東京国立近代美術館が所蔵する無声時代のソビエト映画ポスターのコレクション 140枚を3期に分けて展示する展覧会だ。 この「袋 一平 コレクション」と呼ばれるコレクションは、 ロシア文化研究家 袋 一平 が1930年のソビエト訪問の際に持ち帰ったポスターを核に、 その後の 袋 の映画輸入の際に入手したポスターを合わせたもので、 映画ポスター以外を含めると142点となる。 フィルムセンターでは、1990年代の修復後、1997年と2001年の2回に分け、 展覧会『ポスターで観る「無声時代後期のソビエト映画」』として公開している [レビュー]。 今回はポスターカタログ刊行に合わせての、コレクション全体の一挙公開だ。
第1期は1928年までのもの。1928年というのは第一次五カ年計画が始まった年 ということで、今回展示されていたのは、ほぼ НЭП (Новая Экономическая Политика; NEP; 新経済政策) 期のポスターだ。 確かに革命や労働運動を主題としたポスターもあるけれども、明るいものが多い。 黄と赤の集中線的な円にそしてキスマークを頬に付けてにやけた男の顔も可笑しい Поцелуй Мэри Пикфорд (1927; 『メアリー・ピックフォードの接吻』) のポスターなど、NEP期ならではの明るさだ。 この映画の監督は Сергей Комаров (Sergei Komarov) だが、同じく Komarov の映画 Кукла С Миллионами (1928; 『大金持ちの人形』) の 茶目っ気ある表情とポーズの女性を中央に配したポスターも良い。 ちなみに、Komarov は Лев Кулешов (Lev Kuleshov) 工房の主要メンバーだ。
しかし、第1期の展示の中で最も気に入ったのは Кружева (1928; 『レース織り』) のポスター。 左上に視線を集める射撃の的の円、 そこから右斜め下への線に沿って組み合う2人の労働者風の男、 そして、その右には目を伏せた大きな女性の横顔、と、 意味深長かつダイナミックな構図がかっこいい。 ちなみに、この映画は Фабрике Эксцентрического Актера (ФЭКС; エキセントリック俳優工房) 創設者の一人 Сергей Юткевич (Sergei Yutkevich) の初監督作だ。
しかし、こういう映画ポスターを観ていると、ポスターだけでなく映画そのものも観たくなる。 良いなと思ったポスターの映画など、なおさらだ。 この展覧会に合わせて無声時代ソビエト映画の特集上映があればなお良かったと思う。
第2期は1929年1月から9月にかけてのもの。 コレクションに1929年のポスターが多いのは、 特にその時期に活発にポスターが制作されたのではなく、 袋のソビエト訪問のタイミング (1930年) のせいだろう。 НЭП 期らしいモダンな明るさも感じた第1期に比べ、 ソビエト国家建設関連の主題が増えている。 そんな中では、 Дзига Вертов (Dziga Vertov) の映画 Человек С Киноаппаратом (1929; Man with a Movie Camera; 『カメラを持った男』) のポスター2種は映画同様のコラージュ感が楽しめたし、 S字のレイアウトの Торгобцы Славой (1929; 『名誉を売る商人たち』) も目を引いた。
(2009/02/22追記)
第3期は1929年10月以降1937年まで。 といっても、1937年の2枚を除くと、1934年までだ。 社会主義リアリズム (Socialist Realism) がソビエトで公式に採用されたのは1932年。 Avant-Garde っぽさが後退するが、 ここに展示されたポスターにはっきり社会主義リアリズムを感じるという程ではない。 大胆な構図などは Avant-Garde の延長と感じることの方が多い。 最も変わったと感じるのは人物像の描き方。 デフォルメされたり簡略化されたりすることがなく、写真的な描き方になる所だ。 そんな中では、音譜の中に踊るミュージシャンを大胆に配した Веселые Ребята (Г. Александров (dir.), 1934; 『陽気な連中』) のポスターが最も良かった。
(2009/03/22追記)