覆すような近代主義的なエピソードが満載。 しかし、他の文化史の本で知った19世紀の話との繋がりも感じられ、 とても興味深く読むことができました。 図版も豊富で読んでいてとても楽しめました。 特に19世紀クラシック音楽への興味が無くても、 例えば Wolfgang Schivelbusch の文化史の本 [レビュー] とか好きな人であれば、充分に楽しめる本ではないかと思います。お勧め。
特に面白かったのが、練習用器具の話を扱った 第4章「指強化器具と人体改造の思想」。 こんな装置を使ってまでトレーニングしていたのか、と。 図版のセンスも類似もあって、タイプライターの歴史を扱った 『キーボード配列 QWERTY (クワーティ) の謎』 (安岡 孝一, 安岡 素子; NTT出版, 2008) [読書メモ] を思い出しました。 で、この章も最後はタイプライターの話で終って、 なるほどやはり同時代に並行して進行した話だよなあ、と納得。
付論によると、機械的とも感じる19世紀的なピアノ演奏のスタイルは 20世紀になると自然で流れるようなものに変わるそうなのですが、 それと入れ替わるように音楽スタイル的には機械や工場を思わせるようなもの が出てくるというのも興味深いです。 (ピアノ曲ではありませんが、Arthur Honegger: Pacific 231 (1923) とか George Anteil: Ballet Mécanique (1924) とか Александр Мосолов: Завод (Alexander Mosolov: Iron Foundry, 1927) とか。)
この本は、同著者による19世紀オペラを扱った本 『オペラの運命』 (中公新書 1585, 2001) [読書メモ] の 楽器 (ピアノ) 演奏スタイル版とも言えるでしょう。 しかし、第6章冒頭に書かれているように、オペラに比べて、 音楽史というより身体制度史という面が強く感じられるものでした。 すると、『ピアニストになりたい!』で描かれたのと同様のことが 19世紀のバレエの型やレッスンのあり方にも起きたていたのではないかと、想像されます。 コンセルバトワールは音楽学校だけでなく演劇学校やバレエ学校もあるわけですし。 作品史というよりも型・技法やレッスンのあり方のような面から描いたバレエ史の本を 読んでみたくなってしまいました。 この本がお薦めというものがありましたら、是非教えて下さい。
実は、去年読んだ同著者の 『音楽の聴き方 —— 聴き方と趣味を語る言葉』 (中公新書 2009, 2009) は、規範的に過ぎて自分には面白く感じられませんでした。 『ピアニストになりたい!』第1章など、 『音楽の聴き方』第三章「音楽を読む」とネタが被るところも多いのですが、 『ピアニストになりたい!』は規範的ではないせいか、興味深く読むことができました。 しかし、修辞や感嘆符での強調が時々気になる所もあって、 もっと淡々と記述してもいいのでは、というか、 淡々と記述した方が扱っている題材の凄さがより際立つのではないかと思ったりもしました。
話は少々変わりますが、 『堕落する高級ブランド』 [読書メモ] 関連で、 1月に『オペラの運命』を軽く再読したとき、 第二章「モーツァルト音楽喜劇、または、オペラの近代ここに始まる」での説明される 『コシ・ファン・トゥッテ』 (W. A. Mozart: Così Fan Tutte, 1790) の「貞淑な年上の女/奔放な若い女/プレイボーイ/純真な男」という四つの男女類型が、 2008年に観たパフォーマンス Strange Fruit: Swoon! [写真集] の4人のキャラクタ設定と同じだと、ふと気付きました。 Swoon! も4人の様々な組み合わせから多様な動きを作り出していくような作品作りですし。 『コシ・ファン・トゥッテ』の比較としてラクロの『危険な関係』という小説が『オペラの運命』でも挙げられていますし、 Swoon! が直接 Così Fan Tutte を踏まえていたわけではないかと思いますが、 こういう登場人物類型の存在に気付かされました。