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Review: Royal Ballet, Peter Wright (choreo.): The Nutcracker 『くるみ割り人形』 @ Royal Opera House (バレエ / event cinema); Евгений Плющенко [Evgeni Plushenko]: Щелкунчик [The Nutcracker] @ Спортивный комплекс «Олимпийский» (アイスショー / streaming)
嶋田 丈裕 (Takehiro Shimada; aka TFJ)
2017/02/14

去年、ロシアのフィギュアスケート女子シングルの Мария Сотскова [Maria Sotskova] のプログラムにはまって以来 [関連発言]、 フィギュアスケートの競技会だけでなく、アイスショーの情報もチェックするようになっています。 そんな中で気付いたのは、ロシアで本格的な演出がされたアイスショーが上演されるようになってるということでした。 中でも目立つのはオリンピック銀メダリストの元アイスダンス選手 Илья Авербух [Ilya Averbukh] が設立したアイスショー制作カンパニー Продюсерская компания «Илья Авербух»。 有名スケーターをフィーチャーした競技会エキシビションの豪華版のようなショーから、 オペラやバレエの作品をアイスショー化したものまで、手がけています [カンパニー公式 YouTube チャンネル]。 このようなショーを制作する一方、振付家として Евгения Медведева [Evgenia Medvedeva] などのフィギュアスケート選手の競技会用プログラムも振付ています。

2016-17年末年始にはモスクワで、3つの『くるみ割り人形』のアイスショーが上演されていました。 1つは前述の Илья Авербух のカンパニーによる Щелкунчик и мышиный король で、 Аделина Сотникова [Adelina Sotnikova]、Алексей Ягудин [Alexei Yagudin] といったオリンピック金メダリストが出演していました。 2つ目はやはりオリンピック金メダリスト Евгений Плющенко [Evgeni Plushenko] のプロデュースによる Щелкунчик で、 オリンピック銀メダリスト Ирина Слуцкая [Irina Slutskaya] が出演し、年明けには サンクトペテルブルグでも上演していました。 3つ目は、モスクワ市がクリスマスシーズンのイベントとして企画した Большой театр [Bolshoi theater] 前の Площадь Революции [Revolution square] の特設会場 «Волшебный ледовый театр» [Magical Ice Theater] での アイスショー。 このモスクワ市のアイスショー劇場では Щелкунчик だけでなく、 Лебединое озеро 『白鳥の湖』や Белоснежка 『白雪姫』といった演目も上演されていました。

『くるみ割り人形』といえばクリスマスシーズンに上演されるお約束のバレエ作品ですが、 アイスショーの題材としてもこれだけ使われるほど人気が根付いているのかと、感慨深いものがありました。 『くるみ割り人形』といえば、5年前にこのパロディ作品 The Love Show: Nutcracker: Rated R を観ています [レビュー]。 大人になってから観た記憶はなかったのですが、子供の頃に何らか接する機会があったのか、そのあらすじや音楽の有名所はなぜか一通り知っています。 しかし、この手の古典を大人の目でちゃんと観ておいた方が、後々いろいろ楽しめそうと思っていました。 そんなところで、Royal Opera House Cinema Season 2016/17 のバレエ第2弾として The Nutcracker がかかったので、これもちょうど良い機会と、観てきました。

『くるみ割り人形』
Royal Opera House, 8 December 2016.
Choreography: Peter Wright after Lev Ivanov; Music: Pyotr Il'yich Tchaikovsky; Original scenario: Marius Petipa after E.T.A. Hoffmann's Nussknacker und Mausekönig
First performance of Peter Wright's production: 20 December 1984, Royal Opera House.
Gary Avis (Herr Drosselmeyer), Francesca Heyward (Clara) Alexander Campbell (Hans-Peter/The Nutcracker), etc
Boris Gruzin (conductor), Orchestra of the Royal Opera House.
上映: TOHOシネマズ日本橋, 2017-02-10.

