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Review: Mercan Erzincan: Düşlerim Yol Alır; Mercan Erzincan: Mihman
2009/04/12
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
Mercan Erzincan
Düşlerim Yol Alır
(Güvercin Müzik, no cat. no., 2002, CD)
1)Düşlerim Yol Alır 2)Gurbet Kahrı 3)Gitme Turnam 4)Haber Getir Pirimden 5)Güllerim Ali Çağırır 6)Bahçalarda Gül Gördüm 7)Yemene Yolladım Seni 8)Ehl-i Can Olanlar 9)Telli Turnam (Uzun Hava) 10)Boşa Dönderdi 11)Eşimden Ayrıldım 12)Keklik
Yönetmen (Director): Erdal Erzincan.
Mercan Erzincan (vokal (vocal), bağlama (baglama)); Erdal Erzincan (bağlama (baglama), şelpe (fingerpicking on baglama), dö telli bağlama (four-string saz), bas bağlama (bass saz)), Şeyhmus Fidan (klasik gitar (classic guitar)), Ertan Tekin (balaban, mey, zurna), Osman Aktaş (kaval), Arif Sağ (bendir, asma davul, tumba, kaşik), Bariş Güney (bendir); Tülay Kaya, Sevgi Demir, Serap Kiliç, Pinar Aydınlar (Sağ), Erdal Erzincan, Cem Çelebi, Kutsa Evciman, Tuncay Balcı, Tolga Sağ (vokaller (vocals)).
Mercan Erzincan
Mihman
(Güvercin Müzik, no cat. no., 2008, CD)
1)Levh-i Kalem 2)Uy Nazlım 3)Necef Deryası 4)Hal Böyle 5)Aşk 6)Sarı Buğday 7)Ayrılık Zamanı 8)Sevgi İnsana Yakışır 9)Bülbül Bir Yumurta Guzlar 10)Ağarmış Arpası (Uzun Hava) 11)Dağlara Lale Düştü 12)Halaylar
Yönetmen (Director): Erdal Erzincan. Düzenleme (Arrengement): Erdal Erzincan & Şeyhmus Fidan.
Mercan Erzincan (vokal (vocal), bağlama (baglama)); Erdal Erzincan (bağlamalar (baglamas), bas bağlama (bass baglama)), Ertan Tekin (balaban, zurna), Şeyhmus Fidan (klasik gitar (classic guitar)), Ufuk Şimşek (kaval), Bariş Güney (vurmalı çalgılar (percussion)), Bülent Ay (davul (drums)); Tülay Eren, Tülay Özer, Gülseven Medar, Pinar Sağ (vokaller (vocals)).

Mercan Erzincan は1990年代後半から活動するトルコ (Türkiye / Turkey) の 女性ミュージシャンだ。 演奏するのはトルコの伝統的な3コース6弦の撥弦楽器 bağlama (baglama, saz とも)。 もちろん、演奏だけでなく歌も聴かせる。 そんな彼女の2000年代に入ってからのアルバム2タイトルは、 アナトリア地方の民謡を bağlama のアンサンブルなどで現代的に解釈したもの。 Kardeş Türküler [関連発言] や Birol Topaloğlu らの黒海地方の音楽プロジェクト [レビュー] の試みと共通する感覚を持つ音楽だ。

Mercan Erzincan (1976-, Mercan Şimşek) は 中央アナトリア地方シヴァス県 (Sivas, İç Anadolu, TR) の町 Divrigi 出身。 しかし、9歳のときに家族とイスタンブール (İstanbul) へ移っている。 İstanbul Teknik Üniversitesi Türk Musikisi Devlet Konservatuvarı (TMDK; Turkish Music State Consevatory, Istanbul Technical University; イスタンブール工科大学トルコ音楽国立音楽院) 卒業で、 TMDK在学中に1stアルバム Alican'a Ağıt (ASM, 1998) をリリースしている。 このアルバムについて本人は「少し急ぎ過ぎた」と感じているよう。 「Belkıs Akkale (有名な halk (民謡) 女性歌手) のようになろうとしていた」とコメントしている。 このアルバムの制作を通して知り合った bağlama 奏者 Erdal Erzincan と2000年に結婚。 2000年代に入ってからのアルバム2タイトル Düşlerim Yol AlırMihman は Erdal Erzincan がディレクションしている。

