たまには読書メモ。というか、 最近 (といっても一週間前) 紹介したCD関連ということで、 キプロス関連の本を簡単に紹介。
3月のキプロス問題の進展が気になって手に取った 澁澤 幸子 『キプロス島歴史散歩』 (新潮社 新潮選書, ISBN978-4-10-603550-0, 2005) は、(良い意味で) お気楽な紀行物と思いきや、 ルポルタージュ的な読み応えもありました。 著者は北に2回、南に1回、キプロスを訪れて、それに基づいて書いています。 紀行とは別に、古代から2004年のキプロスEU加盟までの歴史に1/3を割いています。 欧米の (そして日本の) メディアから落ちがちな トルコ側からの視点に配慮が効いているのが、とても良いです。 さすがトルコ文化研究者。 あと、南キプロスの観光産業の最下層で働く フィリピン女性やパキスタン男性のようなアジア系の移民労働者にも 視線が届いているというのも、良いです。
ついでに、4月3日のニコシア (Nicosia, Cyprus) のレドラ通り (Ledra St.) 再開について補足。
BBC の "Symbolic Cyprus crossing reopens" (BBC News, 2008/04/03) では触れられておらず気付きませんでしたが、3日の夜9時頃に、 トルコ系側の警察が協定に反したパトロールをしているとギリシャ系側警察が主張して一時再閉鎖されるという事件があったんですね。 en.wikipedia.org の Ledra Street の記事に "Roadblock reopening after 44 years" のセクションが既に出来ていて、 そこにもこの事件が書かれているという。 NPR (米公共放送) の "Cyprus' New Crossing Meets Trouble" (NPR, 2008/03/08) もこの事件に触れていますが、 ギリシャ系トルコ系両側の人々から "Cyprus belongs to its people" と抗議の合唱が起きて国連が両側の警察を仲介してすぐ再開された、 というエピソードも紹介されています。 NPR の記事は、写真もお祭りな雰囲気を伝えていて良いですね。 再開の様子の写真ギャラリーとしては、英 The Guardian 紙の "Gallery: Cyprus crossing" (The Guardian, 2008/04/03) もあります。
YouTube にも当日のテレビ・ニュースを中心に関連映像がいくつか上がってます。 地元キプロスの公共放送 ΡΙΚ (RIK; CyBC) の英語ニュースは、10分近く割いて詳しく伝えています (⇒YouTube)。 再開後の一時閉鎖について "minor incident" として軽く触れています (6分過ぎあたり)。 Al Jazeera の英語ニュースも現地レポーターを派遣、紛争時の映像も使った背景説明も交えて、伝えています (⇒YouTube)。 一時閉鎖の件は冒頭で触れています。 しかし、テレビのニュース映像ばかりで、 住民自身がレドラ通りに行って撮った映像が見付けられなくて、ちょっと残念。
その後は特に問題も無いようで、 トルコ系側の北キプロス大統領がレドラ通りを南へ訪問してショッピングを楽しむ なんてパフォーマンスをしたりしているようです ("Symbolic Cyprus border crossing", BBC News, 2008/04/11)。 その様子を、トルコ Hürriyet 紙が写真入りで詳しく伝えてます ("Turkish Cypriot leader crosses to Greek Cypriot Nicosia", Hürriyet, 2008/04/11)。 こういうほのぼのした記事ではなく "Turkish commander says Cyprus issue is national cause" (Hürriyet, 2008/04/11) や "Talat says Greek Cypriots must prove solution possible" (Hürriyet, 2008/04/14) を 読むと、前途多難そうですが……。
勢いで、少し前に読んだ本ですが、 紹介したCD関連ということで、イラク関連の本も。
