Clastrier はニース (Nice, France) 出身、1970年代に活動を始めた 擦弦楽器 vielle à roue (hurdy gurdy) 奏者だ。 1990年代に jazz/improv のミュージシャンたちと共演し多彩な演奏を聴かせる意欲的なアルバム Hérésie (Silex, Y225402, 1992, CD) と Le Bûcher Des Silences (Silex, Y225040, 1994, CD) を残している (レビュー)。 そんな彼が「ヴィエルと果てしない回転弓の世界」と題した レターサイズ大で172ページもあるDVD付きの vielle の教則本を FAMDT (Fédération des Associations de Musiques & Danses Traditionnelles) の出版/レーベル部門 Modal から出版した。
本およびDVD中のテキストや話は全てフランス語のみで、 正直、話の内容はほとんど理解できていない。 しかし、DVDを観る限り、単純な2拍子のリズムを刻む演奏から次第に複雑になって、 7連符のリズム (実質3+4の7拍子) を刻みながらリフを弾くような演奏まで。 最後の課題は Hérésie の オープニングを飾る曲 "Comme Dans Un Train Pour Une Étoile" という内容だ。 また electroacoustic な音処理などの特殊な演奏についても手本が見られる。 もちろん、手本となる演奏は全て Clastrier によるものだ。
教則ビデオなので曲を楽しむようなものではない。 しかし、演奏を見る機会の少い楽器を演奏する様子を様々なアングルから見ることができる。 それも、鍵を左手で押してリフを弾くだけではなく、 右手のハンドルの回し方でリズムを刻むことにより、 通奏低音、リズム、リフ (旋律) を一つの楽器で表現できるということを、 丁寧に説明して見られるのだ。 それだけでも、興味深く DVD を見ることができた。
確かに一般向けではないが、vielle à roue を使った音楽に興味がある人なら、 弾くつもりはなくても、一見の価値があるかもしれない。聴き方が変わるだろう。
そんな vielle を使った曲を楽しめるアルバムも、ほぼ同時に Modal からリリースされている。 演奏しているのは Clastrier より若い世代の vielle 奏者、 Transept で汎地中海的な音楽を試みている Bouffard と、 Gilles Chabenat / Edouard Papazian, Le Traite Des Songes (Modal / Plein Jeu, MPJ111025, 2002, CD) などで electroacoustic な試みを聴かせてくれてきている Gilles Chabenat だ (関連レビュー 1, 2)。 ゲスト・ミュージシャンが参加した曲もあるが、2人の vielle の演奏がほとんどだ。
Transept や Le Traite Des Songes での演奏から、 多様な音楽的要素を取り込み様々な技法を試みた実験的な作品を期待したが、 そうではなかった。 むしろ、普通に演奏した上での vielle の音や刻むリズムの多彩さ聴かせる作品だった。 判り易い試みをしていないだけに確かに地味な作品だが、 vielle の刻むリズムのキレも録音も良く、充分に楽しめる作品だ。 特に、Clastrier の教則ビデオを観た後では、 どう演奏しているのか想像させられる所もあって、面白かった。
少し前のリリースになるが、vielle を使った興味深いアルバムをもう一枚紹介。
Le Gré Des Vents は Franck Vedel と Jean-Francois Déat が1999年に結成したブルボン地方 (Bourbonnais。現在のオーヴェルニュ地域圏アリエ県 (Allieer, Auvergne)) の音楽を演るグループだ。 Vedel と Déat は、 Magma (1970年代から活動するフランスの underground な rock グループ) のカヴァーグループ Don't Die のメンバーとして活動を始め、 Le Gré Des Vents 結成直前の1990-1998年には Magma や関連プロジェクト Les Voix De Magma、Offering に参加していた。
オーヴェルニュの AMTA (Agence des Musiques Traditionnelles en Auvergne) からリリースされた このアルバムは、彼らの唯一の録音だ。 伝承曲は1曲のみであとは自作だが、 リズムや節回しなどは伝統的なものに基づいており、 あからさまに jazz rock 流儀の演奏は多くない。 1曲目 "Bourrée Pour Christian" (この Christian は Vander のことだろうか) での electric guitar 使いや軽く rock 的なリズムを刻む打ち込み、 "Sur La Mer Êtoilée" や "Valse Pour Addie"、 "Les Filles De Château-Chinon" などでさりげなく添えられる rhodes の演奏、 "Le Beau Parleur" や "La Plainte" に軽く通奏低音的に響く synth など、 隠し味として効果的に使われている。 むしろ、演奏の歯切れの良さに rock 以降の音楽との同時代性を感じる。
女性歌手 Addie Déat (彼女も1990年代前半に Les Voix De Magma と Offering に参加) の ハイトーンの歌唱も、folk 的なものに比べると若干サラっとしていて軽め、 ちょっと不安定になるときもあるがそれも甘さになっている。 "Le Musicien Irelandais" のように acoustic guitar を伴奏に歌うと folk rock 的ですらある。そういった彼女の歌唱もこのグループの魅力だ。
もちろん、ラスト以外の全曲にフィーチャーされた Laurence Pinchemaille による vielle も良い。 Pinchemaille は vielle 女性 duo Tend'M (レビュー) の片割れでもある (ちなみに、もう一方は Transept の女性 vielle 奏者 Anne-Lise Foy)。
1990年代以降の world music 的なセンスというより 1970年代の folk rock 的なセンスの音作りのようにも思うが、 そういう所も含めて気に入っている。
ちなみに、Valentin Clastrier, La Vielle & L'Univers De L'Infinie Roue-Archet と Patrick Bouffard - Gilles Chabenat, Tout À Tout をリリースしたレーベル Modal とその母体である FAMDT (Fédération des Associations de Musiques & Danses Traditionnelles) については 談話室への一連の発言で、 また、Le Gré Des Vents, Le Gré Des Vents のリリース元 AMTA (Agence des Musiques Traditionnelles en Auvergne) については 関連する談話室への発言で紹介している。