Mercan Erzincan のバイオグラフィは、インタビューに基づく記事 Hatice Tuncer: “Gönüllere mihman olayım” (Kuvayi Milliye Ulusal Bilgi Merkezi, 2009-01-11) を主に参考にした。ちなみに、この記事を載せているのは、 第一次世界大戦後のトルコ革命を主導した Kuvayi Milliye (Turkish revolutionaries) を記念する 国立情報センター (Ulusal Bilgi Merkezi) のウェブサイトだ。

Erdal Erzincan (1971-) は東アナトリア地方エルズルム (Erzurum, Doğu Anadolu, TR) 出身。 1985年にイスタンブールへ移り Arif Sağ (有名な halk の男性ミュージシャン) に師事。 さらに şelpe という bağlama の指弾きを卒論に TMDK を卒業している (bağlama は通常はピックで弾く)。 ソロのレコーディングが多く、1stアルバムは Töre (ASM, 1994)。 Kardeş Türküler の1stアルバム Kardeş Türküler (Kalan, CD062, 1997, CD) にも、bağlama 奏者として4曲参加している。 また、Erdal Erzincan Saz Evi (Erdal Erzincan Saz House) という学校を運営しており、 弟子 bağlama 奏者25人からなる Erdal Erzincan ve Bağlama Orkestrası も率いている。 残念ながらCDのリリースは無いようだが、 YouTube に映像が載っている[YouTube]。 さらに、トルコ国内だけでなくヨーロッパでも活動しており、 ドイツ・ケルン (Köln, DE) やオーストリア・ウィーン (Wien, AT) のオーケストラと共演しているだけでなく、 ドイツ・ミュンヘン (München, DE) のレーベル ECM から クルド系イラン人 (Kurdish Iranian) の kamancheh 奏者 Kayhan Kalhor と共演したアルバム The Wind (ECM, ECM1981, 2006, CD) をリリースしている。 このアルバムは ECM らしい疎な音作り。 Erzincan のかき鳴らす bağlama も、間合いを感じるものだ。

Erdal Erzincan のバイオグラフィは、 ECM がリリースしたアルバム The Wind の ウェブサイトでの解説を主に参考にした。 ちなみに、エルズルムとシヴァスの間にエルズィンジャン (Erzincan) という街/県があるのだが、 Erdal Erzincan はここの出身ではないようだ。

Mercan Erzincan の2枚のアルバムをリリースしている Güvercin Müzik は、 Erdal Erzincan やその師 Arif Sağ のアルバムを多くリリースしている イスタンブールのレーベルだ。 Kardeş Türküler の実質的な初録音とされる Feryal Öney: Hardasan (Güvercin Müzik, no cat. no., 1996, CD) をリリースしたのも、このレーベルだ。

Düşlerim Yol Alır では作詞作曲のクレジットのある曲を主に演奏しているが、 Mihman の曲のほとんどは 採取された地方がクレジットされた 彼女の出身地シヴァスをはじめアナトリア各地の伝統的な曲を取り上げている。 roots 志向が強まっているのかもしれないが、 2枚のアルバムの間に音楽性の大きな変化は感じられない。 aşık (吟遊詩人) 風にほとんど伴奏なしに bağlama 一本かき鳴らしながら歌う曲や 管楽器をフィーチャーした曲も良いが、 最も耳を捉えるのはbağlama のアンサンブルとコーラスを中心とした、 それも、厚くなり過ぎず、整理された編曲だ。 リズムは bendir (frame drum) が刻む曲が多いが、 folk rock 的に drums が入る曲もある。 Mercan Erzincan の歌は、コブシも軽めでさらっとしたもの。 少々高めながら落ち着きを感じる所が聴いていて引き込まれる。