イラク戦争関連の本をまず一冊といえば、2006年10月に出版 (去年翻訳) された The Independent 紙中東スペシャリスト パトリック・コバーン (Patrick Cockburn) による 『イラク占領—戦争と抵抗』 (The Occupation: War And Resistance In Iraq, 2006; 緑風出版, ISBN978-4-8461-0707-9, 2007)。 開戦後の約4年の状況をフセイン (Saddam Hussein) 政権下の状況説明を加えつつ現地取材に基づいて描いたルポルタージュです。 米政権の楽観主義、イラクの現実に対する無関心、無策、腐敗ぶりがこれでもかと描かれています。
って、評判高かったので (例: 酒井 啓子 「書評委員のお薦め: 2007年の3点」 asahi.com BOOK, 2007/12/23; 書評, asahi.com BOOK, 2007/05/06)、 ここで薦められるまでもなく、既に読んだという方も多いと思いますが……。 お薦めの書評は、松浦 晋也 「ぐずぐずに崩壊するイラク」 (BPnet Safety Japan, 2007/10/12)。
Paul Krugman の 「征服と無策」 ("Conquest and Neglect", The New York Times, 2003/04/11) の「ネオコンの陰謀」のようなものを持ち出さずに米政権の無関心と無策を批判する論調を、 陰謀論に陥らない要点を押さえた良い批判だとイラク戦争開戦当時思っていました。 「無能で説明できる現象に悪意を見出すな」というハンロンの剃刀 (Hanlon's razor) (⇒ja.wikipedia.org) に基づく議論の典型というか。 しかし、ここまで無関心と無策が現実とは。
中東スペシャリストなジャーナリストといえば、 Cockburn と、やはり The Independent 紙の Robert Fisk が 双璧。Fisk の中東の紛争に関する本 The Great War For Civilisation - The Conquest Of The Middle East (2005) も翻訳を出して欲しいものです。
イラク戦争本といえば、 Joseph Stiglitz の The Three Trillion Dollar War (Linda Bilmes との共著) が 出たようですね。 "The Iraq War Will Cost Us $3 Trillion, and Much More" (The Washington Post, 2008/03/09) が、その要旨といったところでしょうか。 こちらも、早く翻訳が出ないかなー。
そういえば、去年出た Paul Krugman, The Conscience Of A Liberal (2007) の翻訳は出ないんですかね……。 題材がアメリカの国内問題に過ぎるのかしらん。賞味期限は米大統領選中のような気がするんですけど。
翻訳なんて待ってないで英語で読めよ、とツッコまれそうな気もしますが……。 インターネットのニュース記事 (BBC News とか) や 雑誌記事 (The Wire とか) くらいなら気楽に読めますが、 本となるとまだ敷居高いです。
しかし、ここ約1ヶ月でキプロス問題も急展開しましたね。 きっかけは、2月のキプロス (ギリシャ系側) の大統領選挙で 統合賛成の左派の Demetris Christofias が勝利したこと ("Cypriot victor rallies for unity", BBC News, 2008/02/24)。 それも、統合反対の Tassos Papadopoulos 大統領が予備選挙で敗北し、 右派 Ioannis Kasoulides 左派 Christofias 共に統合賛成の候補での決戦投票でした。 北キプロスの大統領 Mehmet Ali Talat もこれを歓迎。 3月9日にはギリシャ系側で首都ニコシア (Nicosia) のグリーンラインの障壁の撤去が始まり ("Greek Cypriots dismantle barrier", BBC News, 2008/03/09)、 21日には Christofias と Talat のトップ会談が行われ ("Cyprus peace back on the agenda", BBC News, 2008/03/21)、 遂に、4月3日にはニコシアのメインストリートだったレドラ通りが再開したのでした ("Symbolic Cyprus crossing reopens", BBC News, 2008/04/03)。 それにしても、2004年の国連調停案に対する住民投票、 2006年のギリシャ系側の総選挙で統合反対派が勝利していたことを考えると、 この2年間の変化は驚き。 ちなみに、大統領の Christofias は左派、それも共産党なんですよね。 選挙戦で Che Guevara な赤旗が使われていて、それも凄いな、と。 いったい、キプロスで何があったんでしょうか!? 壁崩壊のあっけなさといい、再開を祝いにレドラ通りに集まった人々の様子の写真といい、 約20年前のベルリンの壁みたい、と思ったり。 で、ドイツ統合の時と同じように、 結局、トルコ系側の一人あたりGDPがギリシャ系側の約半分という 経済格差をどうするのかが、一番の難題になるんだろうなぁ、とも思ったり。
