1951年に結成され1957年にほぼ活動を終えた芸術家集団 実験工房 の活動を検証する展覧会。 造形作家も半数近く含まれるものの、コンサートや舞台でのコラボレーションが多く、 作品を鑑賞するというよりも、当時の資料を通して活動を辿るような展覧会だった。 大辻 清司 の展覧会等でその活動についてある程度知っていたが [レビュー]、 これだけ総合的にまとまった形で 実験工房 の資料を観るのは初めて。 第二次世界大戦直後、GHQの占領が終る (1952) か終らないかの頃から、 これだけの活動をしていたのかと、とても興味深く観ることができた。
最も興味深く観られたのは、やはり舞台芸術関連のもの。 中でも特に興味を惹かれたのは『月に憑かれたピエロ』 (『円形劇場形式による音楽劇の夕べ』, 産経国際会議場, 1955-12-05)。 Arnold Schönberg の歌曲 Pierrot Lunaire を 秋山 邦晴 の訳詞、武智 鉄二 の演出で、仮面劇として舞台化したもの。 Colombine を演ずる soprano 歌手は 浜田 洋子 (関西歌劇団) だが、 Pierrot が狂言の 野村 万作、Harlequine が能の 観世 寿夫。 北代 省三 の仮面や舞台装置も構成主義を思わせるような抽象的なもので、 舞台の写真を見ても様式化された動き (能狂言に基づくものかは判らないが) のパフォーマンスだったように見える。 白黒写真だけではなく僅かながらカラースライドも残っており、 その鮮やかな色彩もあって、1955年の時点でこれだけのことが出来ていたのかと。 動きながら歌わなくてはならない女性歌手は大変だったと思うけれども。 こういうパフォーマンスは、是非、再現上演して欲しいものだ。
舞台関連の資料の中では、他に、『花柳 寿々摂・寿々紫 リサイタル』 (東横ホール, 1957)。 展示で見られたのはパンフレットの表紙のみで、その詳細はよくわからなかったが、 John Cage の音楽に併せて舞った模様。 花柳 寿々紫 に関するドキュメンタリー映画 The Space In Back Of You [レビュー] でも、 ニューヨークに渡る1960s以前の話は日本舞踊の名取となったくらいしか触れられていなかったと思うが、 実験工房と関係する活動もしていたのか、と。これについても、もう少し詳しいことが知りたかった。
他の展示が資料中心だっただけに、作品として最も楽しめたのは、映像作品だった。 特に、北代 省三 と 山口 勝弘 がコンテに参加し、武満 徹 が音楽を付けた映画 『銀輪』 (松本 俊夫 (dir.), 1956; 2010年デジタル復元)。 この頃の 松本 俊夫 の映画は『実験場 1950s』 (東京国立近代美術館, 2012) でも観ることができたが [レビュー]、 鮮やかカラー映像で斬新さもひとしお。円谷 英二 が特殊撮影に参加していることにも驚かされた。
武満 徹 や 湯浅 譲二 のミュージックコンクレートの音楽に 北代 省三,山口 勝弘 らが映像を付けたオートスライド作品シリーズも上映されていたが、 4作中1作は今回の展覧会のために 有馬 純寿 によって再現された「レスピューグ」。 その音の質感が現代的でミュージックコンクレートというよりエレクトロニカのようだと感じてしまった。 色褪せ感の無い鮮やかなカラーの画面に、その音楽は合っていたけれども。
実験工房 の写真といえば 大辻 清司 という印象が強かったのだが、 この展覧会では 大辻 の写真は少なめ。むしろ、北代 省三 のものが目立った。 北代 というとモビール作品等の造形作家という印象が強かったのだが、 写真も多く撮っていたことに気付かされた。
こんな感じで、今まで 大辻 清司 経由で見てきただけに、 あまり気付くことが出来なかった 実験工房 の異なる面を堪能できた展覧会だった。 2/19以降、一部展示替えがあるとのことなので、もう一度足を運んでもいいかもしれない。