“Levh-i Kalem” のミュージック・ビデオ [YouTube] は、そんな Mercan Erzincan の音楽の特徴をうまく伝えている。 このビデオは Mercan Erzincan を含む6人の女性奏者のアンサンブルが 演奏する様子を、白黒の落ち着いた画面で捉えている。 楽器は bağlama 属のもので、画面左から右へ音域が高い順に並んでいる。 音域の違う同属弦楽器で合奏することにより、 ソロでは得られない響きのヴァリエーションを作り出している。 また、左側の3人は Erdal Erzincan が得意とする奏法 şelpe で、 つまり、ピックを用いずネックの付け根近くを指で払うように弾いている。 このようなアンサンブルは、 Erdal Erzincan ve Bağlama Orkestrası での bağlama 合奏の試みをふまえつつ、 Mercan Erzincan の歌声をフィーチャーし、より親しみやすいものに仕上げたものといえるかもしれない。 また、ビデオでの女性のみの編成は、Mercan Erzincan の関わっている女性のみのプロジェクト Sözümüz Var Şarkılarla も踏まえているのかもしれない。 この曲を収録したアルバム Mihman のクレジットには このアンサンブルは載っていない。 アルバム録音は Erdal Erzincan らによる多重録音で、 アンサンブルはミュージック・ビデオ用のものなのかもしれない。

Mercan Erzincan: “Levh-i Kalem” のビデオで見られる ような音域の違う同属弦楽器で合奏は、 ヨーロッパ classical の strings のアンサンブルの影響もあるだろう。 Erdal Erzincan のオーケストラとの共演や bağlama のアンサンブルは、 渡辺 裕 『日本文化モダン・ラブソディ』 (春秋社, ISBN4-363-93161-0, 2002) [関連発言] で描かれる戦前の邦楽改良、 オーケストラ伴奏の三味線コンチェルトや、 セロ三味線やバス三味線など低音三味線の開発などのエピソードを連想されられる。 その点も興味深い。

Mercan Erzincan は Kardeş Türküler の母体である Boğaziçi Gösteri Sanatlan Topluluğu (BGST; Bosphorus Performing Arts Ensemble) による音楽、ダンス、スライド投影などからなるプロジェクト Sözümüz Var Şarkılarla (「歌は私たちに声を与える」) へ参加している。 このプロジェクトは国際女性デー (3月8日) [関連発言] のために結成されたもので、参加しているミュージシャン、ダンサーは全て女性。 今年 (2009年) の国際女性デーもスイス・チューリヒ (Zürich, CH) で ベネフィット・コンサートをしている。 また、チューリヒ公演のプロモーションとして、ステージ映像が公開されている [YouTube]。 残念ながら、断片的なダイジェストのうえ、カメラが引き過ぎていて見づらいが。 チューリヒ公演のプログラムによると、Mercan Erzincan の他、 Burcu Yankın、Burcu Yıldız、Fehmiye Çelik、Selda Öztürk、Neriman Güneş ら Kardeş Türküler の女性ミュージシャン達が名を連ねており、 メインの歌手はもちろん Feryal Öney [レビュー] だ。 ちなみに、このイベントを主催した Verein Basak Schweiz というのは、イスタンブールを拠点に 失業や貧困のために問題を抱える児童を対象に芸術教育活動を行っている基金 Başak のスイスでの窓口だ。