Music Of Cyprus と Smyrna Recollections は退院直後に 2週間前に紹介したトルコのCDと一緒に注文したもの。 大統領選で統合賛成側が勝利というニュースを読みつつ、 そういえばキプロスの音楽のCDが Kalan から出たなぁ、と、注文してみたのでした。 そのときはまさかキプロス問題がここまで急展開するとは思ってませんでしたよ。
Smyrna Recollection の方のきっかけは 1月に NHK 『BS世界のドキュメンタリー』 で放送された BBC制作の『奇跡の映像 よみがえる 100年前の世界』 (Edwardians In Colour: The Wonderful World Of Albert Kahn)。 このHDD/DVD録画を自宅加療中/入院中に観たのですが、 『第7回 中東 分割の悲劇』 に、ギリシャ・トルコ戦争の映像がありました。イズミル大火災の映像ももちろん。 その印象が残っていた所で、 ギリシャ・トルコ戦争で失われたイズミルの再発見をテーマとした新譜が出たと知って、勢いで注文してしまいました。 ところで、『奇跡の映像 よみがえる 100年前の世界』は、第1〜3回を観損ねた (HDD録画し損ねた) んだよなー。 第4〜9回はとても面白かったですし、是非再放送して欲しいものです。
しかし、キプロスといいイズミルといい、 Kalan って、ほんと、こういう企画が好きですね。 微力ながら応援したいということで、たまにはこうしてこのサイトでも紹介していきたいものです。
しかし、イラクといえばイラク戦争は開戦 (2002/03/19) からついに5年。 3月20日の NHK 『時論公論』では 「開戦5年、イラクは安定するか」と題して 2月のアンケート結果を基に「イラクの人々は治安の改善を実感しはじめている」なんて伝えていたんですが。 そんなことねーよ、と反論するかのように、その後、この1週間で事態は急変しましたね。 26日には政府軍と民兵組織メフディ軍 (Mehdi Army) がバスラ (Basra) で衝突し ("Basrans describe life under fire", BBC News, 2008/03/26)、 バグダッド (Bagdad) も外出禁止令 ("Baghdad under curfew amid clashes", BBC News, 2008/03/27)、 米軍はヘリ空襲を実施し ("US carries out air strike in Iraq", BBC News, 2008/03/27)、 英軍も戦闘参加 ("British Army joins Basra fighting", BBC News, 2008/03/29)、 この機に乗じてかトルコ軍がイラクのクルド反政府組織の拠点を越境攻撃 ("Turkey hits rebel xtargets in Iraq", BBC News, 2008/03/29)、 31日には戦闘停止が成りバグダット外出禁止令も解除されたけど ("Three-day curfew ends in Baghdad", BBC News, 2008/03/31)、 3月の非戦闘員死傷者数は前月比50%増と急増 ("Iraqi death toll climbs sharply", BBC News, 2008/04/01)。 ま、去年10月、元イラク駐留米軍司令官 Ricardo Sanchez 将軍ですら 米政権は無能 (incompetent) だと批判してましたが ("US general damns Iraq 'nightmare'", BBC News, 2007/10/13)、 Bush 政権はいつも最初だけ巧くやって後は無策で台無しにする、 なんてことは、開戦の時から判っていたことなんですけどね…… (ポール・クルーグマン 「征服と無策」; Paul Krugman, "Conquest and Neglect", The New York Times, 2003/04/11)。はあ。