Tchaikovsky の3大バレエの一つとして有名な2幕物のクラシック・バレエ (classic ballet) の作品。 今回上映されたのは、1984年に初演された Peter Wright 振付のプロダクションですが、 やはりクラシックな物語バレエの演出のもの。 現代的な解釈や抽象化がされていないので、古典を知るために観るという点では良かったでしょうか。 第1幕終わりの雪片 (Snowflakes) のワルツの冒頭にコーラス使ってることに気付かされたりもしました。 登場人物で最も印象に残ったのはマントを美しくたな引かせてソロを踊る姿がかっこいい Herr Drosselmeyer。 比べて Clara & Hans-Peter はアクが弱く存在感が薄かった。 踊りの場面は、ソロやパ・ド・ドゥよりも、 雪片のワルツでの群舞や、第1幕での贈り物の人形 (アルレッキーノとコロンビーナ、兵士と酒保女)の踊り、第2幕での歓迎の宴での踊りの方を楽しんでしまいました。 構えずに気楽な気分で観たこともあるのか期待以上に楽しめてしまい、 古典を観たつもりなままで済ましていたのは、もったいないことしていたなあ、と反省。

Евгений Плющенко [Evgeni Plushenko]
Щелкунчик [The Nutcracker]
Спортивный комплекс «Олимпийский»
Генеральные продюсеры шоу: Яна Рудковская, Евгений Финкельштейн; Режиссер - постановщик: Филипп Григорьян; Хореограф-постановщик: Евгений Плющенко, Emanuel Sandhu, Никита Михайлов.
Артисты: Евгений Плющенко (Дроссельмейер), Ирина Слуцкая (Рождественская звезда), Emanuel Sandhu (Мышиный король), Никита Михайлов (Щелкунчик / Ганс), Анастасия Мартюшева (Мари), Константин Гаврин (Принц);
Акробаты: Сергей Азарян, Михаил Мельник, Анна Свирина, Ирина Усенко, Сlement Pinel; В роли Дракона: Александр Плющенко; и другие.
First performance: 2016-12-23.
Streaming: Матч ТВ, 2017-01-01 [YouTube].

ロシアの3つの『くるみ割り人形』アイスショーのうち、最も評判が良かったのが Евгений Плющенко によるもの。 ロシア版 Vogue が美しい写真入りの記事 Премьера ледового шоу «Щелкунчик» в «Олимпийском»: фото Яны Рудковской и других を掲載するなど、 ファッショナブルなショーという扱いも見られました。 これは観てみたいと思っていたところ、ロシアのインターネットテレビ局 Матч ТВ が元旦にストリーミングしてくれました。 その映像が YouTube に投稿されていたので、Peter Wright 版バレエの印象が薄れないうちに観てみました。

サーカス的な要素や映像や照明による演出などフィギュアスケート以外の要素も取り入れた 金と技術をかけた演出ですが、その一方で物語バレエのオーソドックスな演出を踏襲しており、 Royal Ballet の Christopher Wheeldon が演出したハイテクでアップデートした物語バレエ [レビュー] のアイスショー版のよう。 物語の設定やあらずじもバレエ版の『くるみ割り人形』にかなり忠実なもので、 Nutcracker: Rated R [レビュー] のように舞台を現代に置き換えたりすることはしていませんでした。 「アーティスト」としてフィーチャーされたスケーターによるシングル (ソロ) やペア (パ・ド・ドゥ) の演技、 そしてその合間の贈り物の人形や歓迎の宴での色物的な演技、と、 演技の見せ場を繋げつつ無理なく物語が進んで行く『くるみ割り人形』の構成は、 バレエに限らずショーの枠組みとしてよく出来ていたのだなあ、と感心することしきりでした。 Peter Wright 版でも Herr Drosselmeyer が目立っていたわけですが、 ここでも Плющенко が Дроссельмейер [Drosselmeyer] を演じていて、 The Nutcracker [Плющенко] の主役は Drosselmeyer だったのだなあ、と気付かされました。

もちろん、変えられているところもあり、 特に、第1幕最後の雪片のワルツの群舞と第2幕の金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥという、 バレエ版ではハイライトとも言えるシーンが無くなっていたのは、意外でした。 雪片のワルツの群舞の場面をシンクロナイズドスケーティングのチームの演技にしたら面白かっただろうと思いましたが、 さすがにそこまでの人・費用をかけられなかったのでしょうか。 Ирина Слуцкая が出演するという話を目にして第2幕の華ともいえる金平糖の精をやるのだろうかと予想していたのですが、 金平糖の精の役すら無くなっており、このアイスショーのオリジナルの役 Рождественская звезда [Chrismas star] という Мари (Clara 相当の役) の guiding star のような役を演じていました。 それらほど大きな変更ではありませんが、人形とネズミの戦いがネズミに囚われた Рождественская звезда の救出という形を取っていたこと、 ネズミの王様が退治されるのが Мари / Clara のスリッパでではなく Щелкунчик / The Nutcracker から戻った王子の剣でだという点にも、少々違和感を覚えました。