BGSTのウェブサイトに載っている最も古い Sözümüz Var Şarkılarla の公演情報は2005年の国際女性デーのもの。 2007年の国際女性デーでの公演の 報告記事 が、1990年代に結成されたフェミニスト文化芸術組織 Feminist Kadın Çevresi (FKÇ; Feminist Women's Environment) のウェブサイト Feministe に載っている。 この記事によると、2007年の国際女性デーの公演は Boğaziçi Üniversitesi Kadın Araştırmaları Kulübü (BÜKAK; Bogazici University Women's Studies Club; ボアジチ大学女性学クラブ) 主催でボアジチ大学 (Boğaziçi Üniversitesi) のキャンパスで行われた。 ロマ (ジプシー) 語、アルメニア語、クルド語、ギリシャ語、トルコ語の歌を演奏し、 スライド投影では、地域、民族 (トルコ、クルド、アルメニア、ジプシー、…)、 宗教 (イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、…)、 業種 (工場労働者、農業従事者、セックスワーカー、…) の区別なく、 働く女性の姿が投影されたという。

2009年もボアジチ大学で国際女性デーに合わせた一連のイベント Kadın Şenliği が BÜKAK の主催で開催され、 その一環として、3月5日に FKÇ による Kırk Yamalı Bohça (Forty Patched Bundle) というダンスと音楽からなるプロジェクトの公演が行われている。 サイトには参加ミュージシャンのクレジットが無いが、 Mercan Erzincan の MySpace でのコンサート予定によると、彼女はこのプロジェクトに参加したようだ。 彼女のコンサート予定では、チューリヒ公演も Kırk Yamalı Bohça となっている。 2009年からタイトルを変更し、内容も更新されているとは思うが、 多文化共生をテーマとするという点は継続しているようだ。 ちなみに、Mercan Erzincan の MySpace に 2008年の公演の写真が3枚載っている。 これによると2008年はまだ Sözümüz Var Şarkılarla だ。

BGST のサイトに Bulutlar Geçer リリース直後の Feryal Öney への インタビュー記事が掲載されている。 その記事の後半で、音楽におけるジェンダーの問題、FKÇ の活動、 ボヤジチ大学での国際女性デーのイベントなどについて Öney は語っている。 Öney はこの活動に積極的に関わっており、 Kardeş Türküler の次に取り組むプロジェクトとして、 BGST'li Kadın Müzisyenler (BGST's Female Musicians) による “kadın şarkıları (women's songs)” のプロジェクト (おそらく Sözümüz Var Şarkılarla や Kırk Yamalı Bohça のこと) を挙げている。 Mercan Erzincan に関する記事も “KADIN PROJESI (WOMEN'S PROJECT)” というセクションを立ててこのプロジェクトへの参加に触れている。 この動きは一部で注目されているようだ。 Kardeş Türküler の In Concert (Kalan, 02, 2004, DVD(PAL/0)) [関連発言] のように制作すれば興味深いものになりそうだ。 このプロジェクトのCD/DVDリリースを期待したい。

2009年チューリヒ公演のプログラムには名前は無いが、 ex-Kardeş Türküler で Birol Topaloğlu らの黒海地方の音楽プロジェクト [レビュー] に参加している女性歌手 Ayşenur Kolivar も FKÇ の活動に関わっているよう。 関係するミュージシャンたちと連名で、 Feministe に 東黒海地方 (Doğu Karadeniz) の少数民族問題に関する 記事を寄稿している。 もちろん、Feryal Öney、Burcu Yankın、Burcu Yıldız、Fehmiye Çelik ら Kardeş Türküler の女性ミュージシャンたちが寄稿した記事も Feministe に載っている [Feministe]。 彼女らが FKÇ の音楽関連の活動の主要な部分を担っているようだ。 folk/roots の音楽はジェンダーに関して保守的なことが多いけれども、 Kardeş Türküler の編成では 男性の楽団に女性歌手をフィーチャーするような類型的な性別に基づくパートの割当が排されている。 それも、このような FKÇ の活動が背景にあるのかもしれない。

これを書くにあたって、多くのトルコ語の記事を参考にしている。 オンライン翻訳サイトと 手持ちの辞書 Langenscheidt's Universal Dictionary - Turkish を頼り読んだ が、 トルコ語をちゃんと学んだことは無いため、理解できなかった所も多かった。 誤解していたり、重要な所を読み落している場合もあるかもしれない。 そういうわけで、補足や誤りの指摘は歓迎します。