しかし、『実験場 1950s』や『日本・オブジェ 1920-70年代 断章』 (うらわ美術館, 2012) [レビュー] で 実験工房 関連の作品・資料があまり無かったのは、この展覧会と被ったせいでしょうか。
実験工房 主催、現代芸術研究所 後援 で1956年2月4日に山葉ホールで開催された 『ミュージック・コンクレート 電子音楽 オーディション』を再現したコンサートが、 『現代への扉 実験工房展 戦後芸術を切り拓く』の関連企画として開催された。 再現したのは音のみで舞台美術・照明の類は無しだった。
実験工房 のミュージック・コンクレートや電子音楽は初めて聴いたが、 20世紀半ばの電子音楽や磁気テープを使った音楽を現在の耳で聴くと、 ローテクな印象を受けてしまうのはどうしても否定できない。 それでも、黛 敏郎 『ミュージック・コンクレートのための作品「X・Y・Z」』や 柴田 南雄 『立体放送のためのミュージック・コンクレート』などで聴かれた金属音など、 当時の機材でよくここまで音作りできたな、と、感慨深く聴くことができた。 20世紀半ばの電子音楽やミュージック・コンクレートはあまり聴いたことが無く、手元にあるCDも限られているのだが、 ONCE Festival の録音にあるテープを使った作品 [レビュー] が 1960s前半であるということを考えても、 もしくは、INA GRM の録音集 Archives GRM (INA, 2004-2006) の同時代の録音と比べても、 1950年代にこれだけのことをテープを使ってできていたのだなあ、と。
しかし、それより興味深かったのは、 ゲストとして来場していた 湯浅 譲二 氏が自作曲の前にした話。 まずは直前の 武満 徹 『ルリエフ・スタティク』の仕事の丁寧さを具体的に指摘。 エコーをかけるにしても単にかけるだけでなく倍音成分のエコーを抑えたり、 ささやかな小鳥の鳴き声から厚みのある音を作り出していることなど、なるほどと思わされた。 続いて、自身の制作の制作の様子について話したのだけれども、 当時、テープレコーダーがまだレアな存在だったことはもちろん、 デジタルやアナログのエフェクタの類がほとんど無かった時代ということで 階段室をエコーチャンバーに使ってエコーをかけたという話が印象的。 機材上の制約を考えると、武満 の作品でのエコーの処理も大変だったのだろうなあ、と。
そういう意味でも、音そのものよりも、 その当時の技術状況という背景込みで興味深く聴かれたコンサートだった。
展覧会は既に1月に観ていたが、後半に一部展示替えされたので、改めてざっと観てきた。 といっても、替えられたのは十点程度。 その中で目を引いたのは、北代 省三 の写真 『ジョン・ケージ曲“アモレス”による「松風」』舞台写真 (1957) だ。 1月に観たときに気になった『花柳 寿々摂・寿々紫 リサイタル』の際の写真だ。 能面・能装束風の衣装を着た横向きの女性の姿が写っているのだが、 そちらではなく舞台美術として使われた「蝕る日の軌跡」 (北代 省三, 1956-57) に 焦点が合っているのが残念なところ。 しかし、モダンな舞踊ではないものの、日本舞踊とも違うものだったようで、それも興味深かった。
展示替えがあることはウェブサイトやフライヤでも案内されていましたが、 何が替えられたかという案内は会場には全くありませんでした。 ある監視員に訊ねたところ、 展示替え作品に関する案内資料は無いので展示室に置いてある見本の図録を使って 自分で調べてください、と言われてしまいました。 図録に展示替え作品に関する情報が書かれているわけでなし途方に暮れかけたのですが、 改めて他の監視員の方に訊ねてみたところ、手持ちのメモ帳に手書きで控えた 十点余りの展示替え作品リストを見せてくださいました。 おかげで、コンサート前のわずなな時間の間に展示替えされた作品を中心に駆け足で観ることができました。 大変に助かりました。 しかし、十点程度しかないのであれば、展示替えを目当てに再訪する観客向けに、 後半から展示されている作品リストを載せたA5判くらいの紙を用意してくれるだけでも、 かなり助かると思うのですが……。
(2013/03/11 追記)