サーカス的な要素が使われていたのは、もちろん色物的な演技の場面。 Drosselmeyer の贈り物の場面では、Soldier (兵士) & Vivandière (酒保女) は 手持ちのトラペーズを使って少々アクロバティックなペアケーティングという程度でしたが、 Harlequin (アルレッキーノ) & Columbine (コロンビーナ) の方は Columbine のソロに置き換えられていて、 スケートエッジを付けた棒の上に持ち手を付けて、その上で氷上アクロバットをしてから、さらにリングのエアリアルを演技しました。 後半の歓迎の宴では、アラビアの踊りは氷上にステージを置いてのボールをマニピュレーションしながらのコントーション、中国人の踊りはトランポリンのデュオとスケートすら履かない演技でした。 こういう演目も交えるあたり、バレエだけでなく、 Cirque du Soleil [レビュー] のような現代サーカスの影響も感じられます。 ところで、前半の贈り物の人形の方はよく分からなかったのですが、 クレジットを見る限り、コントーションは新体操の元選手 Анна Свирина、 トランポリンはトランポリンの元選手 Сергей Азарян と Михаил Мельник が出演していたよう。 元スポーツ選手を使うところは、スケートと共通しているでしょうか。 そして、Peter Wright 版バレエでも Плющенко 版アイスショーでも、これらの色物的な演目が一番楽しめていまいました。

このようなハイテクでアップデートした物語バレエのようなアイスショーも十分に楽しめましたが、 やはり、Philippe Deouflé [レビュー] や Sidi Larbi Cherkaoui [レビュー] のような演出家が non-narrative なコンテンポラリーダンス作品のようにアイスショーを演出したらどうなるのか、 観てみたいものです。

Плющенко 版以外の『くるみ割り人形』の映像は無いようなのですが、 モスクワ市のアイスショーのうち Белоснежка 『白雪姫』は、 客席から観客が撮ったと思われる映像が YouTube に投稿されています [YouTube]。 これを観る限り、Плющенко 版 Щелкунчик と比べると素朴な演出で、子供向けバレエのアイスショー版のよう。 これはこれで楽しいですし、Плющенко のアイスショーより低予算でツアーできそうですので、 まずはこのあたりから来日して欲しいものです。

ところで、 モスクワ市のサイトでは 作曲家として Иоганн Штраус とクレジットされていますが、 Johann Strauss II は『白雪姫』のバレエなど書いていませんし、そもそも、主に使われているとはいえ、 オープニングは Waldteufel の “The Skater’s Waltz” で、フィナーレは Oppenbach の “Orpheé aux Enfers” です。 しかし、これについて調べていたところ、新国立劇場バレエ団の『しらゆき姫』が、 Johann Strauss II の音楽を使い、姫の衣装も水色で似ていることに気付きました。 双方の作品の元となるプロダクションの『白雪姫』が何かあるのでしょうか。

ロシアだけでなく、近年、このようなアイスショーが盛んになってきているようなのですが、 特にその分水嶺となったのは、2015年にロンドンの Royal Albert Hall で上演された The Nutcracker on Ice [YouTube] のようです。 英 The Guardian 紙のレビュー記事 “It's great when you skate: how ice dance became cool ” でも、 スパンコール衣装やキャラクター着ぐるみのアイスショーだけでなく、 その形式に芸術的な要素を取り入れる動きが出てきているとして取り上げています。 さらに、この記事ではコンテンポラリーダンス的なアイスショーのカンパニーとして、 2005年にカナダのモントリオールで設立された Le Patin Libre [カンパニー公式 YouTube チャンネル] を紹介しています。動画を観る限り、このカンパニーもとても面白そうです。 こういうアイスショーの動きが日本にも来てくれたら、と思うことしきりです。

もちろん、それまで作品的な演出がされたアイスショーが無かったわけではないと思います。 最近 The Planets - A Figure Skating and Modern Dance Fantasia (EuroArts, 2017) というDVDがリリースされたので知ったのですが、 1994年にカナダで The Planets というフィギュアスケートとモダンダンスによるショーが上演されたようです。 DVDは未見ですが、トレイラー [YouTube] を見る限り、 演出というか使われている技術に時代を感じ、それはそれで興味深いものがあります。 それが今のアイスショーにどのように繋がっているのか、それとも単発的で終わってしまったのか。 アイスショーの歴史を知ることができる何か良い文献はないでしょうか。