2010年の談話室へ書いた読書メモのうち、 主に文化史や現代文化論に関連するものの抜粋です。 2008年分、 2009年分もあります。 古い発言ほど上になっています。 リンク先のURLの維持更新は行っていませんので、 リンク先が失われている場合もありますが、ご了承ください。 コメントは談話室へお願いします。
以下に抜粋したものの他、2010年の読書メモとしては、以下の3つがあります。
パリの地下には採石場跡の空間が広がっている、ということを知ったのは、 2008年に観た 畠山 直哉 の写真展 Ciel Tombé [レビュー] で。 それ以来もっと知りたいと思っていたパリの地下について描いた本です。 その起源である採石場として掘り進められた中世、 溢れて死臭を放つ地上の墓地に代わりカタコンプ (地下墓地) としての利用されるようになった革命期、 革命家、反革命家、密輸人が暗躍する一方で見世物等にも利用され、近代的なインフラも整う近代、 そして、「カタフィル (Kataphile)」と呼ばれる愛好家が集う現代に至るまで、 多くの様々な資料 (パリの地下を舞台とした文学作品や映画作品も含む) を基に描いています。 文化史の本のようにそのエピソードから時代の特徴を描くという部分もないわけではないですが、 文体はさほど堅くなく、むしろ、ちょっと如何わしい所を見るようなところもあり。 図版も多いので、とても興味深く読むことができました。
興味深い話はたくさんあったのですが、その中から一つ挙げるとすると、 第二帝政時代 (1852-1870) にこのカタコンプの見学が流行ったそうなのですが、 そのきっかけになったのは、1861年の Nadar による写真だったという話。 それも、Nadar は1861年に人口照明下での写真撮影を可能にする技術で特許を取得しており、 地下の写真はその技術を鮮やかに証明するものだったという。 Nadar といえば肖像写真や空中写真が有名ですが、地下写真というのもあったとは! この本でも、Nadar の写真が何枚か図版で紹介されていますが、それは、 地下空間の構造を捉えるようなものではなく、地下で働く人のポートレートのよう。 この Nadar の地下写真をまとめてみてみたいものです。
最近、すっかりサボっていた読書メモ。ま、本は読んでいないわけではないですし、 twitter の方で時々呟いてはいるのですが。 たまにはこういう話題を談話室に振るのも悪くないかな、と。
去年読んだ 『琵琶法師』 (岩波新書, 2009) が良かったので、こちらも手を取ってみました。 明治20年代から太平洋戦争まで流行した浪花節を、もう一つの近代文学史として見る本です。 この本で一番興味を惹いた指摘は、「列島の言語が「日本」語でありつづけたことには、 文字言語の画一性よりも、中世以来の口頭的な物語芸能の流通が、 より大きな要因として作用したと思われる」というもの。 芸能では、日常的な話し言葉であるその土地の方言は使われず、独特の語り言葉が使われ、 それが「日本人ならだれでも」わかる口頭言語の最大公約数を提示しづ付けることになったという。 この話は、伊東 信宏 『中東欧音楽の回路』 (岩波書店, 2009) [読書メモ] の序での ロマとユダヤの楽師の音楽が、諸民族の間にあってそれを繋いでいた 「もう一つの」汎ヨーロッパの音楽だったという指摘とも対応するよう。 そういう面から浪花節を肯定的に称揚するわけではなく、 その一方で、浪花節が取り上げる物語の分析から、 浪花節の義理人情を語る物語は日本型ファシズムの形成の問題と微妙にクロスする、とも指摘します。 そんな功罪を冷静に描くような所も刺激的な本でした。
って、読んだのは半年前ですが……。 しかし、『<声>の国民国家』の読書メモで『日本残酷物語』の何に言及しておきたいと 考えていたのか、 全く思い出せません……。読書メモは読んだらすぐに書くべきですね……。
数年前に図書館で借りて読んだのですが、手頃な値段の古本が手に入ったので再読。 戦前日本のレコード産業黎明期のレコード制作のあり方や、 1960年代に進行した大手レコード会社からのレコード制作機能の流出の話も、 それはそれで興味深くはあるのですが、 最初に読んだときにも感じましたが、やはり、分析の道具立てとその使い方が参考になります。 Keith Negus による音楽産業研究四つのモデル (対立モデル、伝達・共同作業モデル、媒介モデル、合意モデル) とか レコード会社の6機能 (制作、宣伝、販売、録音、製造、配送) とか。 あと、Howard S. Becker: Art Worlds (Univ. of California Pr., 1982) はやはり読んでおいたほうがいいかなあ、と。 けど、翻訳が出ていません……。
最近のここ談話室の話題とはほとんど関係無い本ですが、面白かったので、簡単に読書メモ。
十三世紀鎌倉時代に京と鎌倉の間を行き来した貴族 飛鳥井 雅有 の紀行文の記述を辿りながら、 中世の東海道の旅の実情や周囲の風景の再現を試みている本です。 といっても、ロマンチックに中世の旅情を楽しむような本ではありません。 地理学、地震学、地質学の成果を踏まえて風景や地形の歴史を紀行文を通して辿る本です。 同時代やその前後の東海道の旅を記述した文書を含む古文書、古地図を読み解くだけではなく、 むしろ、紀行文中の鳴海潟 (熱田の南の干潟) を横切る記述を該当日時の潮汐計算から検証したり、 渡河した木曽三川の当時の流路やその前後の流路の変遷を地震学の成果も援用して推測したり、 当時の浜名湖が既に汽水湖であったことをボーリング地質調査結果も参照して述べたり。
以前に読んだ 村上 隆 『金・銀・銅の日本史』 (岩波書店, 2007) もそうでしたが、学際分野に面白さが感じられる本でした。 現在の歴史学は工学や理学の知見や手法も駆使するものになってきているんだなあ、と。 というわけで、こういうアプローチの歴史書でお勧めのものがあったら、ぜひ教えて下さい。