Tareq Abboushi のバイオグラィの 「パレスチナ・ラマラの National Conservatory of Music で buzuq を演奏しはじめた」のくだりを読んで、 ラマラに音楽学校があるんだー、と、ちょっと驚き。 ラマラといえばパレスチナ自治政府議長府のあるヨルダン川西岸の街ですが、 インティファーダが盛んだったり、 2002年にはイスラエル軍が攻撃して 当時のアラファト (Yasser Arafat) 議長を廃墟と化した議長府に監禁したり、 とかあったりで、ニュースの写真や映像で見る壮絶な街の様子の印象が強く残っています ("In Pictures: Ramallah takeover", 2002/03/30, BBC News、みたいな)。 去年もイスラエル軍が攻撃してたし ("Israeli military raids Ramallah", 2007/01/04, BBC News)、 何かあるとイスラエル軍が真っ先に攻撃してくる最前線の街、というか。 しかし、このレビューを書くにあたって en.wikipedia.org の Ramallah の記事を読んで知ったのですが、 ラマラってパレスチナの中でも最も豊かで文化的でリベラルな街と見なされてるんですね。 国外のアーティストがパレスチナで公演をする場合もラマラのみという場合が多いとか。 なるほどー。そういう街なら National Conservatory of Music (国立音楽院) があるというのも納得。 (ちなみに、この場合の "National" は、おそらく、パレスチナ自治政府の、でしょう。) パレスチナの中でもキリスト教徒が多い街なのかー、とか。 第一次インティファーダと第二次インティファーダの間 (1993-2000) であればラマラの状況も安定していたでしょうし、 Abboushi がラマラで buzuq 演奏を習得したのもおそらくその頃でしょう。
そういえば、正月に観た映画 『迷子の警察音楽隊』 (Eran Kolirin (dir.), The Band's Visit; Bikur Ha-Tizmoret; 2007) も、1990年代、 第一次インティファーダと第二次インティファーダの間の平穏な時期を 時代設定にしていたなぁ、と思い出したり。 思い出したついでに、関連する談話室発言の抜粋を敬体を常体に直さすに レビューにしておきました。 しかし、今年に入ってパレスチナ関連が続きましたが、 特にマイブームというわけではなくて、偶然です。
しかし、Amir ElSaffar や Tareq Abboushi の活動を調べているうちに、 John Zorn の運営するニューヨークのライブハウス The Stone に行き当たって、 意外というかやっぱりというか。 さすがに Tzadik レーベルの Radical Jewish Music シリーズからリリースするわけにいかないだろうけど、 やっていることは、そのアラブ版みたいなものだし。 Shusmo が音楽を付けた映画 West Bank Brooklyn (『ヨルダン川西岸=ブルックリン』) の背景にも このようなニューヨーク (特にブルックリン) でのユダヤ系アラブ系共存があるでしょう。 FilmMaker 誌 Summer 2003 号の 記事によると、 監督の Albuliwi は「(映画の舞台のブルックリンの[引用者註]) ボローパーク (Borough Park) はイスラエルと同じような感じなんだ、 ユダヤ教正統派とムスリム、モスクとシナゴークが隣り合っていて。」と言っています。 ちなみに、Borough Park, Brooklyn は イスラエル外で最大のユダヤ教正統派のコミュニティで知られる所です (en.wikipedia.org の記事) が、 アラブ系のコミュニティもそこに隣接しているようですね。へー。 この映画も観てみたいなあ。日本ではまず上映されそうもない映画ですが……。
しかし、The Stone のスケジュール、見てるだけでも面白いなあ。 月ごとにキュレータが決まっていて、それによってカラーが違います。 例えば、Vijay Iyer がキュレータの2007年12月は AACM 抜きの Pi Recordings 勢中心。 女性 tabla 奏者 Suphala が出ているのは インド系繋がりかしらん。 来る2008年4月のキュレータは Chris Speed で Skirl Records 勢中心。 あと、イタリアのコレクティヴ/ミュージシャン El Gallo Negro をフィーチャーした日が2日あるのが興味深いです。 Speed も参加していた Simone Guiducci のグループのメンバーの名前も見えて (関連レビュー)、 Chris Speed もなかなかイタリアとの縁が深いなぁ、と。